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フェチ×フェチ  作者: 兼平
第1章 僕ともこもこ
19/29

これから

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「それじゃあ、取り合えず明日以降のことについて考えましょう」


風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に入ると、ベッドに腰かけたもこみは開口一番そう告げる。


「そうだな。なんかバタバタしてて頭は混乱してるけど、白衣の男が言ったことが本当なら今これからでも誰かに襲われかねないってことだし。はぁー」


明日以降の苦難を想像するとついため息が出てしまう。


「正直私だってこんなの嫌よ。しかもあなたとこれから一緒、運命共同体だなんて。こっちこそため息をつきたいわよ」


今日の男の話から僕らのどちらか一方が倒れたら、もう片方もやられてしまうらしい。

協力しながらやっていかなければならないのだ。


というか、こいつは僕の願望が現実化したはずなのに、なんでこんなに反抗的なんだ。


僕の願望ならもっと従順でもいいはずじゃないか。


なんか納得いかない。


「何?何か言いたいことでもあるの?」


う、勘がいい。

下手なことは言えないので適当に返す。


「いや、本当に今日はよく無事でいられたよ。危うく死ぬとこだった、実際に」


無事に、という言葉を出してふた気づく。

そういえばもこみはけっこうなダメージを受けていたような気がするけど。

視線の先の彼女はそんなことあったかどうかも疑わしいくらいピンピンとしている。


「あれ?怪我はどうした?」


「ああ、そうね。なんだか自然と治ってたのよ」


そうなのか?

僕の怪我は治っちゃいないし、戦闘の際の擦り傷だらけで風呂だって顔をしかめながら入ったというのに。


メガネに焦がされたはずの毛並みも艶やかなものだ。


もともとよくわからない存在なのだから疑問を持つことじたいがナンセンスなのかもしれない。


「超回復力ってところかな」


「私のことはまあいいのよ。それより今後のことよ。どうするつもりなの?あの似非研究者の言うとおり戦いに参加するの?」


「正直知らない人を傷つけるなんてことはしたくないって思ってる。本当に戦うしか道がないのかな」


「さあ、わからないわ。あの男が言ったことが本当なのかどうか。ただし、あの男の全ては信じることが出来なくても、少なくとも今の私たちの現状を説明することは出来てるわ」


確かにそうだ。

こんな非現実を説明できるはなしが他にない。


だとしたらあいつの言うとおりにするしかないのか?悩む僕に彼女は声をかける。


「まあ、戦うかどうするかは一旦おいておきましょう。まずは自衛、身を守るという方向で考えましょう。少なくとも私達を狙って襲ってくる連中もきっといるでしょうし、倒す倒さないは別にしても襲われて何も出来なければ消えるだけよ。

そんなのは嫌よ」


そっか、そうだよな。

俺一人じゃないんだよ。

もこ美はこのままじゃ消えちゃうんだよな。


なんだか平然と話しているように見えたけど本当は不安なんだろう。


「そうだな、なんとか戦わなくていい方法を考えてはいくけど、取りあえず襲われたときに身を守る方法くらいは考えないとな」


「そうね、なかなかよい事言うじゃないの。でもそんなことを言うくらいだから具体的なアイデアもあるんでしょうね」


言われてはっとした顔をするが、すぐにとりつくろう。


「ああ、も、もちろんあるだよ」


舌がもつれてアニメなんかでよくあるにせもの中国人みたいな言葉使いになってしまう。


「ふう、まったくのノーアイデアなのね。まああなたのことだからしょうがないわね。許すわ」


なんだか上から目線で許してもらう自分がいるが、気にしたら負けである。


「いろいろ考えてはみたのだけれども、どちらにしても今日のように突然襲われたら正直対処のしようなんてないわね。戦う相手がわかっていればどんな風に戦うのか想定はできるけど、はなっから誰が相手かわからない状況なのだから敵を想定して戦うっていうのはとても難しいことよ」


言われてまあ確かにそうだよなあと感じずにはいられない。


今日襲ってきた白衣の男とメガネだってどんな技を使ってくるのか、どんな攻撃をしかけてくるのかなんてわからなかったんだから。

かといってこんな状況下でただただ待っているなんてことも恐ろしくて出来ない。


「確かに相手に合わせた戦いというのは難しいわね。でも、こちらの戦い方を考えるといのは一つの方法ね。相手に依存しないスタイルを築けばいいのよ。必ずしも有効というわけではないかもしれないけど、何も考えなしに突っ込んでいくよりは幾分かましだわ」


「つまりボクシングでいうところのワンツーみたいなものってことか。それはまあやって置いて損はないと思うけど。でも僕は戦いなんてど素人もど素人だ。大丈夫か」


「まあ、大丈夫か大丈夫じゃないかでいったら、バカでしょうけど。あなたが戦うのは最後よ。さっきも見たでしょう、私の回復力を。どうも私たちってあのメガネもそうだけれども、頑丈に作られているようね。だったらメインで戦うのは私でしょう。今日みたいにあなたが単身で突撃するなんていうのは本当に最後の切り札でしょうね。私はどうにかなるかもしれないけど、あなたが致命傷を負えば自然と私も消えてしまうことでしょうし」


すごい理路整然と話す彼女の言葉に納得しながらも、最初の大丈夫うんちゃらの下りだけがまったく繋がらなかったのだがそこは置いて話を続けて行く。


「そうか、まあならもこ美が前衛で僕が後衛ってスタイルが基本になるってことだね」


「まあ大丈夫か大丈夫じゃないかでいったら、バカでしょうけどね」


「ってなんでその下りを繰り返す必要があるのかな?さては結構なお気に入りのフレーズだったな」


「あなたは礼儀も弁えていないのね。紳士たるもの、淑女がボケたら突っ込みのは当たり前でしょう。そんなこと初歩的なことも出来ないから彼女も出来ないのよ」


紳士とボケは関係ないだろ?

なにその理論。

そんな暴論ないだろう。


「ま大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、バカでしょうけどね」


っておい、この女このタイミングで被せてきたぞ!

これじゃあどんどんハードルが上がっている。

まるで、なんか面白いこと言ってみてよ、という無茶ぶりさながらの状況じゃないか。


ここで普通の回答でもしてみろ、きっともこみのことだ、白い目で僕を罵ってくるにちがいない。

ではどうする、僕の稚拙な思考能力じゃこんな状況を覆すような魔法の言葉は出てこないぞ。


考えろ、考えるんだ。


「バケラッターバケラッター」


苦しみ抜いた末に出てきた言葉を口にする。


あれだけ考えて出てきた言葉がバケラッターとは…


自分の不甲斐なさに絶望する。


もこみはというとあまりのつまらなさからか下を向いて言葉も出ないといったようすだ。


「あ、悪い。これが僕の限界だったんです。許してください」


「ば、バカじゃないの。何が、何がば、バケラッタよ。意味が分からないわ」


と口元をひくつかせながら罵りの言葉をかけるもこみ。


あ、あれ?


なんだかこれ、もしかしてツボ?

もこみさんのツボに入っちゃったりしましたか?


まさかの逆転ホームランを打ってしまった自分に当惑しながらも確かな手応えを感じる。


それにしても意味のわからないツボだ。

自分で言ったのにも関わらずイマイチ理解できない。


しかし、これが通じるというのなら、いける。


「キューちゃん頑張れ、キューちゃん頑張れ」


「何それ」


いきなりの鋭い目線に絶句する。


「調子に乗らないでちょうだい。全然面白くないから。本当つまらない」


あれ?

キュー繋がりからのネタ全否定ですか?


「あなたが面白くないのは分かったわ。あまりに高い要望をした私の落ち度でもあるわね。ごめんなさい」


全否定からの反抗すら許されないむしろ私が悪い発言に何も言い返せない。


「そんなことよりも、戦いのスタイルね。今日の襲撃でわかったことをまとめましょう」


まったく話の流れを無視してなかったかのように進める彼女に戸惑うが、そんなことはどうでも良いという風に話を進めて行ってしまう。


「まずは、私が出来ることね。すでにわかっているとは思うけど電撃、これね」


そういうと彼女は手の指をこすり合わせると、そこに極小の稲妻みたいなものが走る。


「どういう理屈かはわからないけどわたしの武器っていったところね。あの白衣男についていたメガネもレーザーのようなものをだしていたでしょう。きっとそれぞれの特徴にあわせて固有の技があるのでしょうね、あくまで推測だけれど。今後襲われた際にはそういったことも考慮して戦う必要があるわね。あいつらもそうだったけど相手が自分の手札を言うことはまずないでしょうしね。慎重に使った方がいいかもしれないわ」


こいつはあんなどたばたの後でここまで考えられるのかと感心してしまう。


僕の深層意識とはとても思えない。


「そしたら、基本は肉弾戦か。後は武器かな。でも武器といっても」


部屋を回してみるが大したものは見当たらない。

物置を開けて中を探ると中学まで続けていた野球部の名残でバットがあった。


取り出して両手でグリップを握ってみる。

グッと力を入れるとなんだかやれそうな気がしてくる。


「まあ、無いよりはマシね」


ケースもあるし、明日からはこいつを担いで持っていこう。


「あと、明日から私は常に側にいるから。私が知らないところであなたが襲われてお仕舞いなんていうのはごめんよ」


「明日からずっと一緒、それはなんて嬉しい響きだ!あんなことやこんなことがまっているんだろうきっと!こりゃ、たまんねえなー」


江戸っ子のように手の平を鼻にあて、てやんでえばあろうめえ的なポーズを思わずとってしまう。


「あ、もちろんそばにいるというだけで、別に他に他意は無いから。私にとってあなたはF1のレースでコースぎわに立っている三角ポールみたいなものだから。そこにあるからただそれに沿っていく必要があるだけで、必要がなければいつでもひき散らすようなレベルだということを忘れないで」


「………」


何も言えない。


期待した自分が馬鹿らしい。


ある程度分かっていたがここまで予想通りだと何も言えない。


「で、ですよねー」


頬を引くつかせながら無理矢理の笑顔で答える。


「当たり前でしょう」


もう期待しない。

人生に期待して裏切られることにはもうたくさんだ。

期待をしなければ裏切られることもない。

だったら最初から期待なんてするもんか。


「ああ、明日からは忙しくなりそうだし、とりあえず先のことはわからないし。今日は寝て備えよう」


そう、嫌なことは寝て忘れるに限る。

寝て覚めればスキッと爽快、それ僕のいいところだ。


「そしたら、とりあえずベッドに…」


ペシッ。

ベッドに上がろうと手を伸ばすと、もこみに思いっきりはたかれる。


もう一度同じように手を伸ばすと、

ペシッ。

またはたかれる。


もう一度。

ペシ。


あれ?

ペシ。


そおっと。

ペシ。


すっ。

ペシ。


す、すす。

ペシ、ペシ。

フェイントも通じないのか…


す、す、すすす、すすっすす。

ペシ、ペシ、ペシペシペシ、ペシ、ズガン!


思いっきり顔にグーパンチを入れられる。


「あ、あんだよー酷いなー」


「あなた本当にしつこいのよ!いい加減にしてちょうだい」


「なんだよ、そりゃあこっちのセリフだって。なんで僕がベッドに上がろうとするのを邪魔するんだよ!」


「なっ、なにをそんな自分の権利みたいな感じで言ってるのかしら。そんなわけないでしょ!どうしてあなたがベッドで寝るのよ!そんなこと許さないわ」


「いや、そこ僕のベッドだし。てか昨日まで一緒に寝てたんだし。何を今更?」


「昨日までの私は私であって私では無いようなものでしょ。今日からは違うの。絶対だめ。とりあえずあなたはそこの床で寝てればいいのよ。固くてひんやり、きっと満足のいくものよ。モノは試しでしょ?」


「モノは試しって言われてもなー所詮床だしな…」


「とりあえず、触ってみなさいよ」


さすりさすり、自室の床を撫でてみる。

うん、何の変哲もないフローリングの床だ。


「ほ、ほら。なんだかいい感じでしょう?木のぬくもりが伝わってくるでしょう?人類が忘れかけている、コンクリートジャングルにはない自然の味わいがそこにあるでしょう?」


うーん、そう言われるとなんだか、いい感じがしてこない気もしなくもない。

うん、フローリングも意外とありかもな。うん、うん。これは意外といけるかも。


うん、いける。いけるぞ僕。よし、いくぞ。


「フローリング最高!っていけるか!どうしようが床は床だろう!」


憤りを込めたエネルギーのままに、ベッドのもこみへと飛びかかる。


しかし見覚えのあるパチパチという音と火花が見えた次の瞬間にはバシューンと電撃が僕の全身にはしった。


「いい加減にしてなさい、この変態。そのまま朝まで倒れているといいわ」


怒り心頭のもこ美の言葉を途切れながらの意識の中で聞く僕は、フローリングの床に突っ伏してそのまま暗闇に飲まれていった。

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