選択の自由
「百歩譲ってもこ美のことは認めよう」
「なに言ってるの!!私は認めないわよ!」
横から否定の言葉が飛ぶがそれを無視して続ける。
「さっきあんたは言ったよな。殺し合いに巻き込まれてるって。それはどう関係しているんだ?何故殺しあわなきゃならないんだ?」
顎に手を当ててううむとつぶやく男。
「だから受け入れて殺しあえばいいのにさあ。まあ、答えない理由も特にないわけだし、教えてあげよっかなあ。」
男は続ける。
「さっきも言ったよね、この町では願いが、つまり強いフェチが実体化するって。」
「ああ、そこまではとりあえずオーケーだ」
「だからオーケーじゃないわよ!!なに勝手に話を…」
もこみがいきり立って話を遮ろうとしているところに、男がパチンと指を鳴らす。
次の瞬間には示し合わせたようにメガネ美人がもこ美の背後に回るとぐっと腕に手を回してがっちりとホールド。
「ちょ、ちょっと何よ!」
焦るもこ美とは対象的にメガネ美人はどこから持ち出したのかタオルで口を塞いでしまう。
「むぐ、むっぐぐ、もがあ!!」
叫び声を封じられたもこ美はそれでも必死の形相でこちらを睨みつけてくる。
あ、後が怖いな…
「まあとりあえず話を続けようかね。実はさ、その実体化したフェチ。僕達はフェチドールと呼んでいるけど。それは一ヶ月しか実体化できないんだよね」
「え?」
思わず声が出てしまう。
一ヶ月しか実体化できないって?それはつまり、
「もこ美は一ヶ月経ったら消えちまうってことか?そんな」
いきなり現れたもこ美だが、一ヶ月後には消えてしまう。そんな。
もこ美の姿に目をやると、彼女も目を見開き今の言葉を必死で理解しようとしている。
それは一ヶ月後にもこ美が死んでしまうのとおんなじようなものじゃないか。
「なんだよそれ!どうにかなんないのかよ!」
思わず声に力がこもってしまう。
「だーかーらー、人の話は最後まできこーよー、ねー」
お前が言うな、と思うがあえて突っ込みはしない。
ここで機嫌を損ねて、じゃあ喋らないなんてことを言われたらたまらない。
目の前の男はそんなこと簡単に言い出しそうだ。
「そうそう、人の話は最後まで聞く、これすごい大事ね。じゃあ、続けようか。さっきも言ったけど実体化したフェチドールは一ヶ月したら消えてしまう。これは非常に悲しいよね、なんせ自分が望んでいる願望が目の前に現れたのにそれが消えてしまうんだからね。そりゃあ辛い。でもね、回避できる方法が一つだけあるのさ」
男はあえてここで、一間を作る。
「それはね、同じように実体化したフェチドールと戦って倒すこと。それがもこ美ちゃんを消さない方法なのさ。つまりね、もこ美ちゃんを消したくなければ、誰かのフェチドールを倒さなければいけない、それが嫌ならもこ美ちゃんが消えるのを黙って見てるしかないね」
僕は絶句する。
こいつが言っていたバトルロワイアルというのはそういう意味だったのか、誰かを犠牲にしなければもこ美が消えてしまう。
そういう意味だったんだ。
「ここまで聞いてどうかな?君がどんな選択をするかは自由だよ。このまま一ヶ月すぎるのを待ってもこみちゃんが消えるのを待つのも良し。その前に同じようなフェチドールと戦い、そいつを倒すのも良し。好きなように選択をすればいいよ。ここまで必要なことは言ったんだ、この先は僕がとやかく言うことではないね」
「その話少し聞きたいことがあるのだけれど、良いかしら」
いつの間にかホールドを解かれたもこ美が白衣の男に話しかける。
「私が一ヶ月何もしなければ消えてしまうことは分かったわ。それはまあ納得はできないけれど、そもそも私の存在がイレギュラーなのだから仕方がないような気もするし。でも、それだけではないんじゃないかしら。そんな条件だけで命をかけた争いなんかに参加するかしら。他にもっと何かあるんじゃないの、隠し事なんかしていたら、承知しないわよ」
男は両手のひらを空に向けて、肩のあたりでヒラヒラさせ、やれやれといった様子で、ため息をつく。
「別に隠し事なんてしていないさ。ただ言い忘れていたことが一個あったかな。いやー、うっかりうっかり。フェチドールを具現化させた人間、フェチマスターはね。その実現化したフェチドールが消えると、無気力な抜け殻みたいになっちゃうんだな、これが。まあ、研究者の中でも詳しい理由はまだわかっていないんだけど、その人間の生きる気力、生命力みたいなものが実体化した姿がフェチドールであって、それが消えると同時に、その人間の生命力も一緒に消えてしまうせいではないかとね。まあ、実際にフェチドールが消えてもぬけの殻になってしまったフェチマスターを見てきたからこれは断言できるけどね」
「やっぱり大事なことを隠していたわね。言わなかっただけっていうのは、隠しているのと同義よ、まったく」
しかし、今の男の話を聞くとさらにまずい事態になっているということだ。
一カ月に何もしなければ、もこ美は消えて、俺はもぬけの殻になってしまう。
そんな運命を回避しようと思えば、誰かを代わりに犠牲にしなければならないという。
僕はどうすればいいのだろうか。
自分やもこ美が傷つくのはそれは嫌だ。
だからといって他人を傷つけてどうにかしようという考えにたいして、はいそうですかと言えるほど割りきれるものでもない。
目の前の白衣の男は簡単に言うが、そんな単純な問題ではないだろう。
どうするべきなのか。
思わず黙ってしまう。
「好きなだけ悩んでもいいけど、時間はきっちりと今も過ぎているからね。時間は待ってくれないよー」
こっちが悩んでいるのをあざ笑うかのように、さらっとした口調で言葉を投げてくる男に怒りを通り越してなんだかよくわからない。
真剣に考えているのがバカらしくなってしまう。
もこ美を振り返ると彼女も何かを考えているようで、唇に手を当てて地面の一点を見つめていた。
当事者というか、さっきの話を聞く限りでは運命共同体となってしまったみたいだ。
これからどうするのか、これは僕自身だけの問題でなく、僕と彼女と二人の問題となっていく。
なんだか重いなと感じながら、再び考え込む。
「そしたら、まあ今日はこんなところでお暇させてもらおうか。お二人末長くね」
なんと男は背を向けるとスタスタと歩き出して行く。
「おい!まだ聞きたいことはたくさんあるんだって。ちょ、待てよ」
歩いていく男に無言でついて行くメガネ美人。
「まあ、曲がりなりにも私に一撃いれてくれたんだ。さっさと死んでくれないようにね。そうそう、ルーキーはいつの時代も狙われるからねー気をつけなー」
そう言い残す男に対して僕ともこみはあっけに取られていたが、このまま逃がしてはならないと思い男に駆け寄ろうと足を踏み出す。
足を伸ばしたその時だった、途端に目の前に動く影が現れる。
驚きと共に足を止める僕はそれが何なのかわからず混乱する。
さっきまであの白衣男と僕の間には何の障害物もなかったはず。
それなのに、今僕の目の前には何かが現れた。
一体どういうことだろう。そんなことが一瞬の間によぎる。
「ちょっと、あんた。こんなとこで何してるの!危ないじゃないの!」
キーッという耳をつく音と共にその何かが大きな声でこちらに向かって叫ぶ。
唖然とする僕に対して、まったく、最近の若者はうんちゃらと言いながらその場を過ぎ去る影は何の変哲もない自転車に乗った買い物帰りのおばちゃんだった。
どういうことだ。周りをよくみると先ほどまでの無音の誰もいないアーケード街が元の状態に戻っている。
通りを歩く高校生。魚を売っている魚屋の店主。おしゃべりに興じるママさん達と抱えられる赤ちゃん。
どうも元の世界に帰ってこれたらしい。
いつもの光景にふっと安堵のため息をもらすが、そこで自分が白衣の男を追っていたことに気づき目線を通りの先に戻す。
が、すでにそこには二人の姿なはなく、夕陽に照らされたアーケードがいつも通りあるだけだった。
「とんだはた迷惑な奴だ。次あったらただじゃおかん」
独り言をつぶやく僕の隣では考え込んだままのもこみが無言で立っている。
「何じろじろ見てるのよ。気持ち悪いわね」
怒られる。
そして、その声も通りを歩く人達には聞こえていないようである。
「まあ、こんなところでぼーっとー立っていても仕方ないわね。いったん家に戻って今日のことをもう一度整理しましょう。ちょっといろいろありすぎて頭が混乱しているわ。時間が必要ね」
「ああ、そうだな。ちょっと横になって休みたいよ。もう何がなんだか」
僕ともこみは二人連れ立って家に向かって歩き出す。
アーケードの人混みは何事もなく日常を続けている。




