決着
「はい、ストーップ!」
既に気持ちとしては、三途の河のほとりまで行っていた僕の覚悟をよそに、間の抜けたような調子で白衣男の声が響く。
無数の光輝く眼鏡の隙間からかろうじて眼鏡美人の傍らに白衣男が近寄るのが見えた。
そして軽くチョップを頭に叩き込みながら、「グラちゃーん。やりすぎよー、や・り・す・ぎ」と声をかける。
その言葉を聞きながら「しまった」という顔をして、申し訳なさそうに俯き加減で頭を下げる眼鏡美人の姿。
そんなやりとりを見ているうちに、空中に浮く無数の眼鏡は輝きを消し沈黙する。
「おしまいね、おーしまい」
そう投げやりに白衣男が声をかけると、こくんと眼鏡美人はうなずき、宙に浮いて
いた眼鏡が一斉に落下していく、ザザザザザッと無数の眼鏡が地面につみあがっていくのを僕はただ茫然と見ていた。
何が起きたのだろうか?
僕はあまりに突然の出来事にあっけに取られ、さきほどまで張っていた緊張の糸が切れ、そのままその場に膝をついてしまった。
とりあえず命がある。
その安堵感からほうっと息をつく。
そんな僕に白衣男が「だいじょーぶかい、山田太一くん?」と声をかけてくる。
内心、お前が言うなと、思いながらも、そんな啖呵をきる気力もなく、ただ、その声の主を睨みつけることくらいしかできなかった。
「ほほー、まだまだ殺る気は十分っていう面構えじゃないかーい。いいね、いいね。山田太一君。やっぱり僕が見込んだだけあるよー、グラちゃんもそう思わないかーい」
白衣男の呼びかけに曖昧に首を傾ける眼鏡美人。
そんな彼女の顔にはいつの間に準備をしたのか、眼鏡がかけられていた。
手際がいいというか、なんというか、なんなんだこいつらはほんと・・・
さっきまでは本当に「死」を実感した。
そんな状況が今では嘘のように和やかな雰囲気を出す白衣男。
もうどうでもいいや、どうとでもれ、という感覚が腹の底からわいてくる。
ふと、我に返り、もこ美のことを思い出す。
あまりの急展開にすっかり意識が飛んでいた。
後ろを振り返ると、ふらふらとこちらに向かってくる姿が目に入る。
せっかくのもこもこはレーザーで台無しにだが、それでも無事な姿にほっとする。
「大丈夫か?」
僕が問いかけると、
「大丈夫に見えるの?コレが?あなたちょっと頭が無いんじゃないの?」
「いやいや、頭はしっかりとありますよ。これ、今喋ってますから」
「はあ?喋っているからって、頭があるとはかぎらないでしょうに」
「いやいや、いやいや、難しいこと言っているようで、ただ僕がバカだと言いたいだけに聞こえるけど…」
「そんなことは言わなくてもわかっているから、あえて口に出す必要もないわ。それをあえて口に出させようとするなんて、本当に頭どころか、存在すらいらないんじゃない?」
「いやいや、いやいや、いやいや、僕がバカだっていうのが大前提なのは、よく分かりました。ただ、バカだからって存在すらいらないって、どういうことでしょ?有りえない。ありえないくらいの暴言だよ」
「あなたが在りえないという言葉を使うなんて、それは滑稽ね。ありえない人間が在りえないって言うなんて、なんてシニカルなの、ぷっぷっぷ」
そんなことを言いながら、何十年も前の漫画に出てくるような笑い方をするもこ美。
「もういいや。なんかすみません。僕がすみませんでした」
「わかればいいのよ、わかれば。あなたが在りえないくらいバカだってことはよくわかったから」




