僕ともこもこ
ピピピ、ピピピ。
聞きなれた目覚まし時計の音が部屋に響いている。
意識はまどろみ、薄く開けた瞳には薄暗い部屋の天井が映っている。
「にゃも。にゃも」
隣で声がする。
「にゃもーん」
相変わらず、よく分からない奇声が隣から聞こえてくる。
時刻は午前6時半。
ごろごろと寝返りをうつと、滑らかな毛玉のような物体に顔がぶつかる。
そのふかふかとした極上の肌触り、そして、肌をなでる絹のような感触。
はふー。
「たまんねーぜー!」
大声を上げて、毛玉を抱きしめて、頬ずりを始める。
その毛玉のような物体は、突然「ギャッ」と叫ぶと、物凄い勢いで輝きはじめる。
直後、僕の身体にはとんでもない衝撃が走った。
ビリビリビリ。
電気うなぎも凌駕する20万ボルトの電撃が炸裂した衝撃だった。
僕はそのまま、天使のようなもこもこに包まれながら気絶した。
気がつくと朝7時半、学校にはまだ間に合う時間だった。
今日はついている。
普段なら、気絶して起きたら午前中の授業がすべて終わっていたなんてこともざらだ。
パジャマを着がえて、学校に行く準備を始める。
今日は木曜日。
確か、授業は体育があるはずだから、タオルを持っていく必要があるだろう。
後は、ノートに筆記用具。
それと、何か必要なものあったっけかな?
そうして、カバンにつめるものを探して、左右の手をあたりにはべらせていた。
すると、ふとこの世のものとは思えぬ、女神のブロンドにも勝るとも劣らない超ど級のもこもこに手が触れた。
そのもこもこは「にゃもら?」とすっとぼけた鳴き声をあげる。
その得も知れない、30年もののビンテージワインにも比肩しうる深みを持ったもこもこの誘惑はとんでもなかったが、そこは僕ほどのプロフェッショナルにもなると、なんとかやり過ごすことができた。
危ない、危ない。
また、気絶させられるところだった。
ふー。平常心、平常心、平常心、へいじょうしん、ヘイジョウシン、ヘ、イ…
「ヘイ!ジョー!」
僕はもこもこにむしゃぶりつくように、なぞの奇声を上げて飛びついていた。
次の瞬間、またもやもこもこが輝き始め、そして僕をヴァルハラへと導く雷がとどろく。
バシューン。
僕はまた気絶した。
スズメのチュンチュンと鳴く、心地良い音色が聞こえる。
そして、カーテンの隙間からは、窓から指すまばゆい太陽の光が顔を照らしている。
そうか、朝か。
時計を見ると時刻は8時。
学校には走っても間に合わない時間だ。
「そうか、またやっちまったのか…」
床の上で起き上がり、一人ボソッと呟く。
あぐらをかくと目の前には準備途中のカバンが転がっていた。
ふーっと一息入れて、現状を確認する。
客観的に見れば、朝寝坊して、今から朝飯抜きで学校に行く、間抜けな高校生が一人。
もっと慌ててもいいくらいだろうが、あまりそういった様子はない。
その瞳には達観しているところも少し見える。
良く見れば端正な顔立ち、そして、この平和な世界に覇を唱えていくであろう、その風貌にはどこか野でありながら卑ではない、そんな気配をそこはかとなく感じさせる。
彼の行く手には一体何が待ち受けているのだろうか。
と、いったようなところだろうか。
少し言い過ぎかもしれないが、主観を持つ人間が導き出す客観なんてものに正しい答えなんてあるはずが無いのだろう。
などと、一人心地をしていてふと我に気づく。
時計を見ると。8時5分を指していた。
「本格的にヤバイな」
そういいながら、僕はネクタイを、キュッと締めなおすと、準備途中のカバンに手当たり次第教科書を詰め込み、チャックを閉める。
それじゃあ、行くか。
僕は部屋の扉を開けて玄関に向かう。
その後ろから、ちょこちょこと何かが着いてくる気配がするが、そんなものはじめから無いのだとでもいう感じで、ずんずんと学校に向かう。
うしろからは「みゃむら」やら「にゃんぎー」やら鳴き声らしきものも聞こえるが、気のせいだろう。
天気は雲ひとつ無い快晴だった。
学校に着くと予想通りの遅刻、アンド一時間目の途中で教室に入る僕への先生とクラスメイトからの「またか」という視線のおまけつきだった。
僕だって好きで遅刻しているわけではないのだ。
言い訳だってできるものならしたいと思う。
けど、そうはいかない理由があるんだからしかたがない。
二時間目の数学を受けている最中、「はあー」っとため息をつきながら考えていた。
そんな風に考えごとをしている僕の机の足元には元凶であるはずのものが、すーすーと寝息を立てている。
そのもこもこを見ているとまたしても、なんとも言いがたい衝動が湧き上がってくるため、視線を黒板に戻す。
僕が頻繁に遅刻するようになって、早一週間が過ぎようとしている。
それはつまり、この謎のもこもこと出会ってから一週間が過ぎようとしている、ということだ。
なんでこんなよく分からない状況になってしまったんだろう?と考えてみても、全く心当たりがない。
だからと言って、こんな謎の生命体を身辺に住まわせておいて、無視ができるほど、僕の心は成熟していない。
そういえばどこかで聞いたことがある、結果には必ず原因があるんだと。
たしか、因果応報だったけか。
それでは、この結果にもどこかに原因があるはずなんだ、と考えてみる。
そう思って、ここ最近の日課となっている、授業中の謎のもこもこについての考察をはじめることにした。
僕はペンを持ち変えると、ノートに思いついたことをメモしていった。
■考察1
「このもこもこは一体なんなのか?」
さて、考えてみよう。この一週間、既に何十回と考えてきたことだが、再度考えてみよう。
こいつは一体なんなのだろうか?
いきなり難題である。
もうしょっぱなから思考回路はショート寸前。
今すぐ会いたいの!っと口の端からこぼれ出そうになってしまうくらいだ。
本当にこいつは何なのだろうか?
しかし、そんな禅問答みたいなことを考えていても答えは一向に出てくるはずもない。
僕は今現在、つまり一週間もこもこと過ごした結果、多少なりとも分かったことをまとめてみる。
分かっていることは、
①僕にしか見えない。
これを知った時は、衝撃だった。
このもこもこと遭遇した時と同じくらいの衝撃だった。
それは、先週の日曜日のことだ。
その日は僕はいつもどおり、夕食を食べならがサザエさんを見て、「明日も学校なのか・・・」としっかりとブルーマンデーな気分を体感した後、フロに入った。
フロに入ってからは、親戚の兄さんがくれたスーファミで、ゴエモンインパクトなる巨大ロボを疾走させるゲームにはまっていたため、それにしばらく興じていた。
(それにしても、天下の大泥棒をモチーフにして、キセルボムやら鼻から小判やら、あんなシュールな内容でゲームを作ろうとしたセンスには脱帽だ)
そしてゲームもステージ最後のからくりメカを倒して区切りがよかったので切り上げて布団に入った。
そして、いつも通りの朝が来るはずだった。
が、朝起きると僕の現実は大きく変わってしまっていたのである。
翌日、朝を向かえ小さい頃から延々と積み重ねてきたように目覚まし時計の音で眼を開けて、そして簡単な伸びをする。
布団を身体からはがして、ベッドを降りたその時だった。
足元にあるはずがない違和感を感じた。
僕は素足だったのだが、その足の裏で天上にも上るかのような、もこもこに触れたのである。
あまりの気持ちよさに僕は、足をすりすりとこすってみた。
足をこすり付けるたびに、そのふわふわとした触感は僕の心に潮を生み、クラシックのカノンにも代表されるような大逆循環を生み出していくのだった。
それがいけなかった。
僕は何度も何度も高速で足の裏を擦り続けているときに、そのもこもこが「にゃしゃー!!」
と憤りの鳴き声を上げていることも無視してしまったのである。
そして、そんな傲慢さに痺れを切らしたのか、神々からの鉄槌を受けるのである。
それが、初の電撃。
まあ僕ともこもこの出会いはそんな感じだった。
初電撃をくらって初気絶をした僕は改めて足感でしか知らなかったもこもこの全体像を見たのである。
それはなんと言えばいいんだろうか、なんというか“もこもこ”としか表現できないような物体だった。
少し黄色がかったクリーム色の体毛(超もこもこ)に包まれた丸い体躯。
直径は30cmほどだろうか?
その本体からは気持ちばかりに、ちょこんと手足がついている。
この手足は猫の手足を短くしたようなイメージに近く、ここも体毛(超もこもこ)に覆われている。
そして、尻尾もある。
尻尾はもきゅっといった感じで滑らかな体毛(超もこもこ)に包まれており、そこをぎゅっと掴まないのは、人類が霊長類の長として進化してきた過程でKEYとなった「手」。
その「手」の機能を全面否定するかのような処遇ではないかと思わされること受けあいだ。
そして、頭部からはたらんと垂れ下がった耳。
1931年に、スコットランドの中部に位置するテイサイドという地域の農家に生まれた一匹の白猫から始まった「スコティッシュ・フォールド」にも似た、媚びているようで、それでいて気品を持つ耳(もちろん、超もこもこ)。
最後に、それらのパーツを一層と際立たせるつぶらな瞳(超もこもこ)。
いかん、あまりにもこもこと言ってしまったため、もこもこに囚われていた。
瞳はもこもこではない。
いやしかし、その瞳に映るのはもこもであって、もこもこでは無いが、もこもこを秘めた瞳とでも言っていいだろう。
もこもこ。
いや、違うこういうときは“いやいや”と言うんだっけか。
駄目だ。
接続詞にまで影響が出てしまっているため、もこもこトークはこれくらいにしておこう。
僕が言いたいのはそれくらい愛らしい生き物であるということである。




