世界の常識
ナンさんに固く口止めをお願いして、リビングを後にした。
今いるのは、ユースの書斎。
約束していた基本常識を教わるためだ。
「呑むか?」
ユースは酒瓶らしきものとグラスを2つ、戸棚から取り出して言う。
「悪いけど、今19で未成年。こっちの成人が何歳からかは知らないけど。」
「だったら、大丈夫。一人前と認められるのは20歳だが、酒は15からだ。半人前の祝いでな。」
潰れるまで飲ませて、酒のなんたるかを教えるのが、半成人式の習わしだそうだ。
「これから真面目な話だしな。一杯だけいっとけ。」
と、注がれたグラスを渡してくる。
俺が一口飲んでから今回の本題が始める。
ユースは世界地図らしき紙を広げ始める。
(しっかりした測量技術はなさそうだな。いや、国防のためにわざと…。)
どんぶり勘定で、「大体この辺り」な代物だったが、これを使って常識を教わる。
この世界の名は、「クタルティーカ」。
つい十数年前、一人の大魔法使いによって世界は球体、つまり惑星だと証明された。
世界には、3つの大陸に4つの国と1つの独立自治区が存在している。
北半球にある最大の大陸、2大国で二分する「ガマナヘイド」。
最小の大陸にして1個の国、中央東の「ロイツ」。
そして、南半球の「ミックリーハ」は、厳しい環境により解明が進んでいない。
2大国の片割れ、東の「ヴァーキナ王国」…通称、王国
騎士と貴族を王が統率する歴史ある国。
もう一方、西の「聖シャッガイ国」…通称、聖国
世界唯一の宗教、創造の女神を奉る「クリシャナ教」の総本山。
多民族の集合体「ロイツ連合」…通称、連合
亜人の長達が合議で取りまとめる。
冒険の最先端「マシボノ国」…通称、魔境
冒険のためにあるような、秩序だった無秩序。
所在不明の隠れ里…通称、あの里
噂だけが世を出回る、謎の自治区。
これが、世界の姿。
「ここまでは大丈夫か?」
話を止めて、確認してくる。
俺は内容を反芻して、頭に定着させる。
その後、肯定の意を示す。
ユースは一口、唇を湿らす。
「じゃ、続けるぞ。」
4つの国々は、大小の差はあれど、基本仲が悪い。
規律を重んじる王国と、良くも悪くも奔放な魔境。
人間至上主義者が台頭する聖国と、亜人の統治する連合。
何より、「ガマナヘイド」を統一せんと、王国と聖国は昔からにらみ合い、時にぶつかり合っている。
一方間違えれば世界戦争な状況を緩和させているのが、
「魔物とダンジョンだ。」
魔物、ヒトを襲う野生の怪物。
森や山などに生息し、立ち入る者に危害を加える。
種によっては、大量発生してヒトの生活圏まで侵攻する。
国の抱える兵力は、こちらに注がれる事になる。
ダンジョン、突如出現する異空間。
街中にまで出現しうるその入口を潜ると、強力な魔物と高価な財宝が出迎える。
一攫千金を夢見て、命知らず共が進入しては、再起不能となるか二度と帰って来ないか。
それでも、今も挑戦者は後を絶たない。
魔物によって、弱者は殺され、ダンジョンによって、強者は死ぬ。
結果、戦争する余裕は、どこも持ち得ない。
「よって、戦争の平和は、魔物によって保たれている訳だ。………、皮肉な事にな。」
そう、ユースは語る。
(意見が合わない者同士を同じ方向へ向けるには、やはり外敵が不可欠か。)
俺は、それに妥当性を感じていたりする。
「次は、魔物を狩り、ダンジョンを制覇する冒険者の存在だ。」
冒険者は、組合に登録した旅人や戦士の総称。
組合の仲介で依頼を受け、日銭を稼ぐ。
各街々に支部があり、依頼は最寄りの支部で受諾・報告する。
サービスは、どこでも一律……
「と、言いたい処だけどな。国営故の、何と言うか……。」
登録した国が分かるようになっているため、対応の態度に変化があるらしい。
もちろん、依頼の受諾や獲物の査定は、問題なく行われる。
(そこまでいくと、国際問題になりうるからか。)
冒険者の価値は計り知れない。
特に魔物に怯える一般人にとっては、英雄に近い扱いを受ける場合もある。
……実力ある一握りに限り。
「まっ。いずれここから旅立つんだろ?組合登録は、しといた方が良いな。」
「当然かな。」
こうして、世界の地理、国際、冒険と言う常識を一晩で教わった。
グラスの酒を飲み干し、就寝の挨拶をしてから、俺は用意してもらった客室に向かう。