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恋愛もの

your name is ...

作者: 腹黒ツバメ


〈your name is ...〉



「姉ちゃん。俺、彼女できた」

 それを最初に話した相手が姉だったことに、さして理由はなかった。

 友達連中には学校で盛大に自慢してやるつもりだったし、母はやたらとお喋りだし、父はスケベだし。とすると、もう消去法で姉ちゃん以外にいないのだ。

智貴(ともき)が? マジ?」

 自宅の居間でくつろぎ安酒を傾けていた姉は、俺の台詞を聞いて驚嘆の声を上げた。

 疑念に満ちた眼差しが俺の全身を這う。予想どおりの反応だが、どうにも居心地が悪い。

「な、なんだよ」

「まあ……嘘ではないみたいね」

「そんなわけあるか! てか、なんでわかるんだ」

 したり顔で頷く姉ちゃんに、意図せず顔が熱くなる。まさか浮かれているのが顔に出ていたのか。相当恥ずかしいニヤケ面をしていたのか。

 羞恥に苦悩する俺を心底楽しそうに眺め、彼女は眼鏡のブリッジを押し上げて微笑んだ。

「わからいでか。何年一緒に住んでると思ってんの」

 言い捨てた姉は、呑みかけの発泡酒を片手に立ち上がった。恐らく自分の部屋でゆっくり呑み直すのだろう。弟の女自慢など酒の肴にもならない、ということか。

 ……話す相手を間違えたみたいだ。

 さりげなく自嘲していると、廊下に続く扉を開けた姉ちゃんが振り向き、思い出したように告げてきた。

「まあ、女の子は大事にしてあげな」



 ★



「っていうことがあってさ」

 昨晩の姉ちゃんとの会話を仔細に語り、俺は白い溜息を吐いた。

 週明けの放課後、俺はいつもの帰路とは違う道を、ひとりの女子と肩を並べて歩いていた。

「ふぅん、素敵なお姉さんだね。あたし兄弟いないし、ちょっと羨ましいな」

 その愚痴に彼女――晴れて俺と恋人になった川端(かわはた)が相槌を打つ。柔らかそうな茶色い前髪がさらりと揺れる。

 去る土曜日、二月十四日。世間一般にバレンタインデーとして騒がれる日。

 俺は彼女から学校の教室に呼び出され、ハート形のチョコと告白を受け取った。

 その瞬間は驚く以前に、どうも現実味がなかったのを覚えている。なにせ川端と俺は別々のクラスで、ほとんど面識がなかったのだ。後で俺を選んでくれた理由を尋ねたら、なんとなくだと言っていたが……

 とはいえ無下に断るほど異性の選択肢がある立場じゃない、俺はふたつ返事に了承した。そうしてつい一昨日、地球上にまた新しいカップルが誕生したわけだ。

「素敵なもんかよ。姉なんて碌なもんじゃない」

「でも、最後の台詞は大人の女性って感じで格好よくない?」

「あんなの酔っぱらいの戯言だろ」

 川端のフォローをすげなく切り捨てる。あんな酒癖が悪いだけの女の言葉、絶対に真に受けてはいけないのだ。

 その後も姉ちゃんの話題に花咲かせていると、不意に川端が歩を止めた。閑静な住宅街の一角だ。

「着いたよ。ここ、あたしの家」

 彼女が指差したのは、白が基調の小奇麗な家屋。そう、俺は川端の自宅に赴いていた。

 といっても、部屋にお呼ばれされたわけじゃない。彼氏として、家まで送り届けたまでだ。むしろご両親に出くわしたら大変だとビビっている。

 まあそんな心配も杞憂に終わり、何事もなく川端は門扉を開いた。

 そして向き直り、満面の笑顔で俺に手を振った。

「それじゃまた明日、智貴くん。――大好きだよ」



 ★



「帰り遅かったじゃない。どうしたの?」

 今日も姉ちゃんはだらしなく居間で呑んだくれていた。既に何杯か空けているらしく、頬が僅かに火照っている。

 時刻を確かめれば午後七時過ぎ、確かに帰宅部の高校生が帰るには遅い時間だ。……が、それ以上に社会人が宅飲みするには早すぎる。

 俺の非難の視線を感じ取ったか、姉ちゃんはヘラヘラと笑って、

「ぱっぱと業務を切り上げるのも、有能な女の条件なんだよぉ」

「それと家でベロベロに飲み明かすのは関係ないだろ。って寄るな酒臭い!」

 馴れ馴れしく肩を組んでくるその姿は、典型的な絡み酒。どう見ても有能な女とは思えない。

 無理やり身体を引っ張られ、隣に座らされる。小さいソファに二人分の尻が詰められて狭苦しい。

「で、アンタはどうして帰りが遅いの?」

 詰問するような口調。厄介な酔っ払いに逆らう度胸はないので、ここは素直に白状しよう。

「別に。彼女を家まで送ってただけだよ」

「へぇー。あの智貴が、女の子をねぇ」

 意味ありげな視線を向ける姉ちゃんに、俺は不快感も露わに顔を背ける。続く言葉が予想できたからだ。

「昔はアンタこそひとりじゃ家に帰れなかったのに」

「う、うるさい! 昔の話だろ!」

 いやらしい笑みを貼りつけた姉ちゃんに、俺は含羞に顔を赤くして怒鳴りつけた。

 このクソ姉は年齢が六つも離れているせいか、よく幼少期の話題で俺を弄り倒してくる。ちなみにこれは俺が小学校に上がりたての頃、勝手にひとりで下校して迷子になったことだろう。

 本当に酔っぱらいは面倒だ。特に姉ちゃんは、弟を無駄に怒らせて楽しむ仕方のない女なのだ。

 ……たまには反撃してやろうか。

 胸中で小さな復讐心が首をもたげた。弟がいつまでも虐げられるばかりの弱者ではないと思い知らせてやる。

「そういう話ならこっちだって……姉ちゃん昔近所の公園で野しょ――」

「だああセクハラ反対! 訴えて社会的に存在を抹消してやろうか!」

「人聞きでもないことを言うな!」

 実姉に欲情して手を出すような変態がこの世に存在してたまるか。

 姉弟でぎゃあぎゃあと喚き合う。これが日常的な風景なので、台所で料理をする母親は一切介入してこない。

 しばらく至近距離で互いの顔に唾を飛ばしていたが、ようやく落ち着きを取り戻した姉ちゃんが嘆息する。……俺は最初からずっと冷静でしたよ?

「――ともかく、帰りが遅くなるときは一応連絡しな。お母さんも心配してたし」

 かと思えば、また説教。それも過保護気味な。

 俺だってもう高校生だ。自由な時間まで管理されたくないし……親に帰宅する時間を連絡なんて少し恥ずかしい。

 それに、こんな時間から酒に手を出す駄目人間に言われても、説得力なんて微塵もないのだ。

「俺の勝手だろ。いつ帰っても姉ちゃんには関係ないし」

 何気なく口を衝いて出た、そのひと言。

 いつもの喧嘩と変わらない程度の悪罵に、しかし姉ちゃんは、

「……じゃあ、好きにすれば」

 唐突に覇気をなくして、俺の肩を解放した。

 電池切れのオモチャみたいに静かになった姉ちゃんの顔からは、感情が欠片も読み取れない。

 あれほど騒がしかった居間に沈黙が訪れる。包丁がトントンとまな板を叩く規則正しい音だけが虚しく響く。

 それきり姉ちゃんは俺に興味をなくしたように、目を逸らしてしまった。

 不思議と決まりが悪くなった俺は立ち上がり、早足で自分の部屋に逃げ出した。鍵をかけ、ベッドに身を投げ出す。

 目を閉じると、瞼の裏にさっきの姉ちゃんの能面じみた無表情が浮かぶ。喧嘩なんて慣れっこなのに、どうしてか意識が彼女から離れない。


 放課後の楽しかった記憶なんて、丸ごと吹き飛んでいた。


「……なんなんだよ、いきなり」



 ★



「笑顔咲くー、きみと繋がってたいー♪」

 翌日の放課後、俺は川端とカラオケに来ていた。

 しかしまだ俺はデンモクに一瞬たりと触れていない。胸裏は昨日の出来事――姉ちゃんとの喧嘩でいっぱいだった。とても能天気に歌えるような気分じゃない。

「あ・な・た・とっ! あーたしさくらんぼー♪」

 夢見ていた女子と二人きりのカラオケなのに、ちっとも高揚しない。注文したジンジャーエールはやけに味が薄くて、俺を余計に陰鬱な感情にさせた。

 そんな俺とは対照的に思い切り熱唱していた川端が、歌い終えたのかマイクを置いて俺の隣に腰かけた。彼女の吐息はちっとも酒臭くなかった。

「ね、どうだった? 実は歌にはちょっと自信があるんだけど」

 はにかむ川端を横目に眺める。愛らしい表情だったが、それでなにが変わるでもない。

 俺はまたジンジャーエールをちびりと啜った。

「……選曲古くない?」

「それ二重に失礼だよ!」

 意外と勢いのあるツッコミに、しかし反応を返せない。

 虚ろな両目に映る視界を、川端の不安げな容貌が遮った。彼女は俺の顔を覗き込んで瞳を潤ませている。

「また、お姉さんのこと考えてたの?」

 なぜかどことなく悲哀を湛えたような眼差しを向けてくる彼女に、俺は無言で頷いた。今さら隠す必要ないし、言わなくても大体の想像はつくだろう。

 昨日の口論も川端には大まかに話してあった。当然、俺の恥ずかしい過去は伏せてあるが。

 ――なぜ姉ちゃんは突然機嫌を損ねたんだろう。

 とても真っ当な性格とは呼べないが、癇癪を起こすような人間でもなかったはずだ。まるで俺の知らない誰かに変身してしまったようで、思い出すだけで背筋が寒くなる。

「えと、智貴くんってさ……」

 うんうんと唸る俺の肩に右手を乗せ、川端が歯切れの悪い口調で呟いた。先刻までの歌声とは真逆の、沈んだ声音。

 振り向いて視線を交錯させた彼女の表情に窺えたのは、困惑と――ほんの少しの失望。


「もしかして、シスコン?」


 人間の声に打撃力があったとしたら、全身複雑骨折を負っていたところだ。

「はぁ⁉」

 つい大音声で叫んでしまった。マイクがそれを拾って部屋の壁と鼓膜を震わせる。

「へ、変なこと言うな! 昨日も今日も愚痴だらけだっただろ、なんでそんな発想が出てくる――」

「いや、むしろ恋人に姉の話ばっかりすること自体が異常じゃないの……?」

 必死の弁明を川端の冷静な指摘が遮る。言われてみれば確かに、少し一般的なカップルとは逸脱している気がする……

 自覚がなかったのか、とばかりに瞠目していた川端が、ふと寂しげに両瞳を伏せた。俺は見慣れない彼女の様相に戸惑って声が出ない。

 そして続けられた台詞は、さっき以上に俺の全身を強く殴打した。


「智貴くん……あたしより、お姉さんが大切なの?」


 冗談だと笑えないくらい威圧感を携えた低い声。脈絡なく変貌した彼女の態度に、俺の頭は困惑と焦燥を深めるばかりだ。

 どう答えればいいのか――彼女を傷つけないのか。わからない、実姉と彼女を比較したことなんてない。いや、彼女はそもそも正直な本音を望んでいるのか……

 質問の意図が掴めず、愛想笑いにも失敗して頬が引き攣る。

「なに言ってんだよ。姉ちゃんも川端もおかしいぞ」

「おかしいのはそっちだよ。智貴くんは、すごく不自然」

「……え?」

 聞き慣れているはずの“不自然”という言葉が、なぜだか全然理解できなかった。俺が不自然? どこにそんな要素があっただろう? 彼女の思う自然ってなんだろう?

 疑問が脳内をぐるぐる回っていた。言葉を失っていると、知らぬ間に川端が鋭い眼光で俺を睨んでいた。怒っている? どうして?

「いつもいつも、口を開けばお姉さんの話……。彼女の名前もまともに呼んでくれない……」

「川端! 俺は……」

「違うそうじゃない!」

 もはや半狂乱で首を激しく横に振る川端。茶髪が振り乱され、四方八方に涙が飛び散る。

 カラオケが防音でよかった。こんな修羅場、他人には聞かせられない。

 呑気にそんなことを思っていると、不意に彼女の腕がこっちに伸ばされた。

 首を通って、背中に回される両腕。一方的に彼女が俺を抱き締めるような格好だ。

 そして、嗚咽混じりの懇願。

「ねえ、本当にあたしが大切なら……せめて下の名前で呼んでよ――」



 ★



「……智貴、なにかあったの?」

 月明かりのない夜空を歩いて帰ってきた俺の両眼は、自宅の眩しさに細められた。

 玄関をすり抜け、無言で俺の部屋へと向かう途中、廊下の真ん中ですれ違った姉は開口一番にそう尋ねてきた。――どうして姉ちゃんは、いつも俺のことをお見通しなんだろうな。

 心配そうにする彼女の声の調子からは、昨日の喧嘩が尾を引いている様子は感じ取れない。

 俺は彼女に背を向けたまま、震える感情を抑えつけて、できるかぎり淡々と答えた。

「彼女と別れた」

 息を呑む音が、鼓膜に一際強く響く。

 目を瞠る姉ちゃんに構わず、俺はゆっくりと台詞を絞り出した。

「ちょっと話があるんだ。俺の部屋、来て」



 姉ちゃんにはベッドに座ってもらい、俺はその脇の学習机の椅子に背中を預けた。互いの距離はさしてない。我ながら狭っこい部屋だ。

 互いに切り出す言葉を見つけられず、室内は淀んだ静寂が支配していた。いかにもこれから深刻な話をします、といった空気。

「あのさ――」

 最初に口を開いたのは俺だった。呼び出した側が沈黙していてはなにも進展しない。

 口籠る自分を胸裏で叱咤する。もう不退転の決意を固めたはずだ。川端と別れた理由、姉ちゃんへの思いの丈、すべて打ち明けると。

 そして、正面を真っ直ぐに見据えて言葉を紡いだ。


「俺、彼女よりも姉ちゃんの方が好きだったみたいだ」


 一息に吐き出した瞬間、体躯にのしかかる重荷がどこかへ飛んでいった気がした。

 そうだ。俺は川端に二択を迫られ、姉ちゃんを選んだ。

 心根からの本音をぶちまけて清々しい気分になった俺を当惑の面持ちで眺め、姉ちゃんは――

「……え、突然なに言ってんの?」


 ドン引きしていた!


 この状況に似つかわしくない、姉ちゃんの妙に起伏のない声音に、俺はようやく自分の失態に気づいた。つまり……

「待て勘違いするな! 決して恋愛感情を持って姉ちゃんが好きとか告白したわけじゃなくて――」

「いやいや、話の流れ考えたら普通はそう思うでしょ。言っとくけどあたしは弟を異性として意識したことなんて粉微塵もないからね。……アンタと違って」

「うがあああああああ」

 俺は羞恥のあまり耳まで真っ赤に染めて呻いた。なんて不用意な発言をしたんだ。穴があったら入りたい。意外と深い穴に落っこちて死んでしまいたい。

 しばし恥辱に悶える俺を姉ちゃんがニヤニヤしながら傍観するという世にも不思議な構図ができあがっていたが、いい加減埒が明かないと判断したのか、姉ちゃんの平手が頭をはたいた。

「……で、話を戻すけど、それってどういう意味?」

 呆れた口調の彼女に、俺はようやく我に返る。そうだ、こんな阿呆くさい茶番をしている場合じゃない。今は真面目な話をする時間なのだ。

「――彼女の名前、覚えてなかったんだ、俺」

 首を傾げる姉ちゃんに、訥々と今日の経緯を語り聞かせる。

 川端に下の名前を呼んでと必死の訴えを受けた俺は、しかし答える言葉を持っていなかった。彼女の苗字しか知らなかったから。

 ……いや、言い訳はやめよう。知る機会なんていくらでもあったけれど、俺は知ろうとしなかった。彼女のことに興味がなかった。


 ――ただ俺は、自慢の姉の話をできる相手がほしかっただけ。


「本当はアイツのこと好きでもなんでもなかったのに、姉ちゃんのことを話したくて彼氏面してたんだ。そんなの、自分でも気づいてなかったけど」

 俺自身驚きだ。姉ちゃんへの好意とか憧れとか、そんな感情があることを今日初めて自覚した。

 けれどそれは潜在的にずっとあった気持ちで、年頃の男には実姉の自慢なんてなかなか難しい。男友達に語って聞かせるなんて照れくさくて絶対に無理だ。

 ……だから、川端と偽りの関係を持った。

「でも、そんな我が儘でこれ以上彼女を束縛なんてできないから」

 もっとも真相は、名前を覚えていない俺に勘づいた川端の方から三行半を叩きつけてきたのだが。当然の結果である。

「そっか……」

 先刻から黙して耳を傾けてくれていた姉ちゃんが、納得したように頷く。

 そして不意に立ち上がった彼女は、俺の頭頂部を優しく撫でた。気恥ずかしくて振り払いたかったけれど、上手く身体が動かない。

「実は――あたしもなんだ。なんか弟を彼女さんに奪われたみたいで、大人げなく拗ねてたみたい。……昨日は、怒ってごめんね」

 信じられない台詞に仰天して顔を上げると、穏やかな微笑みを湛えた姉ちゃんと目が合った。

 ――だから昨晩、急に『勝手にすれば』なんて言ったのか。

 姉ちゃんが拗ねていたという事実も意外だが、てっきり俺の不注意で機嫌を悪くしたのかと思っていたので、少し安堵して無意識に口角が緩む。

 無言のまま、俺たちはしばらくの間見つめ合い――


「「うっわ、気色悪い!」」


 まったく同時に叫んだ。

 冷静になって思い返すと、さっきまで本音をぶつけ合っていたのが、途端に恥ずかしくなる。真っ向から姉ちゃんとこんな話をするなんて馬鹿みたいだ。

 それも“姉ちゃんの方が好き”なんて……怖気が走る!

「さっきまでの話、全部なし! 姉ちゃんが好きとか不気味だから忘れろ馬鹿!」

「こっちこそ拗ねてたとか嘘だからね! 自惚れんな!」

 正面から大声で拒絶し合うが、二人とも顔が真っ赤だ。大変遺憾だが、両方とも本心を押し隠しているのが丸わかりだ。今日のやり取り、当分は忘れられそうにない。

「ああんもう嫌! 酒飲んでくる!」

「とっとと出てけ二度と来るな!」

 狼狽して部屋を飛び出す姉の背中に悪罵を投げながら、俺は胸中で思う。

 ――やっぱり、姉ちゃんと川端を比べるなんて、間違ってた。

 万が一異性として川端を好きになっていたとして、下の名前を覚えたって……いつか別れて、頭の片隅に追いやってしまっただろう。

 でも姉ちゃんの名前は、一生忘れない。たとえ姉ちゃんに彼氏がいて、いつか結婚して、別々に暮らすことになっても……


 大切な自慢の姉の名前は、脳みそがぶっ壊れるまで記憶に刻まれているはずだ。


 好きとか嫌いとか、関係ない。そんな次元の問題じゃないんだ。

 誰もいなくなった自分の部屋で、俺はひとりベッドに寝転がった。ほのかな体温と、酒の香りが残っている。

 天井の光をぼんやりと眺め、俺は無意識に呟いた。

「……俺、シスコンなのかなぁ」







 読んでいただきありがとうございます!


 家族に対する気遣いとか愛情とかって、知られるとちょっと恥ずかしいですよね。

 でも、なんだかんだ弟思いの姉ちゃんは素敵だと思います。

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