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十六の夏

 十六歳、高校一年の夏休みも残り一週間。

 休みもあとわずかしかないというのに、どうやら僕は新学期を迎えることはないようです。

 拝啓。父さん、母さん、弟に犬のハチ、僕は十二時間後に死にます。

 一つ言っておきますが、決して自殺ではありません。死因は……聞いていませんが、とりあえず心臓は確実に止まるようです。

 そう、あと一二時間、いやもう十一時間と五十八分で死ぬはずなのですが……。

 その時間も待たずに、溶けて地面に染み込み息絶えてしまいそうです。

 冷房の利いた電車から一歩駅に降り立ってみれば、雲一つない空からは激しい陽射しが照り付け、僅かな間に汗が全身から噴き出し、素肌は焼けるような痛みを感じています。もう暑さに驚き立ち尽くしてしまいました。

 父さん母さん、弟に犬のハチ、このままでは暑さで死ぬ方が先になりそうです。

 しかしながら、隣にいる彼女はこの暑さでも汗一つ流さずなんと羨ましいことでしょうか。

 とりあえず、彼女、浮いています。

「僕も君みたいに笑えたらいいのに」

「あれ? 君は楽しくないの?」

「この顔を見ても、もう一度同じ事言えますか?」

「そんな顔突き出されてもね。ずっとそんな顔してるじゃないの」

「それはすいませんでした。でしたら、僅かな時間ですが覚えといて下さい。これが悲痛の表情です。君が車内で悪戯ばかりするから、暑さと相まってこんな顔になりました」

「うふふ。あれは楽しかったね。みんなから変な目で見られてたもんね君。針のむしろ、針のむしろ、アイアンメイデン!」

 そう言う彼女は、いきなり浮いた体を最大限に生かし、くるくると体を回して踊り出す。全身を覆う黒いマントが傘でも開くように翻り、太ももまでも露わになっていた。それでも、気にせず彼女はケラケラと笑いながら空中を踊る。

「これを人は死神なんて言ってたんですか」

 僕は呆れ交じりの感想を一人零し、素足な彼女に構うことなく改札へと向かうことにする。

 そう彼女は死神。

 今から、十二時間ほど前の事。

「残り一日で、君は死にます。やり残したことはないですか?」

 と、寝る前に自室のベッドで漫画を読んでいた僕の所に突然現れ、そんな事をのたまった次第だ。

「それで、この可愛い子はどこに居るのかわかってるの?」

 さっきまで後ろで踊っていたと思ったのにいつの間にか死神は真横に浮いていた。

「おお! ビックリした」

 いや、そこじゃない。その手の写真!

「何しとるんじゃ!」

 ひらひらと目の前で揺れていた写真を急いで掠め取る。

「必死、必死、顔が赤いよ」

「これは日に焼けてるだけじゃ。別に必死こいてないわい! って、ああ、また……変な目で見られてる」

 もう彼女の挑発など目にも入らず、不思議そうにこちらを見る人々の視線ばかりが気になって早々に改札を抜ける。

「もう、そんな怒らなくても」

 彼女は猫撫で声を出しながら、そんな僕の後についてくる。

「怒ったら、折角の時間が勿体ないぞ」

 無視、無視。

 僕は奪い返した写真を急いでズボンのポケットに仕舞い、駅の外へと足早に歩く。

 写真には小さい頃の自分とその頬にキスする可愛らしい女の子が映っていた。

 それを思い出してまた顔を赤くなんかしていない。そんな子供の頃の思い出で赤くなる訳が無い。それを見られたくなくて足早に歩いている訳でも決してない。

「ほっら、怒らないってば!」

 彼女は僕の気持ちも知る由もなく僕の体をすり抜けて、目の前に変顔を見せてくる。

 気持ち悪いし、やめてもらいたい。

「うばーー!」

 そして、笑えない。

「もう、いい加減に!?」

 あ、転んだ。

 突然、視界を塞がれたおかげでけつまずいていた。

 急いで態勢を立て直す。

 そう思った時には、むにゅっと柔らかい感触が顔を襲っていた。

「きゃっ!」

 そして、可愛らしい声。そして、柑橘系のいい匂いが鼻孔をくすぐる。

 恐らくこれは女性の福与かな脂肪の双丘。

「うわっ! ごめんなさい!」

 このままで、という恍惚感に襲われていたが、その感覚に反発するようにすぐに顔を上げていた。

 勿体なかったという後悔は心の隅にすぐに仕舞いこむ。

「……もうえっちな子」

 顔を胸から放すと、すぐ傍には、こんがり日に焼けた女性の綺麗な顔があった。年上の色香を醸し出し、少々見惚れてしまうほど整った顔立ちをしている。

 後悔が心の隅から、すぐに顔を出した。

「えっと、あの、ああ! すいません!」

「いいのいいの。大丈夫だった? もう、余所見してちゃ駄目よ?」

「えっと、はい、そのおかげ様で」

「あら! もう、エッチ! おませさんね。ん? そういう歳でもないかな? あら! 眼鏡ずれてるわよ」

 そう言うと止める間もなく小麦色の腕が伸ばされ、ずれた眼鏡をなおして頂く。

 ああ、胸が異常な鼓動を発揮しています。もしかして、これが死亡の原因なのかもしれません。

「うふふ、良く見たら可愛い顔してるのね。そう思わない?」

「ん? う~~ん、確かに可愛い顔してるかも」

 もう一人、綺麗な女性が現れた。この人も肌が焼け健康的な魅力が醸し出ています。目の前の女性と同様に上半身はビキニの水着に下はホットパンツと大胆な格好です。

 目の前の女性は緑のビキニで奥の彼女は黒のビキニです。

 大人な魅力で目眩を起こしてしまいそうです。

「そうだ! ねえ? お詫びの代わりに私達とちょっと付き合わい?」

「え?」

「その辺でお茶でもしないってことよ? ってこの言い方古いかな。いいでしょ?」

「え? いや、急ですね。そう言われても……」

「こういう事って急よ。それにお茶だけだからいいじゃない? それとも謝って終わり?」

 そうちょっと脅迫めいた事を言うのは後から現れた黒のビキニの女性。彼女自身お茶目に言ってるようではあるが、怖い。

「……わかりました。よろしくお願いします」

「うふっ、よろしくお願いだって」

「あはっ、よろしくお願いします。それじゃあ、早速行こうか」

 そういうと、実際に早速といった具合に、二人の女性は僕の右と左の腕を一つずつ掴む。僕は二人の女性に挟まれた形になって、そして、彼女たちの柔らかい胸が両腕を刺激してくる。

 なされるがまま、僕は彼女たちに連行されるように歩き出していた。

 右の緑色のビキニの彼女が左の黒いビキニの彼女に話しかける。

「こんな暑い日は涼しい所で冷たいジュースを飲むのが一番よね」

「私はお酒の方がいいかな」

「もう、まだお昼よ。まあ、でも……それも良いのかもね。体を冷やした後は心行くまで熱いひとときを味わうんだから」

「うふふ、そうね」

「テンションもあげてかないとね?」

 二人で話し始めたかと思っていたら、右の緑色のビキニの彼女が不意にこちらに向かってウインクしてきた。

 あれ? なんでしょう? 鼻から何か流れてきました。

「楽しみね?」

「ね?」

「あっ、はい!」

 頭がのぼせて、もう一言返事するだけが精一杯。

 そういえば、誰か忘れている様な気がするがもういいですよね。

「真面目な顔して……」

 背から、怨念の籠った声が聞こえる。

「はい! じゃないわ!!」

 その声は、怒鳴り声を上げ、僕の背中を襲った。

 それと同時、両隣りの彼女達は意識でも失ったかのように、唐突に力なく地面に倒れ伏す。

「ふぇ?」

 何が起きたのかと、反射的に背に浴びせられた声に反応して後ろを振り向くと、少し離れた所に、自分の慎重よりも長い大鎌を肩に担いだ死神の姿があった。

 決して見える訳ではないのだが彼女の全身から闘気でも噴き出ているのではないかと思われるほどもの凄い迫力がある。

 だが、それは突然、消失した。

「はっ! 何してますの!?」

 彼女は気づいたように驚いた声を上げると、大鎌を放り投げ、慌てて僕の足元に倒れた二人の傍による。

 彼女は二人に寄り添い右往左往。

 そんな状況に僕は一歩下がり様子を見守る事しかできない。ただただ、そうやって立ち尽くしていると可笑しな点に気付く。

 二人の女性の背中から何やら白いものが上空に向かって抜け出そうとしていた。

 そして、どうやら死神はそれを押し戻すことに必死になっているようだ。

 あれはもしかして、魂?

「あの? 大丈夫でしょうか?」

「え? 大丈夫よ、大丈夫。すぐ終わるから気にしないで下さる。おほほほほほ」

「……何か性格が変わっていませんか?」

「あら、そんなことなくってよ。ないない、全然ない、あ! って、駄目、駄目よ! 戻って抜け出しちゃ駄目よ。貴女方はまだ逝ってはいけないですわ」

 なんだか非常に必死な様子だ。それを僕はしばらく棒立ちになって眺め続ける。しかし、時間が経つほど周りからの不審そうな視線の数が増えている様な気がする。

「えっと、逃げてもいいですか?」

「え? 何? 酷い事言いいますわね。そこまでしなくても、もう意識戻しますわ。そう日陰にでも肩を貸して連れていけば平気ですわ。ほら、元通り!」

 そう背中を彼女が叩くと、二人の女性は薄らとだが目を開ける。僕は言われたとおりに目を覚ました二人の女性に肩を貸して日陰へと連れていく。二人は何だか意識薄くずっと上の空だったが……。

 そのままで大丈夫かと不安に感じていたが、死神が言うにはしばらくすれば治ると何度も行ってくるので申しけなささに後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。

「もう、変な人に着いていかないでよ」

「怒っていますが、こんな事になったのは君の所為だよね?」

「知らないもん」

 暑さと徒労で力なく歩く僕の隣で彼女は頬を膨らましそっぽを向く。

 そんな態度に辟易とし、僕も視界から彼女を消そうと視線を車道へと向けた。

 車道には、駅前とあってか車の通りもそれなりにあり、路肩には幾つかの車も止まっていた。すると、その内の一つ、反対車線に止まっている車から中年の男性が身を乗り出してこちらに手を振っている。

 最初は、別の誰かにと思っていたのだが、中年男性は確かに僕を見ている。

 終いには、両手を振って大声も出して呼ぶ始末だった。

「おーい! 熱いだろ! 乗ってかないかい!」

 しかし、あんな色黒で歌唱力のある歌手にそっくりな顔の知り合いは僕には居ないはずだ。

「今日は特に熱いって言ってたからな! そんな恰好じゃ倒れるぞ!」

 服装? Tシャツに七分丈のジーパンと暑苦しい恰好はしているつもりは決してないのだが。

 そうは言っても、あんなに大声を出されては無視するのも失礼だろう。

 そう罪悪感に責められ、僕は道幅もそれほどない車道を小走りに駆け抜け、色黒の中年男性が乗る車に駆け寄った。

「おお! 来たか、ほらほら乗って乗って」

 近寄って良く見れば、彼の乗る車はタクシーだった。心の中でなるほどと納得する。

「いえ、その学生なんで払えるお金なんてないですが」

「ん? お金? いらないいらない。この町を気にいって貰いたいだけだからさ。今度来た時にでも払って貰えればいいのさ。先行投資よ先行投資よ」

 そう言って、豪快に笑う。

「タダなら、まあいいか」

「全然良くないと思うけど」

「うおっ! 音もなく現れるのやめて貰いますか?」

「そう言われても、音出ないもん。って、そうじゃなくて絶対乗らない方がいいと思うけど、あやしすぎる」

「大丈夫でしょう。乗りましょう」

「何だい? どうした? 早く乗った乗った」

「こう言ってますし」

 後部座席のドアは既に空いていて、遠慮なく車の中に入らせてもらう。

「ちょっと、駄目だって」

 そう言いながらも、するりと死神も車の中に入り、僕を飛び越えて隣の席に座るような形をとる。

「気にし過ぎですよ死神さんは」

「君は神経質そうな見た目と違って楽天的だよ」

「なあ、やっぱり車の中は涼しいだろう」

 車に乗り込むと色黒の運転手が早速話しかけてくる。

「はい」

「それで、どこに向かえばいいんだい?」

「神社に。高台に町を望める神社があったと思ったんですけど」

「へえ、神社……懐かしいじゃん」

「ん? 懐かしい?」

「あ! こっちの事、気にしないで」

「町を望める神社かい? ああ! もしかしたら、月夜神社かもしれないな。でも、良く知ってるねあんな小さな神社。なんだい、君、この町初めてじゃないのかい?」

「え? はい、小さい頃に住んでました。あまり、覚えてはいないんですけど」

「そうだったか。え? なんだい? なんだい? 同窓会でもあるのかい?」

「いえ、ちょっと人探しに」

「ほうほう、若いのに訳ありかい? っと、悪い悪い。詮索はこの辺にしとこう。そら、それじゃ、行こうか」

 そう言うと、運転手はハンドルを握り、タクシーは動き出す。

目的地へと向かう間、僕は色黒の運転手から振られた質問に答えつつ、窓の外を流れる町の景色を見つめていた。

 少しは何か思い出して懐かしさを憶えるかとも期待していたのだが、特にそういった事もなく。ただただ、景色が僕の中を素通りしていく。

 死神はと言えば、意外と大人しく反対の窓から同じように外を眺めていた。

「お客さん、着いたよ」

 色黒の運転手の快活に良く通る声が耳を震わした。そして、肩にはそっと手が置かれる。

車を降りた僕の隣に立ち、肩を回したその色黒の男性の手は声の豪快さとは裏腹に子猫でも抱くような優しさがあった。

「ここがニューパラダイス。俺達の新しい境地だ」

 見上げると、ビルの入り口の上に看板が張り付けてあり、『ニューパラダイス天国への階段』と書かれていた。

 先ほど赤色のカーテンを潜った気がしたが、ここは秘密結社の基地か何かだろうか。

 神社はどこにいったのでしょうか。

「ささ、行こう行こう」

「天国への階段……ここが死に場所?」

「そんな訳あるか!」

 叫び声と共に視界の端で素早く何かが動いていた。

 瞬間、男は力なく地面に転がった。

「もう、言わんこっちゃない。行くよ」

「えっと、ほっといていいんですか?」

「いい、いい。どうにかなるってさ。それより、ほんとにもう変な人についてっちゃだめだからね」

「あ、犬だ」

 先ほど通った赤色のカーテンの下に、栗毛の中型犬が可愛らしい声を上げていた。近寄ってみると瞳もうるうるさせていて尚更可愛いく、ついつい頭を撫でてしまう。

 すると、くぅーん、くぅーんと喉を鳴らしながら僕の足元にすり寄ってくる。

「家のハチ並みだな」

 とても可愛らしい子だ。

 そう思っていると僕の事を気にいってくれたのか、今度は前足を上げて僕のふとももに抱きついて来てくれる。

 そして、腰を何度も何度も押しつけてきた。

「犬までもか!」

 空にまで届きそうな大声と共に、犬はコロンと地面にひっくり返った。

「ああ、可哀そう」

「そんな事も言ってる状況じゃないのよもう、早く立って立って」

 そう言われ顔を上げると、視線の先には犬が一頭、二頭、三頭、四、五、六、七、八、九……。

「数えられない」

「さっきから、何か変なフェロモンでも出てるの君?」

「死に際にでるというあれ? モテキというものですね」

「そんなものある訳ないじゃんか。って、悠長にしてる暇ないよ」

 もう、犬達が遠吠えを上げて今にもこちらに向かって走り出しそうだ。

「早く立って走って」

 そうして、僕は死神と共に犬達の追手から逃げる。

 逃げて、逃げて、逃げ着いた先は、

「暗くて前が見えないんですが、何処ですか?」

「前にいるでしょ」

「ああ! いました。良かったって!? 顔が無いです!」

「そっちじゃなくてこっち!? きゃあ!! 生首!」

「うわ! 急に目の前に現れるのやめてくださいってば!」

「そんなこと言ったってしかた!? いやややややあああああ! なに今の! 何か通った!」

 逃げ着いた先は、お化け屋敷だった。

 二人とも何度も何度も悲鳴を上げてしまう。ひと際、死神の絶叫は大きく、その所為で余計に僕は悲鳴を上げてしまった。

「やっと出れた……」

「人を死に追いやる仕事をしている癖して怖がり過ぎじゃないですか? 何度も抱きつこうとしては僕の体、通り抜けてましたよね?」

「うるさいな。怖いものは怖いのよ。って! 君はまた誰に話しかけられてるのよ!」

 話しかけてきた白髪の紳士をベンチに座らせると次の場所へ。

 ひとまず声をかけられない様な場所へと死神に連れられ、人気の少ない場で時間を過ごす事になった。

「うっ、ひっく、うぅぅぅん、うあああ、どうしてええええ」

「ちょっと、人がいないからって声出し過ぎですよ?」

「だって、だって、悲し過ぎるよこんな別れ……」

「あくまでフィクションですから」

「そんなの関係、あっ駄目! 後を追うなんてそんな事しちゃ!」

「だから、声を漏らさないで下さい」

 ここは寂れた映画館。暗闇の中、スクリーンに映るのは一昔前の恋愛映画が流れていた。恋人を無くした男性が苦しさのあまり何度も死を選ぼうとするも、懸命に生きる姿が描かれている。

「でも、僕にもこんな風に悲しんでくれる人がいるんでしょうかね」

「やめて、そんなこと言わないで、もっと泣いちゃうから」

 そうして映画を見終えても、死神の涙は延々止まらず、このまま泣かれても迷惑なので落ち着くまでの間、見つけた小さな喫茶店の中へ入る。

 店内は、表向きの汚れた雰囲気と違い、古風で且つ静かにジャズも流れ、落ち着いた雰囲気が僕は気にいっていた。

「日も傾いて来ましたね。そろそろ神社に向かいたいですね」

 僕は珈琲カップ片手に窓から望める空を眺めながら、泣きつかれてテーブルに顔を埋めている死神に話しかける。

「そうだね赤くなってる。ねえ? そういえば、どうして神社なの?」

「彼女と二人で良く遊んで……思い出の場所なんです。引越しの日もそこで、遊びました。なにして遊んだかまでは覚えてないけど……良く走り回ったけ」

「心の準備?」

「いえ、実を言うと彼女の家の場所忘れてて、そこに行けば思い出すかもしれないと思って」

「そうなんだ。思い出さなかったらどうするの?」

「そうですね。とりあえず、夕飯でも食べにいきますか?」

「今、パフェ食べてるのにまだ食べ物の話しなんだ?」

「別腹って奴ですよ」

「女の子みたいな事を。でも、私は付き合うよ、君のしたいことにどこまでも」

「それは、えっと……どうもです」

 パフェを食べ終え、喫茶店をでると寄り道せず、神社、月夜神社へと足を向けた。

 場所は喫茶店のマスターが運良く知っていたおかげで迷うことなく行き着く事が出来た。

「風が気持ちいいね!」

「その体でわかるんですか? でも、確かに、そうですね。見晴らしも良いし気持ちいいです」

 僕と死神は神社の裏側に回り、丘の端まで行くと、僕は腰を下ろし、足を投げ出し、彼女は浮いたまま町を見下ろしていた。

 夕焼けに染まる町は、僕の心もしんみりと淡く染めていく。

「夜は夜で町の明かりが綺麗なんだよ」

「へぇ、そうなんですか。あれ? 前にも来た事やっぱりあるんですか?」

「あっ! うんうん。前にもここに用事があったのよ」

「つまり……前にここで亡くなった方が居るってことですね」

「え? あ、うん、そう言う事になるね」

 涼しい風が肌を冷やしていく。

昼間の夏の暑さはどこに消えたのか、風が秋の匂いを運んで来ていた。

「……それで、思い出した?」

「はい」

「そう、よかったね」

「そう言えば、別れた日もこんな感じで蝉と鈴虫が一緒に鳴いてたかもしれないです」

「……そうなんだ。もう行く?」

「そうですね。もう行きます」

「……ねえ? でも、もうちょっとだけ、眺めていかない? これが最後かもしれないでしょ?」

「そうですけど……決心が揺るがない内に。これ以上引き延ばすと恥ずかしさに負けそうで……」

「……そう。わかった、行こうか」

 僕が情けない顔をしていたからだろうか。その声に彼女を見上げると、死神は元気付けるような笑顔を向けてきていた。

 僕はもう一度、心の中でよしと声を上げ決心をすると、立ち上がる。

 そして、あの写真の彼女の家へと歩き始めた。

道中、僕の周りでは何度も子供の頃の僕と彼女が楽しく、歩を進める道を駆け回っていた。

「嘘……でしょ」

 彼女の家に着き、玄関のチャイムを鳴らすと、家から出てきたのは彼女の母親だった。

 思い出の彼女の母親と幾分も変わった様子が無く。まだまだ若々しかった。

 しかし、様子が少しおかしい。こちらを見て早々に口を押さえ涙を溢れさせている。

「あの、御無沙汰してます。わかりますか?」

「ご、ごめんなさい。ええ、わかるわ、ムツ君でしょ?」

「あの、その、夏さんに会いに来ました。その、夏さんいますか?」

「…………そうね。そうね、とりあえず中に入らない?」

「えっと? ……はい、おじゃまします」

 ………………………………。

 ……………………。

 …………。

 ……。

「知ってたのか?」

 彼女の家の玄関を閉めて、すぐ隣に浮かぶ死神に問いかける。顔は見ない。

「それは……」

「彼女が死んでたって知ってたのか?」

「うん、知ってた」

 そう呟いて、死神は僕から離れたみたいだった。

「どうして、言ってくれなかった」

「言わなかったんじゃないの、言えなかったの。だって、お母さんが言ってたでしょ? 会いたかったって…………。でも、それだけじゃない。話したり、笑ったり、怒ったり、ふざけたり、ご飯食べたり、デートしたり、色々したかったんだ。君と」

 顔を上げると、玄関先、門扉の向こう、死神の隣に女の子が立っていた。

 先ほどまで家の中で目を瞑り横たわっていた彼女が目の前に立っていた。

「驚いた?」

 先ほどまで綺麗な顔して眠っていた彼女が目の前で口を緩ませはにかんでいる。

 声が出ない。

「実はね。君が死ぬってのは嘘なんだ。私が君とデートするための口実。本当はね、私が死んじゃったの」

 彼女の体は透けていると言う訳ではないのに、存在が薄い。そこに居るはずなのに居ない様な遠いのに近く、近いのに遠い錯覚を感じる。触れてしまったら、霧散してしまうような、そんな儚さを僕は自覚してしまっている。

「最後の望みが君とデートする事。あはっ、照れるね、面と向かって言うと」

 恥ずかしそうに頬を掻く彼女。そんな彼女を何故か見てられず、僕は助けを求めるように隣にいる死神に視線を向けてしまう。

 だが、死神はその視線に気づいていて尚、何も言う事はない。その態度は、まるで二人の間に口を挟む事は出来ないと言っているようだった。

 それは、二人の別れの邪魔はしないと言っているようだった。

「でもね、私が死んだ事を君に知らせないことが条件だったんだ。だから、死神さんの体を借りてたの。だけど、驚いたな、あの写真を見せてきた時は。別に外に連れ出せれば良かったのに、私に会いたいだなんて……嬉しかったんだけどね。ああ! でも、気に病まないでよ。ずっと一途って訳でもなかったし、彼氏だっていた事もあったんだから。君だって半分思いつきでしょ? 初恋の心残りみたいな? それに、会ってみたら無愛想だし、なかなか心開かないし、思っていたより恰好良くなってないし、これはアレだね思い出補正ってやつだよね。だから、えっと、あれ、何言おうとしてたんだっけ?」

 いつの間にか、彼女の瞳から涙が零れていた。

「もういい」

 僕も気付いたら、門扉を押し開けて、彼女を抱きしめていた。

「僕は好きだった。それだけ、言いたかった。まあ、でも、もっと美人になってると思ってたけど」

「やっと触れられたのに台無しだよ。言わなくていいでしょそれは」

 数センチメートル先には涙を流しなら、気持ちのいい笑顔を見せてくれる夏の顔が傍にあった。

「まあ、その、ありがと」

 そう言って、頬を赤くして照れてはにかむ夏。しかし、その笑顔は前触れもなく、忽然と消えた。

「……え? 今のが最後?」

「ええ、そうですわ。でも、夏さんが言った通り、気に病む必要はありませんわ。彼女には言っていませんでしたけど、十六とむつさん、君の記憶は消しますから」

「え!?」

「だって、そうでしょ? こんなこと覚えて貰っていては困るもの」

 死神はそうニコリと微笑むと、僕に対して大鎌を振るった。


 十六歳、高校一年の夏休みも残り六日。

 休みもあとわずかになり、残った宿題が僕の肩に重くのしかかってくる。眼鏡をかけた人間が真面目で計画的だと言うのは世間の勝手なイメージに過ぎない。そうやって見た目で判断してはならないという教訓を寝起き早々に僕は僕に対して垂れていた。

 寝汗の染み込んだ寝巻を風呂場の籠に投げ捨て、眠気覚ましにシャワーを浴びた後、パンツ一丁でリビングに。

 リビングには、誰もいない。父も母も弟もおらず代わりに母親からのメモが置いてあった。お昼は冷蔵庫に用意していますと。

 僕はメモをゴミ箱に捨てると、何気なくテレビを点ける。画面に流れだすのは朝の情報番組。なにやら、蜂がだすフェロモンについて解説していた。匂いで情報を伝達するとか、蜂の巣の近くでは蜂が寄ってくるかもしれないから、強い匂いのするものは控えた方がいいとか何とか言っている。

 そんなことを単なる音として、聞き流しながら、僕はといえば、冷蔵庫から麦茶を取り出し、喉を潤す。

 そして、唯一残っていた家族の犬のハチがじゃれてくるのを嬉しく思いながら、頭を撫でてやっていた。

 そんな折に犬のハチに問いかけてみた。

「夏休みだって言うのに、今日も大して変わらないな。そう思うだろ? ハチ?」

 だが、犬のハチは鳴きもせず逃げてしまう。言いながら顔をこれでもかと両手で撫でまわしたからかもしれない。

 しかし、どうしてそんな事を口走ったのだろうか?

 さて、そろそろ、僕は着替える事にする。

 時計を見たからだ。

 もう、家を出ないと友人との約束の時間が過ぎてしまう。これから図書館で残りの宿題の追い上げをしなくてはならない。

 僕は急いでタンスに仕舞われず、ソファに畳まれたままだった服を適当に選びだし、ズボンを履こうと、いや、そうする前に一度埃を落とそうとズボンを宙で叩く。

 すると、紙切れがポケットから零れ落ち、床へと落ちた。

 一瞬何かと気にはしたが、とりあえず服を着てから確認する事にする。

 紙切れを手に取るとそれは写真だった。

「なんだこれ?」

 写真に写っていたのは、僕と見知らぬ女の子。

 そして、その女の子は僕の頬にキスをしていた。

「合成写真? 悪戯か? でも、誰が得する?」

 隣に写る女の子はとても可愛らしく茶目っ毛のある雰囲気が写真からも伝わってくる。

「まあ、いいか」

 そう、まあ、いい事だ。だって、何だか僕もこの子も幸せそうだから。

「そうだ! 帰りに写真立てでも買って帰ろう。って、ゆっくりしてる場合じゃない! 早く行かんと!」

 僕は女の子と写る写真を自分の部屋にある机に大切に置くと、慌てて出掛ける準備を整え、家を出た。

 外に出ると、早々、陽射しが肌を焼いてきて、暑さは一向に和らぐ事を知らないよう。

 まだまだ夏は終わりそうにない。

自身のブログで小説を書いており、このサイトを見つけ試しに載せてみようと思いました。

これからも、投稿していこうと思っております。よろしくお願いいたします。

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