魔女と呼ばれた女
ミロスラフの図書館での業務は、
本の貸し出しや返却の手続き、本の整理、
読み聞かせなどである。
ミロスラフはこの仕事にやりがいを感じておらず、
辞めたくて仕方がなかった。
もともと車が好きということもあって、
中古車ディーラーになりたかったのだが、
彼にはこの退屈な毎日を辞めるという選択肢はなかったのだ。
閉館の時間を迎え、清掃業者たちが図書館へ入ってきた。
この人たちが入ってくればミロスラフはここから
開放されるのだ。
「あー、今日も地獄の一日が終わったぜ、
なぁパトリシア、オレ今日の晩飯はステーキが食いたいな」
「だーめ、今日はトマトパスタの気分なの」
「おいおい、今週4度目だぜ」
早く家に帰ってインターネットゲームをしたり、
クラブで遊んだり、アニメを見るのがミロスラフの
楽しみなのだ。
しかし、その日はそれらを楽しむことは出来なかった。
外の駐車場に黒いアウディ・R8が止まった。
「うわぁやばい!」
ミロスラフが青ざめる。
「久しぶりね、ミロスラフ君、パトリシア」
「お、お久しぶりです、オクタヴィアンさん」
パトリシアが震えながら答える。
その声の主は、オクタヴィアンという女だった。
アンテナの様に尖ったピンヒールにブロンズの長髪、
ざっくりと胸元の開いたワンピースに黒いスカーフ、
サングラスのその風貌は、まさにお姉さまというべき姿だった。
「少し話があるの……
二人とも、いいかしら?」
色っぽい声でミロスラフに問いかける。
「は、はい……なんでしょう?」
図書館へ連れ戻される二人の顔は、
この世の終わりを感じたかのように怯えきっていた。
「さぁ、入って」
オフィスに呼ばれた二人は、応接室のソファへ座った。
「オ、オレはコーヒーでお願いします……」
「ドリンクを出すなんて言った?」
満面の笑みだったが、ミロスラフにはそれが何よりも
恐怖だった。
「何故呼ばれたか分かる?」
「いいえ……」
「あなた、今日ディーターさんを怒らせたそうね?」
「ち、違うんですよ……
俺今日急いでたんで……すいません」
「それにあなたのあの車、ずいぶんうるさいわよ、
近くの住民からクレームが来ているわ」
「新しい車を買う金がないんです……
恵んでくださらないでしょうか?」
「ちょっとミロスラフ!」
「じょ、冗談ですよ」
パトリシアが本気で話を止める。
「あなた、あの頃から全く変わっていないようね……」
オクタヴィアンの職業は、更生施設の職員であった。
ここは札付きの不良達が入れられ、地獄のような訓練などで
徹底的に痛めつけられる場所だった。
その訓練は厳しく、脱獄しようとした者は
行方をくらましていた。
ミロスラフとパトリシアもそこの一人だった。
「そんなことありませんよ……」
泣きそうな声でパトリシアが答える。
「私に噓は通じないわ、特にミロスラフ君」
「ひぃぃ……」
かつてオクタヴィアンは体罰のプロとして有名で、
問題を起こしたものへの罰を担当していた。
しかもそのときの表情は常に笑顔で、
「魔女」として恐れられていた。
「ミロスラフ、あなたを更生させる為にここの図書館に
就職させたのは誰かしら?」
「あなたです」
「何故ここを選んだか分かるかしら?」
オクタヴィアンはそういうと、
鞄から本を取り出した。
「これを読んでみなさい」
恐る恐るミロスラフはページを開いた。
「うわぁ!」
ミロスラフには、目の前のことが信じられなくなった。