問題児、ミロスラフ
ここはドイツ北部の町、ブレーメン。
音楽や文学などの様々な文化が栄えては廃れていった町である。
いつものブレーメンの静かな街角、朝日が昇り、商店街のシャッターが
次々と開けられていく。
牛乳配達を終えたホンダのスーパーカブが営業所へと帰っていく。
路面電車が停まり、仕事場へと向かう人々が降りていく。
長い夜を終え、ブレーメンに朝がやってきた。
突如、交差点をドリフトしていく一台の車があった。
その車は1968年式の白いトヨタ・クラウンであった。
車のサイドにはF1マシンの如く、様々なタバコメーカーやオイルメーカー、
自動車パーツのステッカーが貼られており、
トランクには地元のサッカーチーム、ヴェルダー・ブレーメンのステッカーが
誇らしげに張られている。
マフラーにはレブリミッターが装着されており、パンパンと音を立てながら
炎を吐き出している。
エンジンはバリバリにチューニングされ、250キロ以上も出せるように
改造されていた。
「おいパトリシア、なんで起こさないんだよ」
「いいじゃん、この車なら10分位で着くでしょ、
あんたいつもうるさいんだよ」
車内にはレーシングカーのようにロールバーと4点式レーシングシート、
大きなオーディオが載せられていた。
ダッシュボードには日本のアニメキャラの女の子のイラストが
貼られている。
ミラーの近くにはこれまたアニメキャラのキーチェーンと
紅葉の形の芳香剤がぶら下がっている。
この車を運転している男は、ミロスラフ・グレーフェンベルク。
ブレーメンにある図書館で司書をやっている。
助手席にいる女は、同僚にしてガールフレンドのパトリシア・クレヴィング。
ミロスラフとは同棲して2年が経つ。
「ミロスラフ、停まりなさい」
後ろからサイレンとともに、メルセデスのワゴンのパトカーが追ってきた。
「ちっ、ディーターのとっつぁんかよ、
あいつうるせぇんだよな」
ミロスラフはアクセルを踏みつける。
クラウンのスピードは上がっていき、スピードメーターが
220キロを指している。
目の前の信号が赤を表示した。
ミロスラフの脳内にはもはや車を止めるという考え方はないらしい。
右からトラックが近づいてきた。運転手がブレーキを踏む。
クラウンが目の前を通り過ぎる。
トラックが急停止し、パトカーの進路をふさいだ。
「くそう、また逃げられたか」
ベテランの鬼警官として有名なディーターが
ステアリングを叩いて悔しがる。
「ちょっと、事故ったらどうすんのよ!
頭大丈夫? もう怖いよ」
パトリシアが喚く。
「人間はいつか死ぬんだぜ、やりたいことやらなきゃ
つまらないね」
ミロスラフは大笑いしている。
そしてクラウンは図書館の駐車場に止まり、
ミロスラフとパトリシアが降りてきた。
「今日は11分2秒か……」
ストップウォッチを見つめるその顔は、
いい顔とはいえなかった。
「昨日より5秒遅い」
「そんなのどうだっていいじゃん、
今日も無事に間に合ったのがせめての救いよ」
パトリシアは歩きながら言う。
「さて、今日も頑張るか」
ラッキーストライクを咥えると、二人は図書館へと消えていった。