僕は恋をした
甘酸っぱいような、なんとなく照れくさくなるような内容ですけど、楽しく読んでくれたら嬉しいですね。
「わぁぁぁぁぁ」
僕は思いっきり川沿いの道を走った。
心の中の悪いものがなくなって、新鮮な空気が吸えている気がした。いや、そのとおりなんだと思う。
『僕は恋をした』
高校に二年生の夏。僕は君に恋をした。
「ばいば~い」
終業のホームルームの終わった後の教室。みんなが部活に行く中で僕は帰宅だ。部活というものにあまり興味がなくなんとなくの生活をしていたら、なんとなく帰宅部に入ってしまっていた。まぁいっかとも思ってるし、気にしていない。あ、やばい。見たいテレビあったんだ。時計を見ると、もう4時30分。話し込み過ぎた。急いで教室から出ると、廊下を走った。しかし、その瞬間、
「うっ!」
引っ張られた。
「捕まえた。」
声の主は隣のクラスの男の子だった。話したことは少しだっけっていう人なのに・・・。
その時、僕の横を走り去る人影が。僕はその人影に驚きながらも、僕の手をつかんでいる男の子の方を見た。
「・・・・・・・・・・。」
男の子も僕も止まっている。そして、緊張の糸が切れたかのように、
「ごめん!あっちなんだ。」
指をさす先にはこっちを見て笑い転げている女の子がいた。その子も隣のクラスの、すなわちその男の子のクラスメイトになるわけだ。
「えっ、と・・・。わざとじゃなくて、事故。うん、事故。・・・君じゃなくて。あれ、君は失礼か、えっと、あなた。変だろ~。う~ん・・・」
なぜか、僕の目の前で男の子は独り言を言いながらテンパっていた。これが完全なテンパリだと思う。
「だから、YOUもないし、じゃあ・・・もういいや。名前教えて。」
唐突な男の子の発言に僕もびっくりしてしまった」
「あっ、僕、えっ、いや、私は、えり。渡辺えり」
さすがにほとんど話したことのない男の子に僕と名乗りでるのは気が引けた。そう、僕はれっきとした女の子。なぜか小さいころから自分のことを僕と呼ぶようになってしまっている。性格はわりとさっぱりしているけど、女の子っぽいとこだってちゃんとある。
「おっ、そうか。渡辺さん。かぁ。・・・じゃなくて、渡辺さんじゃなくて、あそこのなっこなんだ」
視線の先にはいまだに笑っている女の子、通称なっこちゃんがいる。僕もだいぶ落ち着いてきて、ふっと気がついた。
「とりあえず、手を離してくれるかな」
そういうと、今までずっとつかんでいたことに気付かなかったように、男の子は顔を赤くして、手を離した。そんなに赤くなられると、こっちまで赤くなってしまうほどだ。
「ごめん。もう~、なっこ。奴のせいだ。腕、大丈夫?」
男の子は僕のことを心配することは忘れずにいてくれたらしい。
「あ、うん。大丈夫」
つかまれた腕にはしっかりとそのつかまれた感覚が残っていた。力強い男の子の手の感覚だった。
「ほんと。良かった。ごめんね、なんか今度お詫びするから」
また、早口に謝った後に、男の子は笑い転げているなっこちゃんの方へ、走り出した。僕からは走り去る背中と、腕に残った感覚だけを残して、いなくなってしまった。
「ふぅ~びっくりした」
まだ、ドキドキが止まらなかった。男の子はなっこちゃんを捕まえたのだろうか。どんな関係なのだろうか。僕はなぜか気になった。そんなことをちょっと思いながら、走ろうとしていたはずの廊下を歩きだした。
僕はこの時、彼に恋をしたんだ。
家について、僕はリビングから流れてくる音で、はっと気がついた。
ドラマが終わった。
案の定見ることが出来なかったドラマに恨みをはせながら、二階の僕の部屋へ行った。
翌日、僕はいつもどおり朝のホームルームに遅行しない程度の遅さに登校すると、下駄箱のところに昨日の男の子と隣にはなっこちゃんがいた。
「ほぉ~この子と私を間違えて捕まえたのかい」
僕の顔をじっと見ながら言った。
「こんなかわいい子と私を間違えちゃ、この子がかわいそうだよ」
そう言って、男の子を叩いて、笑っていた。本当によく笑う子だと思う。
「いや、何組かもわからないし、お詫びするのを忘れたらと思ったら、なんか、こんなことに」
「当たり前じゃん。一応私と、ほとんど、ケンのせいで迷惑かけたんだから、すぐにお詫びをする。これ常識」
えっへんという感じに、両手も腰に付けながら言った。
「という訳なんだ、だから、昼休みに食堂に一緒に来てもらえないか」
いきなりな申し出にちょっととまどったが、昨日の疑問がはっきりするかもという考えと、単純に二人に興味が出てきたから、
「うん。わかった。私は隣のクラスだから」
パチパチッ
なんとも空気感のない、なっこちゃんの拍手を受けて、その場は解散となった。
キーンコーンカーンコーン
なんとも味気ない音とともに授業は終わりを迎え、がたがたとみんなが移動する音が響き渡る。そんななかに、朝見た顔が僕をめがけて歩いてきた。
「行こう」
それだけ行って、僕を引っ張って行こうとした。
「いや、えっ、ちょっと待って」
テンションの上がった彼女を引き留めつつ、自分のカバンからお弁当箱を取り出した。
「へ~かわいいお弁当だね。中身は」
興味深々という感じに見ている彼女は僕なんかよりも、かわいくて、小動物みたいな愛らしさがあると思った。それで、僕が中身を見せるかちょっと迷っていると、彼女の後ろから、
「困ってんだろ」
彼女の頂点にチョップが刺さったまま言われていた。
「あうっ」
「早く行くよ。渡辺さんもいいかな」
彼はそう言って、もう教室の出口の方に歩きだしていた。
「早く行こうか」
手を引っ張られて、あわてて机に置いてあったお弁当箱をつかんで、彼女とともに教室を出た。
食堂についた僕たちは、
「う~ん、やっぱり混んでるね」
僕が誰もが思ってることをただなんとなく言ってみると、
「うそ~、こんな混んでるもんなの」
彼女は驚いてただ見渡している。
「混んでるとは聞いてたけど、こんな混んでるもんなのか」
彼も同じような驚きかたをしている。その様子をみて僕はふっと、
「もしかして、来たの初めて?」
二人に訪ねてみると、息ぴったしにうなずいてくれた。
「だって、ほら」
彼が差し出した袋の中には二人分のお弁当箱が入っていた。
「じゃあなんで」
僕は単純な疑問を訪ねてみた。
「教室で一緒に食べるのも変だし、お詫びが何もできないし」
あぁ、なるほどな、と思った。確かにいきなり違う教室の人と教室でご飯を食べてたら、変だろうな。でも、お弁当持ってるの気がつかなかったな~。
「いや~混んでるし、どっか外にでも行こうか。えっと、えりちゃんで良かったんだよね」
そう言って、一先ず食堂を後にして、近くのベンチで三人でお弁当箱を開くことになった。
「ケンはの飲み物買ってきて。えりちゃんの分と私のもね」
そう言って、彼女はさっさと座ってお弁当を開き始めた。彼もその光景が当たり前だという感じに、
「はいはい。渡辺さんは何がいい」
僕はその当たり前のやり取りにちょっとうらやましさも感じながら、自分にはない関係をもっている二人にますます興味を持っていた。
「じゃあ、お茶の何かでお願いできますか」
僕がそう頼むと彼は自販機の方へ歩き出して行った。
彼女と二人っきりという空間に僕はなんとなく、緊張をしているのだが、僕のとなりで、
「やった、ミートボール。ねぇねぇ、ミートボール入ってるとテンションあがるよね。ねぇ~早くお弁当あけよう。てか、開けてあげるよ」
隣の彼女は全く緊張なんてもののかけらも見せずに、僕のお弁当箱を開けていった。
「うわ~かわいい~。やっぱし、卵焼きは必要だよね」
僕がみてもなにもかわいい要素などないお弁当にかわいさを見つけられる彼女はやっぱし、僕よりも女の子なんだと思った。
「そうかな。普通のお弁当だと思うよ」
僕は自分のお弁当もそんなこと言われても困るだろうとフォローしてあげた。
「普通がねやっぱし、一番なんだよ。だから~」
そう言って、彼女は僕の手元からお弁当を奪って、代わりに彼女のお弁当を僕の手の上に置いてきた。
「ちょうだい。ミートボールもあげる。でも、卵焼きはもらうね」
そう言って、彼女は僕のお弁当を食べ始めてしまった。隣ではおいし~とか、かわいいとか楽しそうに食べている彼女とは別に、僕はきっちりと詰められたお弁当の何から手を出していいのかわからずに悩んでいると、
「買ってきたよ。はい、渡辺さん。そんでこれがなっこな」
そう言って、僕にウーロン茶を、彼女にはストレートティーを渡していた。
「あれ、なっこ、その弁当どうしたんだ」
すぐに彼はお弁当の一件に気が付き、僕は説明しようとすると、
「なっこ、渡辺さんのお弁当取ったんだろ。渡辺さんごめんな。困っただろう」
「いや、うん。大丈夫。人のお弁当食べてみたかったから」
苦笑まじりの返事だったけど、本当に悪い気はしていなかった。
「いや~すまんって。なっこも謝れ」
卵焼きをつかんでいた箸がとまり、彼の方を見て、
「え~なんでよ。女の子はこーゆうことしてもいいの。ねぇっ」
ついつい見られて、うなずいてしまった。僕も嫌ではなかったので、彼女側についてしまった。
「はぁ~全く」
と言いながら僕を真中にするように彼は三人掛けのベンチに座り、彼もお弁当を開いた。そこにはどこかで見たようなお弁当があった。数秒のうちにそれがどこで見つけたお弁当かはわかり、そのもう一つのお弁当は僕の手の中にあった。それは間違え探しをしても、間違えが見つからないんじゃないかと思うような位同じお弁当箱だった。
「えっ。同じ」
僕はびっくりして、思わず口に出してしまった。確かに、一緒の袋に入っているし、なぜなんだろう思うところはあったが、さすがにこれには声が漏れてしまった。しかし、彼は当たり前のように、
「うん。だって、どっちも俺が作ったお弁当だから。なっこは料理はなにも出来ないし、朝起きれないな」
彼女はこちらをちょっと見ただけで、また僕のお弁当に視線を戻してしまっていた。それよりも、彼が彼女の分も作ってるって・・・。どうゆうこと。僕のわからない顔に察しがついたのか彼は、
「えっと、なっこ何も言わなかったのか。俺となっこは同じ家に住んでるんだよ」
驚愕の告白だった。まだ高校生でなんで。僕の気持ちにあったなんとなくのウキウキは、なんだかすごいモヤモヤに代わっていくような気がした。
「住んでるって言っても、俺となっこは同じ施設なんだ」
あれっ、施設・・・?って、なんだ。
僕は完全にフリーズした状態でいると、
「つまり、あれだ。俺となっこは同じ施設の幼馴染ってやつだな」
彼も自分の説明に満足したらしい。言い終わると、「いただきます」と言って食べ始めてしまった。僕もなんだかさっきのモヤモヤが引いて、なんだか安心していた。僕も遅れをとらないように食べてしまおうと、彼女が好きな彼の入れてくれたミートボールを口に運んだ。確かにおいしかった。
三人ともお弁当を食べ終わってから、お互いのことを話してった。そこで、僕と彼女はとても気があったし、彼ともとても楽しく会話が出来た。僕にとって、その昼休みは一瞬で終わってしまうくらい楽しいものだった。
それから、僕たち三人はいつも一緒にいるようになった。
僕はいろんなことを話した。代わりにいろんなことも聞いた。時々僕にとっては大事なことも聞いた。遊びにも行った。楽しい時間を過ごしていった。毎日の学校が楽しくなった。
そして、わかったことがある。
僕は彼に恋をした。
そして、彼女も彼に恋をしている。
僕と彼女の恋の質はちょっと違うのかもしれないけれど、彼のことが好きなことは間違いない事実だと思う。
僕は楽しい時間の中で、どうしようもない気持ちと寄り添いながら過ごす時間を重ねていく中で、だんだんとやり場のない気持ちを我慢できなくなって行った。
そんな、ある日、僕と彼女は二人で下校した。彼は、委員会の仕事で居残りになるらしく、遅いので先に二人で帰ることになった。
暑さがまだ残る川沿いをゆっくりと二人で歩いていた。話題はあるのだが、初めて二人で帰る空気は僕にとってなんだか居心地の悪いものだった。そして、それは彼女も同じなのかもしれな。いつもよりも元気がないというか、口数が少ない気がしていた。しかし、そんな空気を壊したのもやはり彼女だった。
「あのさ~えりは、ケンのこと好き・・・だよね」
唐突だった。心臓がきゅっと搾り上げられるような感覚に陥り、次の瞬間には全身に冷や汗をかいていた。それでも、出来るだけ動揺を表に出さないようにしながら、僕は逆に聞いてみた。
「なっこはケンのこと好きなの」
汗が止まらなかった。聞いてみたいことではあったのに今まで一度も聞いたことはなかったから。しかし、彼女の返事はあまりにもあっさりしていた。
「うん。好きだよ」
なんの恥じらいもないように笑顔で僕の方を向いて、うなずいていた。僕はその笑顔をまっすぐ見ることが出来なくて、すぐに前を向き直して、
「そ、そっか。やっぱりね」
僕は笑おうと思いながら、あんまりうまく笑えてない顔を見られないように少し前を歩くようにしていった。正直うらやましいとしか思えなくて、僕もそんな風になんの屈託もなく「好き」だと云えたらどんなにいいだろうかと思った。そんな僕の後ろから、
「それで、えりはどうなの」
当然の質問だと思った。僕はとっさに
「ううん。友達だよ」
嘘だった。でも、そういうしかないと思った。心のどこかではケンの隣にはなっこがいて、それが自然で、僕じゃないと思っていた。そして、彼女はそれを望んでいることを聞いてしまったら、もう僕の入る余地はないのだと思った。だから、本当の気持ちをそんな簡単には言えなかった。だから、
「面白いんだけど、好きとはちょっとちがうのかな~」
僕は彼女の方に向き笑いながら言った。その時には嘘の表情はしっかりと作られていた。でも、その時の彼女の表情を見ていることはできなかった。とてもそんな余裕はなくて、呆れられているのか、びっくりしていたのか、本当のそう思ったのかわからないけれど、彼女はすぐに、
「そーなんだ」
僕の言葉に深く追求するようなことはなかった。でも、彼女の続けて言った言葉はもっと僕を苦しめた。
「好きだったらよかったのに。ずっと三人でいられるじゃん」
彼女の僕の前に来て見せてくれた笑顔は僕にはまぶしすぎて、見れなかった。物の例えとかではなく、本当に僕には彼女の笑顔は輝いていて、僕には見ることができなかった。
それからのことはあまり覚えていないけど、すぐにこの話からは離れ今日の出来事とか、テレビのこととかを話していたような気がするのだけれど、僕の気持にはそんな余裕はなく、家に帰ってからも、お風呂に入っても、部屋にいても心ここにあらずという感じだった。だから、翌日目が覚めた時には、昨日のことは全部夢だったんじゃないだろうかと思った。しかし、現実はそんなに甘くなかった。
僕はなんだか、寝ぼけたような感じを連れたまま、今日も学校へと向かった。
初めて僕と彼女が話した下駄箱を通り抜けて、チャイムと同時に教室に入った。
午前中の授業には全く身も入らず、何を言っていたかもよく覚えていない。それでも、はっきりとお昼休みをつげるチャイムは聞こえていた。聞こえた時、またドキッとしてしまった。最近はいつも迎えに来てくれる、二人の来客者を告げるチャイムと僕にとっては同じことだったから。
「やっほ~。今日も暑いね」
彼女が今日も元気に入ってきた、まるで昨日のことが何もなかったかのように接してくれた。
「さて、なんか飲むかい。お二人さん」
僕の机に当たり前にお弁当箱を置く彼は笑っていてただ僕と彼女の返事を待つだけなのだけれど、そんな一瞬の間が好きだった。笑って待っていてくれるそんな雰囲気がいいのだ。
「私、お茶」
彼女はいつも違う飲み物を頼む。それを考えるのが楽しいらしい。
「じゃあ僕はアップルティー」
だから、ついついマネをしてしまう。僕にとっては彼女も大好きで大切な人になっているのだから。
「はいよ~。俺が戻るまで先に食べるなよ」
そう言い残して彼は教室の外に出かけてしまった。そんな後ろ姿を二人で見送ったとき、当たり前にクラスの机を一つ僕の机にくっつけながら言った。
「あ~ゆう、ラフっていうか、のんびりした空気も好きなんだな」
また、ドキッとした。昨日のことは夢じゃないんだとはっきり思ってしまった。しかし、昨日程の衝撃は受けなかったが、いつも彼女は突然だから、いつも僕はびっくりしてしまう。
「うん、確かに。そーゆうとこあるよね」
笑って彼女の話に対応して、あれこれ話していると彼は戻ってきた。
いつもどおりのその時間を過ごしているのは楽しいのだけれど、僕にとっては昨日のこともあり、もくもくとご飯を食べてしまった。途中「どうかしたか」とか聞かれたりもしたけど適当に言いながらごまかしてしまった。でも、その間に、彼と彼女が仲良くじゃれているのとかを見ると無性にやり場のない気持ちが生まれてしまって、僕はトイレに立ってしまった。
「はぁ~。どうしたんだろう」
昨日まではこんなに二人に行動にどうしようもない気持ちを抱えることはなかったのに、今日は駄目だった。きっと、昨日の一件によりとても意識するようになってしまったんだと思う。困りはててトイレにまで逃げてしまったけれど、どうしたらいいのかも決まらないまま教室の前まで戻ってきてしまった。やはり、そこには楽しそうに喋っている二人の姿があって、それをうらやましそうに見ている僕と、どうしようもなくモヤモヤを感じてしまう僕がいた。そんな僕に気がついてすぐに読んでくれる二人は、とてもお似合いだとまた思った。
そのあと、チャイムとともに二人は自分たちの教室に戻って行った。二人のいなくなった自分の机に突っ伏して僕はへこんでいた。うまく笑うこともできず、この先どうしたらいいのだろうかという不安に駆られていた。
結局僕のこの嫌なモヤモヤが就業のチャイムが鳴るにまで晴れることもなく、放課後になってしまった。僕はどうしようもない気持ちなことと、少し伸びている、隣のホームルームを見て、自然と先に下駄箱の方へ歩き出していた。
「あ~なんかなー」
一人で歩く帰り道はとてもさみしかった。前まではいつも一人だったのに、いつの間にか三人で帰ることが当たり前になっていた最近のことを思うとさみしかった。そして、この関係が壊れて、また、一人になることを考えるとそれが一番怖かった。どうしたらいいかわからない気持ちのまま、昨日歩いた川沿いを歩いていると、
「えり~~~」
遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞きなれた声にまさかとは思いながら、思わず振りあえると、そこには息を切らせながら走ってくる彼の姿があった。僕の目の前まで来ると彼は、
「えり、どうしたんだよ」
息を切らしながら、汗を拭いながら僕を見ている彼に、猛烈に顔が赤くなった。心臓の鼓動が速くなった。
「えっ、なんで」
僕は質問に答えるよりも、自分の疑問しか答えることが出来なかった。
「なっことも話してたんだよ。なんか今日のえり変じゃないかって」
僕は二人にそんなに心配されているなんて夢にも思わなかったので、
「えっ、マジで」
素な驚きかたをしてしまった。
「それで、教室行ったら、いないし、カバンし、靴も無くなってるから、追い駆けてきたんだよ」
息を切らしながら早口にそう言った彼は出会った時と何も変わっていないけれど、あの時は知らない彼をたくさん見てきたから、こんな時彼はとてもとても真剣なことを知っているから、悪いとは思うのだけれど、その、すごくうれしかった。僕は彼に見られるのがいやで、反対を向いたのだが、僕は顔が真っ赤だった。
「ありがとう」
僕は素直に彼にそう言った。
「うん」
彼は僕にそう言ってくれた。そして、やさしく頭をなでてくれた。
「元気でたか」
笑いながらそう言った彼の笑顔に僕も心からの笑顔で応えられた。なんだかさっきまでのモヤモヤは彼によって忘れさせてくれるような気がした。嬉しくてうれしくて、いつまでもこうしていたいと思っていた。でも、この瞬間はっきりしたことがあった。
僕は彼に恋をしている。それも、本気でだ。だから、やらなくちゃいけないことがある。
彼の笑顔と、真剣な瞳を見ていたら自分がうじうじしていたことがばからしく思えてきた。
「大丈夫」
僕は彼の方に向き直って、胸を張ってそう言った。そう言った僕を見て、やっと彼は安心したような表情を見せてくれた。
「そっか。良かった。学校にまだなっこがいるんだ。一緒に戻ろう。あいつも待ってるから」
そう言いだした彼に、僕は、
「そうだね。戻ろう」
彼と二人で歩ける学校までの道のりを今は大切にしようと思った。
僕はもう逃げない。
学校に着くと、静かになった教室になっこは一人で机に座っていた。
「えり~良かった。大丈夫」
本気で心配してくれていた、彼女を見るとやっぱし申し訳ない気がした。でも、それも嬉しかった。
「うん。大丈夫。もう、大丈夫」
僕が笑顔でこう言うと、彼女も笑顔で返してくれた。
「お疲れ様」
彼女は彼の方に顔を向けて、そう言った。ここへ来る間に教室での一部始終を聞かせてもらっていた。彼は僕が先に帰ったんじゃないかとすぐに思って、彼女には教室で待っているように言ったらしい。ただ、それだけで、待っていられる彼女と、ちゃんと待っていてくれていると思える二人の関係にちょっとチクリとはするけど、通じ合っているんだと、微笑ましく思うことも出来た。でも、そんなことだけをやりに戻ってきたわけではない僕は、彼女に、
「ちょっといい」
彼女の手を取り、廊下の方に歩きだした。突然の僕の行動に彼は、
「おい、どうしたんだよ」
と、すぐに追いかけてこようとした、彼を、
「ケンは教室にいなさい」
と、彼女が言ってくれた。彼女は僕の様子にすぐに気がついてくれたらしく、素直に僕に引っ張られるまま、屋上へ来てくれた。
「どうしたの」
彼女は笑顔で僕を見ていた。僕が言い出せないで、少し黙っていると、
「何か私に話があるんでしょ。大事なことなんでしょ」
始めは茶化すような言葉だったのに、最後の方は真剣そのものだった。僕はその真剣な声を聞いて、さっきの決意した気持ちを思い出した。僕はゆっくりと彼女の方に向き直って、深呼吸をひとつしてから言った。その間、彼女は僕のことを何も言わずに待っていてくれた。
「あのね、僕はね」
逃げることも、嘘をつくこともしないとは決めているけれど、やっぱり怖かった。でも、僕のことを何も言わずに見ていてくれている彼女を見たら、勇気をもらえた。
「あのね」
「うん」
小さくうなずいた彼女に、
「僕も、ケンが好きだ」
言った。僕は心臓の音がすごく速いのを感じながらも彼女をしっかり見ていた。そんな、僕を彼女は見ていてくれた。そして、笑顔のまま、
「うん。わかってた」
うんうんとうなずきながら、僕の手を取って、ぶんぶん振ってきた。
「昨日は嘘ついてごめんね。怖かったんだ」
僕はゆっくりと捕まれた腕を外して、彼女に言った。そんな、僕に彼女は首を振りながら、
「私がえりでもそうだと思う。私がね、ケンを好きなのと、えりがケンを好きなのは少し違うと思うの。私にとってケンは隣にいて当たり前で、いつまでも一緒にいてほしいんだ」
彼女もこんなことは言うのは初めてなんだろう。照れながら話してくれた。だから、僕もちゃんと話した。
「うん。僕にとっては、ケンは男の子でやさしくて、もっともっと知りたくて、僕のことを知ってほしい人かな」
初めて言葉にしたけど、すらすらと言葉が出てきた。これが本当の気持ちなんだろうと思った。
「でもね、僕はね」
そこまで言うと僕は彼女の表情を見た。彼女も少し緊張しているようだった。それでも、僕の言葉を待っているようだった。だから、僕は話始めた。
「僕はね、ケンもなっこのことを好きだと思うんだ。きっと、二人は同じ気持ちで、距離が近すぎて言葉にしていないだけなんだと思う」
そう、いうと、彼女は恥ずかしそうにうつむいていた。嬉しそうにといっても良いようだった。僕は、そんな彼女はほんとにかわいいと思ったし、彼にも一番お似合いだとも思ったけど、
「だけどね」
僕がこの言葉を待っていたかのように彼女は顔をあげて笑顔で僕を見た。
「だけど、僕はケンに僕の気持ちを伝えたい」
僕のことを見ていた彼女もうなずいて、
「じゃあ、いってこようか」
と、僕の背中を押してくれた。それは、本当に僕を両方の手のひらで心も体も押してくれた。僕は一度だけ振り向いて、
「いってくるね」
僕はそう言って、階段を降り始めた。最後に彼女は「先に帰るからね~」といつもの調子で叫んだのが聞こえた。
一人教室に戻ってきた僕に彼は不思議そうな顔をしていた。けれど、僕がきっとなにも言わなかったことや、雰囲気などできっと彼も何かを感じていたんだと思う。
「待った」
僕はちょっとふざけたように入口の所から彼に言ってみた。彼も少しだけ緊張が取れと様に、
「待ったよ。終わった」
笑いながら僕に語りかけてくれた。僕も笑いながらそれに応えてはいたけれど、他に言葉紡ぐことが出来なかった。彼が座っている机は僕の机だ。教室の後ろの入口から一直線の窓側の最後尾だ。一歩ずつ彼に近づくたび、僕の心臓は強く脈を打つのを感じていた。それでも、僕は大好きな彼に近づいて行った。ゆっくりと彼も待っていてくれた。僕は彼まで手が届く距離まで来ると、彼の腕をつかんで、
「捕まえた」
彼は最初驚いていたけれど、僕と彼の初めての出会いを思い出してくれたから。すぐ笑ってくれた。
「初めてはケンが僕を捕まえたんだったね」
彼は照れながらうなずいていた。
「びっくりしたよ~。でも、あの時すごいドキドキしてたんだよ」
突然の僕の告白に驚きながらも、静かに話を聞いていてくれた。
「それから、いろんなことがあって、もう結構経つんだね」
「そうだな。早いもんだな」
うんと僕も彼にうなずいて応えた。そして、
「今度は僕がケンを捕まえたよ」
静かに彼も僕のことを見ていた。心臓の音がやんで、心の中が透き通るような感覚に僕くは陥った。
「僕は君に恋をしました」
僕は生れて初めて告白をした。さすがに彼も驚いていた。それでも、僕の気持ちは収まることはなかった。
「さっき追いかけてくれたことも、いつも自然でいてくれることも、僕とこんなにも一緒にいてくれていること、いろんなケンが好きです」
あふれてとめどない気持ちをうまく言葉にして伝えられない僕に彼は、
「そんなことはないよ。俺だって、えりといるのはすごい楽しいんだ。俺といつもいてくれて俺は嬉しいんだよ」
僕もうんとうなずいて、彼を見た。
「ありがとう」
そう言って、僕は彼に応えた。
「僕はケンが好きだ」
今度はちゃんと笑顔で言えた。僕の目の前の彼は、少し考えるように時間をとって、一つ深呼吸をして言った。
「ありがとう」
僕にとってその言葉がすべての答えだった。わかっていたことだけど、答えが出ることは辛かった。でも、しっかり聞こうと思った。
「ごめん。でも、俺にとって好きなのはなっこなんだ」
「うん。わかってるよ。羨ましいくらいお似合いだよ」
僕は精一杯の笑顔を泣きそうな顔を隠しながら言った。
「すごくうれしかった。でも、えりの気持ちには応えられない」
彼も、真剣だった。だから、僕は嬉しかった。辛いけど、やっぱり彼が好きだけど、ちゃんと受け止められた。
「うん。ありがとう。なっこもきっとその言葉をちゃんと言ってもらえるのを待っているよ」
彼ははっとしてこっちを見た。僕の真剣な顔を見て、彼の顔は真剣な男の子の顔になった。そんな顔にできる彼女をうらやましく思えてしまうほど、僕にとって今の彼はかっこよかった。
「なっこは先に帰るって」
「わかった。俺、行くよ」
僕がずっと掴んでいた腕をやさしく外して行った。ゆっくりと歩きだした背中に僕は、
「まだ、好きでもいい?まだ、一緒にいてくれる」
僕の最後のわがままでお願いだった。泣きそうになる心を必死にこらえながらの叫びだった。これ以上言えなくなった僕に、こっちを向いて彼は、
「当たり前だろう。なっことは違うけど俺にとってはえりも大好きで大切なんだ。これからも三人で一緒にいてくれないか」
彼は僕のまで止まって言った。僕は何もしゃべれなくて、うんうんとうなずきながら、さっき彼女が僕にしてくれたように、両手で彼を教室の外へ押して行った。堪えていたはずの涙があふれながら、
「がんばれ、ケン」
これしか言えなかった。今の全てだった。彼も振り向かずに、
「行ってくる」
彼は走りだした。前にも見た、彼の後ろ姿。今も昔も彼は彼女だけを追いかけていた。きっとそんな一途な彼にも惹かれていたんだと思う。見送る彼の背中は大きかった。
そのあと、堪え切れず教室で一人思いっきり泣いた。誰にも聞かれなくて、よかったと思う。そして、本当に思いっきり泣いたら、気持ちがすっきりした。
「僕も帰ろう」
そう一人ごとを言って、立ち上がった。
空はもう夕焼けになっていて涼しい風が吹いている中僕は川沿いのいつもの道まで来た。
ただまっすぐなその道を僕は走りたくなった。
「わぁぁぁぁぁ」
僕は思いっきり川沿いの道を走った。
心の中の悪いものがなくなって、新鮮な空気が吸えている気がした。いや、そのとおりなんだと思う。
『僕は恋をした』
このことに後悔もなにもない。ただ、よかった。人を好きになれてよかった。
思いっきり走ったその先にはいつもの二つの背中がゆっくりと歩いていた。だから僕はもうしばらくは彼を好きでいたいと思う。だって、二人の背中を見ていたら、やっぱり一緒にいたいと思ったから。
いつもの二人の背中に僕は走りだした。いつもと違うのは二人が手をつないでいることだけ。
追いついた僕を二人とも喜んで迎えてくれた。
彼女は僕の手も握り、彼は彼女の手を握り、三人横並びのおバカな影が夕日に照らされて長くのびていた。
僕という女の子を主人公にしましたが、それぞれに心情があり、過去があって今があるので、他のなっこやケンを主人公のお話も書いてみたいですね。
気持ちは素直に、まっすぐ向かうことで大きくなっていけるんじゃないかなと思いました。