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カローン・シリーズ  作者: 芹沢 忍
4/5

小春日和

読切のつもりで書いていますが、段々とその自信が無くなってまいりました(^_^;) 

出来れば続けて読んで頂けるとありがたいです。

 研究室には不似合いな子供の声が響いている。今日は十日に一度のデータ更新日だ。

さとし真名まな! 騒がないの!」

 母親である如月きさらぎふみが声を張っている。父親の文目あやめがそれを見ながら苦笑いをし、斑鳩に詫びるように頭を下げた。二人とも斑鳩の研究班の職員である。

 人工海馬の開発を進めている斑鳩の研究班は、幅広いデータを集める為に職員の家族へ記憶のバックアップの協力を募っていた。

 脳の電気信号を外部に出力し、コンピュータに移す。その為にバックアップに協力する人間は後頭部にICチップを取り付けている。電気信号の蓄積は膨大な量になるので定期的に会社でデータを回収しチップのデータをその際に消去していく。このサイクルが現在のところ十日となっているのだ。将来的には自宅でバックアップが出来るように改良をする予定である。電気信号は疑似脳化したコンピュータにデータを移すと記憶として変換される。このシステムを小型化し、カローンへと移植するのが斑鳩の研究班の目的でもある。

 日々自分の記憶を外部に残す。将来的には全ての人が記憶を外部にも持つようになるだろう。そういった視野で人工海馬の開発は進められている。記憶のバックアップはその持ち主に何かが起きたら有効に使える筈だと、斑鳩をはじめ会社のスタッフは考え研究を続けているのだ。

 当然スタッフである如月夫妻もそう考え、自分の子供達を研究所に連れて来たのだった。

 敏は六歳、真名はもうすぐ四歳になる。チップを移植してから半年が過ぎ、今では珍しい物が多い研究室に来るのを楽しみにしているくらいに、スタッフや研究室にも慣れていた。

 機材の間を躊躇いも無く走り回る兄妹を見ると、斑鳩の不安は募った。いつか子供が怪我をするのではないか。いや、それよりも機材の方が大怪我をするのではないかと。周りを見る事を知らないかのように動く子供達はどんなことを仕出かすか予測もつかない。研究室にある機材は正直に言って値が張る物が多い。壊れてしまったら簡単に代えの効かないものだってあるのだ。


 ――お願いだから、静かにして頂戴よ。


 そう思ってしまうのは仕方がないだろう。表情に出さないよう心がけているつもりだが、斑鳩の尖った気配を感じるのか、子供達はあまり彼女に寄り付かない。

「今日も走ってるな」

 扉が開いて顔を出したのは、システム調整班の新見班長である。見つけた子供達が歓声を上げながら新見に飛び付く。新見は満更ではないといった表情で白衣の裾にじゃれつく子供達の頭を撫でた。


 ――本当に意外だわ。


 新見と子供達の様子を見ると斑鳩は不思議な気持ちになる。普段の新見ははっきり言って嫌味っぽい皮肉屋で到底子供なんか大嫌いな人種に見える、いや、見えた。今、目の前に見えている新見は、時折不器用な笑顔を見せる堅物といった感じだ。子供に懐かれているということは、恐らく子供を嫌いではないのであろう。子供は鋭い感覚を持っているので、斑鳩のように少しでも尖った感情を抱いていると逃げて行く。

 新見の後ろに隠れるようにして自分を窺う子供達を見て、斑鳩は小さく傷ついていた。確かに子供は苦手ではある。だが、そんなに遠巻きにされる程嫌ってはいないのに。極力笑顔で子供達に近付こうと努力しているのだが、未だ報われる兆しは見えない。

 斑鳩が鬱々と考え込んでいるうちに、新見は内線に連絡を入れていた。暫くすると再び扉が開き、ロボット班の萩が入って来た。こちらは明らかに子供が苦手だという態度を取っていた。腰が引け、顔が強張っているのが見える。新見に張り付いている子供達は不思議そうにそんな萩を見ていた。

 子供達から遠ざかるような進路を取り、萩は斑鳩へと近付き耳打ちする。

「子供用のボディのデータを取りたいと新見班長に言ってあったんだ」

 そう言えばそんな報告が上がっていたなと斑鳩は思い出す。書類が回って来た時点で如月夫妻から許可を得ていた筈だが、念の為に二人を呼び寄せ確かめた。

「その件なら承知してます。ただ――」

 文目が勿体ぶった様子で腕を組む。何か問題があるのかと斑鳩は身構えた。

「萩班長があれじゃぁ、子供のいい玩具おもちゃになりますね」

 文目の横で史が頷く。二人の視線は萩に向いていた。斑鳩も萩を見る。萩が引きつった表情で夫妻と斑鳩を交互に見つめ顔を顰めた。

「な、何が言いたいんですか」

 萩の台詞が動揺している。彼の後方では子供達が新見を相手に騒いでおり、時折大きな歓声が上がっている。甲高い子供の声に萩の身体が慄くようにびくついていた。その様子で斑鳩にも何となく如月夫妻の言いたい事が判った。

「萩班長、子供が苦手でしょ?」

 史が指摘する。萩は子供の声を気にしながら、否定するかのように首を左右に振った。夫妻が顔を見合わせ溜息を吐いた。

「真名、こっちにおいで」

 文目が娘を手招く。父親目指してトコトコ歩いて来る幼子の進路上に佇む萩が身体を硬くして構えた。そんな萩の横を通り過ぎようとした真名が、急に立ち止まると向きを変え、固まっている萩を正面から見上げた。眼差しに好奇の色が浮かんでいる。

 萩の困り果てた表情に斑鳩は苦笑した。子供の出方が判らず戸惑う萩は自分と違って子供に対してささくれ立った感情を抱いてはいない。つまり子供にとっては害が無いのだ。子供の扱いに困ってぎこちないままに接すれば、見慣れない新鮮な反応に如月家の子供達なら興味を持つだろう。そして、興味を持たれたら、如月夫妻の言う通り彼らの「いい玩具」になってしまう――というか、今の真名の様子だと既に玩具確定になりつつある。

 真名が萩にべったりと貼り付くようにしがみ付いた。両手をどうしたものかと頭上に万歳したように持ちあげる萩が可笑しい。如月夫妻も斑鳩と同じ感想を抱いたのか、その姿を見て笑いを噛み殺している。気配で笑いに気付いた萩が顔を赤くし声を裏返して嘆願した。

「仕事をさせて下さい!」

「仕事をしたければ子供に慣れろ!」

 いつの間に近くに来ていたのだろうか。冷ややかな口調で新見が言い放った。彼の腕には敏が抱き上げられている。子供にぐしゃぐしゃに掻き回された髪を気にもしていない様子だ。とてもじゃないが今聞いた真面目な台詞が似合う姿ではない。

「データ収集をするんだろうが。前もって申請しておきながら子供に触れないんじゃ時間の無駄だ」

 語られた言葉は最もだが、腕に抱えた子供が新見の話す合い間にも面白がって奇声を上げ彼の顔を触っていたので、聞いていた方には途轍もなく説得力が無い。新見も言い終わった後に気まずい様子で大きく咳払いをした。それから敏に軽く拳骨を喰らわす。

「仕事の邪魔はしない」

 敏は打たれた頭を押さえて新見を睨んだが、新見は厳しく睨み返してから敏を床に降ろした。

「ばーか!」

 敏が仁王立ちして剥れた顔で新見に言い放つ。その言葉を受け、新見がやや顔を顰める。

「新見班長、もしかしてショックを受けてませんか」

 空気を読めないのか、自棄になっているのか。萩の応酬に斑鳩が溜息を吐く。

 言葉を受けた新見は怖いような笑顔で萩に対峙した。

「仕事放棄に近い萩君にはどんなペナルティを差し上げましょうか」

「仕事放棄? 放棄はしていないですよ」

「子供との付き合いが判らないのは仕事放棄でしょう」

「すぐに慣れます」

「慣れる? それでか」

 周りのスタッフが二人の遣り取りを茫然と見つめる。新見と萩は互いに互いをあまり快く思っていない。普段から言い争いが多いのだが、目の前のそれは、かなり子供っぽい遣り取りであった。

 子供が絡むと童心が刺激されるのだろうか。斑鳩はやや呆れ顔で二人の遣り取りを見ていたのだが、放って置けば無駄に時間を浪費しそうだと感じた。息を吸い込み両掌を打ち合わせる。パンと大きな音が響き、一瞬静寂が広がった。

「きちんと仕事をして下さい」

 年上の男性二人に平坦な口調で言い放ち、斑鳩は母親の元に纏わり付く幼い子供二人に近付いた。

「敏君、真名ちゃん。いつものお部屋に入りましょう」

 子供の反応は両極端である。敏は大喜びで斑鳩の元に走り、真名は母親の白衣の端をギュッと握りしめて動かない。一先ず自分の周りを駈け回る敏を連れて研究室内に設置された個室のラボへと向かった。

 ラボの一つに入り椅子に腰掛け、敏は浮いた足をブラブラと揺する。チップのデータを取り出す為にICチップの箇所に専用の機械を取り付ける。後頭部の延髄付近に長いコードの付いた器具を装着するのだが、敏はその姿を「ロボットみたいでカッコいい!」と毎回喜んでいる。

 しかし、子供の集中力は長持ちしない。研究室にあるホスト・コンピュータにデータを吸い上げ、ICチップを初期化する。所要時間は三十分もかからずに終わるが、その間個室に籠もる子供は大人しくしている筈も無く、案の定、今日も敏は初めのうちこそ大人しく自分の姿を観察していたが、暫くすると暇を持て余し始め、データの処理をする斑鳩に声をかけ始めた。

「ねえねえ、このデータって何に使うの」

「敏君がいつもどんな事をしているのかを集めて、ロボットに同じ事をさせる為に使うのよ」

「すげぇ、カッケー! でもさ、そしたら俺が二人いるってなんない」

「ロボットだから二人って言うのは変かな。敏君の事を真似る人形だって思うと解るかな」

「人形って言うと女の子のオモチャみたいだ」

 ロボットも人形も人の疑似物で大した違いは無いのにと斑鳩は思うが、一般認識ではロボットは男の子のもの、人形は女の子のものという棲み分けがあるのも事実である。その棲み分けに敏は拘りを持っているらしく、斑鳩の言った言葉に不機嫌な顔をする。そんな変な拘り方が何処となく大人に似通っていて苦笑してしまう。

「俺と同じ事をするって、ご飯食べたりもするの? ロボットってご飯食べられるの?」

「――それはどうかな」

 困った事を聞かれた。ロボットの本体は斑鳩の専門外である。後方で真名を相手に立ったまま苦戦中の萩に目をやる。悪いと思いつつも目で援護を求めると、真名の内気さに辟易していた萩が気付き、安堵したようにこちらを見た。どちらにしろ苦労するのだが、専門分野への問いかけならば萩も黙られるよりは対応し易いだろう。手招きして呼び寄せると真名に何かを言い、不器用に頭を撫でてから斑鳩の元へ小走りでやって来た。

「立ったままで話すから怖がってるのよ。子供相手に話すなら目線を合わせるようにしないと駄目じゃないの」

 諭すように教えると萩が剥れたような顔をする。子供っぽいその表情に一瞬胸が高鳴る。付き合いは長いが斑鳩が初めて見るものであった。


 ――萩さん、こんな表情もするんだ。


 固く真面目な面や脆い部分は知っていたが、こんな部分は初めてであり新鮮な気がする。


 ――氷上さんはこんな彼を知っていたのだろうか。


 ふと逝ってしまった人を思い浮かべる。萩の上司であり想い人であった女性だ。自分よりも長い時間を萩と過ごしてきた人である。二人が共に研究班で仕事をしていた時はどうだったのだろう。

 無意識に想像している自分に気が付き、斑鳩は驚いた。つい先日まではベッドを共にしてもこうした事を意識した事は無かった。非生産的な関係を断ち切った後に、萩に対する見方が変わったのだろうか。少し不思議な心地である。

 萩が気を取り直し真面目な表情を斑鳩に向けた。

「それで、用件は何だい」

 意識が引き戻されるのに少し間があり、萩が怪訝そうな顔をした。

「斑鳩、気分でも悪いのか」

 不意に出た労わりの言葉と覗き込んで来た顔に戸惑う。

「――いいえ、大丈夫」

 大丈夫と言うには僅かに怪しい様子であったが、萩は言葉通りに受け取ってくれたようだ。頷いた萩に斑鳩は敏の質問に答えて貰いたい旨を伝えた。

「俺はどこまで答えればいいんだ」

 斑鳩の言葉に萩が疲れたように漏らす。

「正直に答えればいいだけじゃない」

 それで良いと思っていた斑鳩が首を傾げる。萩が困ったように眉を寄せた。

「どこまで人に近付ければいいのか、まだ決まっていない状態なんだ」

「だったらそう言えば良いんじゃないの」

「子供にどう説明していいのか判らないんだよ」

「ご飯食べるかは、まだ、決まってないって答えてはいけないの」

 萩が何に困っているのか良く解からない。僅かに逡巡して言葉を探すようにしてから、萩の口から小さく囁くように言葉が零れた。

「子供って無駄に大人を傷つける事があるだろう。専門分野でそれをやられると結構堪えると思うんだ」

 斑鳩の目が大きくなる。からかいたい気持ちが湧き、つい笑いながら萩を小突いてしまう。

「子供の時にやった事があるんでしょう」

 図星だったらしく言い訳するように言葉を濁す萩が可愛く思え、気持ちが和らぐ。

「とにかく応対は任せるから宜しくね」

 ラボの通話デスクの前に強制的に萩を座らせてから、自分は別のデスクで以前のデータと新しいデータの統合作業を続ける。データを連続させ、記憶を繋げるようにするのである。

 初回の時に時間をかけ個々の脳の記録を取ってある。どのような時に脳地図のどの領野にパルスが流れるのか、生体変化はどうなのかなど細かくデータ収集をした。ニューロイメージングの中でも脳磁図などの脳神経細胞の電気活動の記録は膨大な量に及んでいる。筋肉に与える影響から、思考に与える影響まで、採取出来るものは貪欲なくらいに集めていた。

 筋肉の運動に関してはかなり前からロボット班の方でデータを集め解析も進んでいた。筋電義手・義足で応用され、使用者の意思通りに動くものが社内で実用化の方向に進んでおり一般に普及する寸前でもある。

 この技術を用い人工知能だけでロボットを動かそうと試みているのが今のロボット班の研究である。今は個人のデータに即した状態でロボットのボディを動かしているのだが、後々は初期のパルス調整のみで全てのボディが対応出来るように開発を進める予定である。

 子供のパルスは起伏が激しく数値が僅かに変化しただけでもボディの動きが大きく変化するらしい。萩の今回の申し出は、データ収集した本人の行動を観察しながら、パルスの状態及び実際の筋肉の反応を記録したいらしい。新見が言うように子供に直接触れながらの観察である。子供慣れしていない萩には少々荷が重いというか、集中して記録に専念する事が難しいのではないかと言った状況だ。


 ――でも、それもいいのかもしれない。


 氷上を失った事で潰れかけていた萩を斑鳩だけは知っている。忘れられる時間があるならば、萩に為にも良いだろう。記録に専念すれば、萩は恐らく氷上を思い出す。それだけ一緒に仕事をしていた時間が長かったのだ。


 ――嵯峨班長。


 逝った人の面影が過ぎるが、既に斑鳩には感傷よりも懐かしさの方が強くなっている。一瞬、薄情なのではないかという気持ちが湧くが、斑鳩は首を振って否定した。

 時に感傷的になるのは許される。だが感傷的なままでは生きていけない。

 顔を上げ斑鳩は前に進んだ。引き継ぐものは山程ある。今でも多くの事を進めて行かなくてはならない。立ち止まっていては自分まで動けなくなってしまう。

 本能がそう告げたのかもしれない。生きる為の本能が。

 何処となく非科学的な考えをした自分に斑鳩は笑った。研究を進めて行くと、段々と非科学的な事実を受け入れるようになる。それ程に関わる事象には奇跡的なものが多い事に気付かされる。大いなるものが全てを造形したのではないかと海外の研究者は口にすることも多いのだ。


 ――私達は人を再生しようとしている。


 ふと考え震えが走った。研究者として高揚を感じたからなのか、それとも大それた行動に恐怖を感じたからなのか。多分、その両方だ。


 完成したカローンがどのようなものになるのかは未知数だ。

 この研究を初めて危険だと実感した。

 柏木が危惧している状況がようやく飲み込めた気がした。


 倫理委員会の設立、医療目的を主眼に置いた開発。どちらもカローンを物として扱うよう力点を置いている。しかし、実際は精巧に人をなぞるように開発は進んでいるのだ。斑鳩は目を閉じた。


 ――それでも進んで行かなければならない。


 データの統合を進めながら斑鳩は考え込んでいた。

「終わった」

 後ろから声が掛けられる。萩であった。疲れたといった表情で立っている。それまで考えていたことを脇に除け、おどけたように萩に問うた。

「ご飯を食べる食べないには何て答えたのかな」

 困り果てたといった様子で萩が斑鳩を見下ろす。

「ロボットのエネルギーになるようにしようと考えていると答えたんだが――」

 そこで一度言葉を切り、手近にあった椅子を引き寄せて腰を降ろした。疲れたように背を丸くして座ると斑鳩を見上げて苦笑する。

「エネルギーって何と聞かれた」

 萩が背凭れに体重を預けると椅子が軋んだ音を発てる。

「子供ってどうしてあんなに質問してくるんだろう」

 その後も何度も質問攻めに合っていたのが窺える台詞である。応対に疲れ切りぐったりした萩につい笑ってしまう。

「俺の仕事はこれからが本番なのに。こんなに疲れるなら今日は自分を馴らすだけにしておけば良かったよ」

 椅子に座りながら身体を解すように左右に揺らす。そうしてだらしない姿勢で天井を見上げると悔しそうに吐き出した。

「新見班長の言う通りだったと言うのが癪だけどな」

 横目で真名と戯れるようにしながらラボでデータの統合状況を確認する新見を恨めしそうに萩は睨んでいた。

「あのさ」

 斑鳩が口にした。聞いてみたくなったのだ。先程考えた事を。

「この研究って怖くない?」

「何故?」

 萩が首を傾げる。それを見て萩がカローンは必要だと言いきった事を思い出した。

 以前二人で話したカローンに依存するかもしれないという恐怖と、今、斑鳩が考えている恐怖は違う。しかし、どう説明したらいいのか迷い、言葉が出ない。

「自信でも失くしたのか?」

「萩さんこそ、泣きごと言わないで子供の相手しなさいよ!」

 萩にからかうように言われて憤り、反射で強く返してしまった。自分も子供に感化されていると感じ、少し恥じる。

「止まってる暇なんて無いよな?」

 萩が擦れる声で呟いた。萩が席を立ち大きく伸びをした。

「敏君に協力して貰ってくるよ」

 片手を上げて敏の所へ向かう萩を見て、斑鳩は目を見張った。


 ――止まっている暇なんて無いよな?


 基本的な考えは斑鳩も同じであった。でも間違っている方向に進んでいるかもしれない。

 

 歩みは止められない。

 前に進まなければ何も始まらない。

 でもこういった考えは危険過ぎるのではないのだろうか。

 矛盾した思考が振り子のように揺れる。


 目の前にははしゃぐ子供とスタッフ。何故だろう。何処か不安な気持ちになる。目を眇めて研究室を見渡すと、足元に何かを感じた。真名である。

「どうしたの。珍しいわね」

 白衣に取り縋るようにして斑鳩を見つめる瞳が恐ろしい程に澄んでいる。胸騒ぎがした。咎められているような居心地の悪さ。逃げ出したい気持ちに駆られる。

「真名、ラボに行くわよ」

 史が娘を呼んだ。後ろ髪を引かれるように斑鳩を見ながら真名が史の方へと走って行く。去っていく幼子に畏怖を感じていた斑鳩は深く息を吐いた。


 何かの啓示なのだろうか。


 神の存在など信じていないのに何故かそう思う。

 拳を握り締める。それでも止められない。萩の言うように止まっている暇など無いのだ。

 今の感覚が何を意味しているのかは、きっと進んで行けば理解出来る。それまでは歩んでいかなければならない。

 心の中でそう決意すると、斑鳩は真名の後を追うように席を立ちラボへと向かって行った。

息抜きのゆる~い話しといった感じです。連続して読んでいただければ前回と違った関係になっている萩と斑鳩の様子が窺えると思います。二人とも少しは傷が癒えたのではないでしょうか。


次話はTYPEⅡと関わりを持った人物を主役に据えた話しになる予定です。一番初めに思いついたのが実はTYPEⅡの話しだったりします。初期とはかなり異なった状態になりそうなので今から頭が痛いです(^_^;) ほぼ書き直しになりそうなのが怖い!!


ご興味がありましたら、続きも宜しくお願い致します。執筆に時間が掛かりますがお付き合い頂ければ幸いです。


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