1滴目 血族募集
「地に伏せ、蹂躙だ」
炎が滾る。
魔王軍による進軍は、ますます激しくなっていた。
不死の騎兵。
翼魔による矢の雨。
骨まで貪る喰鬼。
逃げ惑う人々。巻き起こる悲鳴。数々の雑踏が入り乱れて、煙の向こうへと消えていく。
その最前線から離れた地。静寂と炎が滾る戦地だった。
──魔王と対峙する、一人の女騎士が在った。
「……くっ」
片腕を抑えて、魔王から数歩引き下がる女騎士。
かろうじて構えられた剣は紅を纏っており、それは魔力のようだった。
「どうした、そんなものか?」
対する魔王の刃は、どこまでも漆黒だった。
「サアミクス──剣聖と呼ばれるに至った者……そう聞いていたが、所詮は人の子か。哀れな」
一断ち。
魔王によって、剣聖が討たれた。
「……いつか、貴方に届かせます。我の、究極の剣技を……」
カラン。
無慈悲な金属音が響いた。
剣聖の剣はそこらに落ちて、ただ紅い魔力が滾っていた。
剣聖の眼は揺らいでいて、どこか熱を帯びているようだった。
その戦場でただ一人、魔王に魅せられた者だった。
◆ 魔王城にて
──世界征服から、数か月。
俺──魔王アグランスは、円卓の間で頭を抱えていた。
中央の巨大な円卓を囲むように、七つの席が置かれていて、その一番豪華なものに座っていた。
それこそ、つい数時間前は……
「力を求める者たちよ。俺の血を飲んでみろ。血族として迎え入れよう」
天を貫くほど巨大な『世界樹』の前に立ち、俺──魔王アグランスは世界に向けて宣言した。
世界征服を果たした後、意外に暇だったので、イタズラ感覚だったのだ。
……が、血族はもう増やせないッ!
「……いや、いやいや。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだ」
正直、舐めていた。世界樹を。
あんなもの、ただちょっと他の木よりも育ちすぎたってだけだし。
……本当に宣言できるものだったのか。
ついこの間、世界征服したばかりで暇だったからさぁ……。
俺の向かい側に座って、机に突っ伏しているルミィナ──俺の右腕の飢鬼。
切り揃えられた白髪のボブヘアに、紅い一本角。
「……最後に血族に加わったのはスライムのポヨンたそでしたよね……」
「ぁぁぁあああ!! せっかくの最後の血族なんだったら、もっとかっこいいやつが良かった!!」
「私のようなもので申し訳ないな。アグランス殿」
俺の愚痴に反応して、円卓の端からニュルっと乗りかかってきた魔粘液──ポヨンたそ。
「世界樹の宣言は!! 取り消せないの?!」
ルミィナに助けを求めて目を向ける。
「……一度宣言してしまった以上は、取り消せませんよ」
冷ややかな目で俺を見つめ返すルミィナ。
「ほほほ、やってしまいましたな。アグランス殿」
苦笑して、ぷるぷる揺れるポヨンたそ。
「……このままでは恐らく、魔王としてのアグランス様の宣言に魅入れた者たちが、血族になろうと押し寄せてきますよ。
──例えば、どこぞの変態女集団とか」
指を立てるルミィナ。
「ぅあぁあああああ、やめてくれぇ……っ!
来るな、来るなぁっ」
世界征服目前。俺の目の前に立ちはだかった剣聖──サアミクスが頭に浮かんだ。それをかき消すように、頭を掻く。
「……。そのような者たちが、アグランス殿と面識が?」
若干引き気味のポヨンたそ。
「かつて剣を交えた者がいてな。──『剣聖』なんて二つ名のついた女騎士……どうやら、俺に惚れ込んだらしいのだ……。
要は、今からド変態マゾ異常性癖持ち女が、俺の血を求めてここに押しかけてくるって訳だ……っ!!」
「しかし、アグランス殿は強大です。
ついこの間、世界征服を果たしたばかりではないですか。並大抵の人間共は、その正義を貫いて、魔王様の血族になろうなど考えませんよ」
「……っ! そうだ! そうだよな! ポヨンたそ!」
危ない……思わず素で取り乱しかけ──
「──人間とは、何時如何なる時も力に飢えているものですよ」
呆れたように、呟いたルミィナ。
「……」
ルミィナのその言葉は、説得力が違った。
──昔から、運命を共にしていた仲だ。
「とにかく、今すぐ来るなんてことはないだろう──」
「アグランス様ぁぁぁあッ!!」
円卓の間の扉を勢いよく開けた小鬼。
待ってくれ、頼む……。次はなんだ!?
「奴が……っ! 剣聖がお見えですッ!」
よりにもよっていちばん厄介なやつが!!
「──あぁああクソッ!! あの女ぁあ……ッ!
……玉座で待とう。ルミィナ、ポヨンたそ。手出しは無用だ」
後ろ髪を束ねて、溜め息を吐きながら円卓を後にした。
◆
玉座の間へと続く扉に手をかける──開けたくねぇ……。
並んだ黒曜石の柱と、玉座へと続く階段。
中央のカーペットの装飾が、いかにもな雰囲気を醸し出す玉座の間。
階段を上がりながら、自分の失態を思い返しては何度も溜息を吐いていた。
……暇じゃん? 思ったより、暇だったんだもん。
ガチで人が来るなんて聞いてないし──いや、考え無しな俺が悪いんだけどさぁ……!!
あと一段。カーペットを踏みしめる。
──落ち着け。魔王として、面子を潰すわけにもいかない。
何食わぬ顔で、玉座で足を組んで座る。
すると──
ゴンゴン!!
乱暴に、入口の扉が叩かれた。
「入れ──」
勢いよく開く扉。
「──アグランス様ぁああああ!!」
凄まじい勢いで走って、玉座の階段前へと滑り込んでくる剣聖。
「我を、血族として迎え入れてくださるのですかッ?!」
「……」
帰れぇええ……!! こちとらスライムのポヨンたそで定員オーバーなんだよぉお!!
内心大焦りだったが、サアミクスを見下ろして、頬杖をついたまま黙っていた。
(……ッ!! 我を見下すその眼差し……。極上です……っ。
──もしや?! 我をお仕置きしてしまおうと!!)
頬を紅潮させて、ガンギマった目で俺を見上げる剣聖。
「ただではならないのですね……っ、どのようなお仕置が我を待っているのでしょう!?」
剣聖は息を荒くして、頬に手を当てた。
──異端者め……。どうやら、黙りこんだことが逆効果だったらしい。
「そうだな。俺の血族になりたいのだろう?
ならば、それ相応の力が必要だ。たしか、以前も剣を交えたな。
しかし、名前など覚える価値もなかった。実に、脆かったのでな。いやはや、生きていたとは驚きだが……」
……ふぅ、落ち着け?魔王としての威厳を保て。カッコつけてるんじゃない。かっこいいんだ俺はッ。
剣聖は以前対峙した時と、姿が異なっていた。
人肌、と呼ぶには程遠い、青白い死人のような肌。その上から、乱雑に縫われたつぎはぎが痛々しい。
まるで、不死のようだ。
「そうかッ!! 剣聖として、名を覚えられていないなど……以ての外!! もう一度名乗らん!!
──我こそは、死肉のサアミクス!!
『乙女十三座』、第十番!! 歴史に名を刻んだ、剣聖よ!!
魔王アグランスの血を啜らんとし、いざ参らん!!」




