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セッカ先生


「温室があるのか」

「うん。外で作れない薬草や花などを育てているんだってー」

「へえ……」


 確かに町の外は豪雪地帯。

 薬草などは外で育てられないだろうな。

 それにしても、城のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 なんという罪深い香りだろう……!


「食糧はどうしているのだろうか?」

「セッカ先生が牧場主さんの土地に拡張魔法で牧草地や畑を作ってあげたから、そこで育てているんだよ〜」

「拡張魔法……?」

「くうかんまほー、っていうこだいまほー! とびらをくぐると、すっごく広いはたけやぼくそーちがあるんだよぉ〜。セッカ先生のおかげで、まいにちお腹いっぱい食べられるの!」


 古代魔法だけでもすごいのに、それを町民の生活と安全のために活用している、ということだよな?

 いったい何者なのだ、セッカ先生とやら……!

 この町を見たら神殿の人間は卒倒するのでは?

 いや、もうクラッツォ王国のことは忘れるつもりだが……。


「あそこが温室だよぉ〜」

「セッカ先生ぇー!」


 子どもたちが駆け出す。

 城の中庭からアーチ門を潜るとガラス張りの建物が建っている。

 そこには白い髪の青年が車椅子に座って鉢の並んだ棚の前にいた。

 子どもらに続いて、私も温室に入る。

 町の中もそうだが、温室はその比ではないくらいに暖かい。

 不思議な、いい香り。


「パルセ、レサ、ロール! 無事だったのですね……! ああ、よかった……」

「えへへ! ほら! 先生のお薬の材料、たくさん採れたよ!」

「そんなことを気にする必要はなかったのに……。あなた方の命よりも大切なものなど、この世にないのですよ……!」

「だって……」

「ごめんなさい。でも……ぼくら先生がいなくなる方が、やだったんだもん!」

「っ……」


 子どもたちが車椅子の青年の前へ回り込み、袋を手渡す。

 あれがセッカ先生?

 彼はとてもきつめに子どもらを叱り、そして抱き締める。

 声からも子どもたちを案じていたのがひしひしと感じられた。

 一歩一歩、近づくと感じる、この……虚無感。

 この青年、まさか……。


「……! ……誰ですか……?」

「――あ……私は……」


 振り返った青年は、目を閉じていた。

 正確には目を開けることができないのだろう。

 おそらくこの青年、耳も聞こえない。

 手も足も……なにか魔法具がなにかの補助で代用しているのではないだろうか。

 信じ難い。


「私はアリアリット・プレディター」

「プレディター……! 剣聖の“名”……!」

「その通り。私は剣聖の紋章と力を持って生まれた、今代の剣聖である。……あなたは――『持たぬ者』か」

「その通りです」


 五大英雄の力を持って生まれた者は、生まれた時から五大英雄の紋章を持っている。

 そして『持たぬ者』とは生まれながらに五体不満足の者のことをそう呼ぶ。

 目も耳も味覚も持たず、手も足も生まれながらに魔力が通わず動かせぬ者。

 本来であれば、三日と持たずに赤子の頃に亡くなるか、親が子の未来を嘆いて葬ってしまうことも多い。

 ここまで成長した『持たぬ者』は初めて見た。


「なぜ剣聖がここに……? 厄災魔王の封印を保つためには、五大英雄の紋章を持つ者が封印核を持つ国を国守として守るのが習わしのはずですが」

「その考えはもう古いのだそうだ。私は私が国守として守っていたクラッツォ王国より、これからの時代は平和を維持するために武力を捨てるからと追い出された」

「なんですって……!?」

「確かに、ここに来るまで厄災魔物どころか普通の魔物にすら会わなかった。国王の言うことはきっと正しいのだろう。だから、私は未開の地永久凍国土(ブリザード)にいる強い魔物と戦い、強くなるためにここへ訪れた。どうか永久凍国土(ブリザード)を調べる許可を私にいただけないだろうか? あなたがこの町で、そのような仕事を行っていると聞いたのだが」


 まさか町の代表のような人物が『持たぬ者』であったことは、本気で驚いたけれど……そんなことは関係がない。

 町の者たちの彼への信頼度の高さ。

 子どもたちを本気で心配する姿を見れば、彼が悪人ではないとよくわかる。

 むしろ、古代魔法を使える時点でとんでもない有能な人物。

 クラッツォ王国には『持たぬ者』を差別するような風潮があるけれど……そもそも見たところ彼は成人している。

 ここまで生き延びてこれたこと自体がすごい。

 彼自身の努力や、彼の周りのものたちが彼を大切に育てたなによりもの証。

 子どもたちが命をかけてでも薬の材料となる薬草を採集してくるほどに、大切にされている。

 私自身、この町になんの貢献もしていない新参者だから、礼を尽くすのは当然だろう。


「確かに……町の皆に請われて、そのようなこともしております。申し遅れました、わたくしはセッカヴォルティスキー。この町、アイストロフィの町長を務めております」

「町長殿」

「セッカとお呼びください、アリアリット様」

「とんでもない。私のこともアリアかリットと呼んでいただいて構わない。私は新参者なのだから、そのように遜る必要もない。その、私の態度が尊大であると感じられたのであれば治すように気をつけます……」

「いえいえ、そんな」

「気を遣わないでいただきたい。今はただの剣聖の力を持つだけの小娘に過ぎぬゆえ……」

「いえいえ」


 なんて互いに遠慮のような会話を五分ほど続けてから、ようやくセッカ先生が折れた。

 小声で「それではアリア嬢、と」と顔を赤くしながら咳払いするふりをしつつ譲歩してくれる。


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