青い空
『厄災魔王は本当に強くて、この世界を一人で滅亡させるだけの力を持っていました。対魔聖円環や聖武具を持った勇者様やわたくしたちでも、魔王を封印するのが精一杯だったほど。勇者様は異世界よりやってきた転生者であり、彼の力を魂に刻んだわたくしたちは、転生しても聖痕を受け継ぎ続けて厄災魔王の封印を守り続ける。そういう約束をしたのですそれが、この世界の事情に彼を巻き込んでしまった、この世界の住人であるわたくしたちが背負うべき業』
(勇者様は……もう、転生して我らの力にはなってくださらないのですか?)
『わかりません。あの方には明確な――わたくしたちのような紋章という印は持っておりませんでしたから』
首を横に振る初代聖女様。
それになにより、勇者様は五大英雄に力を五分して分け与えており、たとえ転生していたとしても当時のような力は持ち合わせていないのではないか、とのこと。
そして勇者リードがそれほどの力を持ってこの世界に転生してきたのは、厄災魔王と戦うために『アトラ=ルミナアース』――この世界そのものが異世界で亡くなった勇者の魂に“勇者という役目”を与えて生誕させたためだという。
確かにそれは、この世界が勇者リードの魂に押しつけてしまった役割なのかもしれない。
それに、五大英雄に五等分して渡してしまった以上、勇者には力が残っていないのだ。
勇者に同じくまた役割を求めるのも酷だろうか。
『わたくしたちはただ、残すことしかできないのです。後世に、忘れられたり隠蔽されたとしても真実を確実に。今回のように、あなたが見つけ出してくれたのと同じように……』
(各地で文献を遺しておく、などですか)
『そうですね。今回、教会は国や民に忖度すると発覚しましたから……なにか他にも手立てを遺しておく必要がありそうです。アリアリット様、お願いしてもよろしいですか?』
(なにか考えてみます。……あれ? 主柱にこれ以上聖魔力が入らない……?)
初代聖女様と話をしながらずっと封印核の刻まれた主柱に聖魔力を注ぎ込んでいたが、これ以上入らなくなってしまった。
それを告げると初代聖女様は手を叩いて喜ばれる。
『それは素晴らしいわ! 恋する乙女モードはやはり無敵ですね!』
(恋する乙女モード……? ええと、そういえば急に枯渇がなくなったのですが、私の聖魔力はどうしてこんなに溢れてくるのですか? アイストロフィを襲った厄災魔物を倒したあとは、聖魔力が枯渇して耐性も軒並み切れて……それで不安になったりもしたのに今は溢れて溢れて自分でも信じられないのですが、原因をご存じですか?)
なにか不可解なことをおっしゃっていた気がするが、隠語か略語かなにかか?
どちらにしても聞いておくつもりだったからこのタイミングで聞いてみよう。
さすがに一度枯渇して回復すると、総量が増えるとは言われてもこれは異常だろうに。
『ウフフ♡ それはね……』
(……?)
なにやらニヨニヨと笑う初代聖女様に怪訝な顔をしてしまったと思う。
だが、初代聖女様に教えられた“理由”はあまりにも信じ難くて――。
◇◆◇◆◇
「あ! アリアお姉ちゃん! おはようー」
「おはようねえちゃん! ねえ! 空見た!?」
「そう! そら! そらすごいの! あおいんだよ!」
「空。ああ、見たよ」
城に来ると、孤児院の子どもたちが城門の前に来てキャッキャとジャンプしていた。
来る途中、外に出た町の人たちもこぞって空を見上げていたから当然知っているとも。
「雲がなくなったんだよ! お空が青いんだ! 僕初めて見た!」
「こんなにお空が青いなんて知らなかった! すごいよ! 絵本で読んだ通りだった! ねえ、どうして雲がなくなったのかな!? 朝なのに雪も降ってないんだよ! すごいよ!」
「そうか。よかったな」
パルセとレサとロールが空に向かって雪の玉を投げたりして、生まれて初めて見る青空に大はしゃぎ。
よかった。本当によかった。
私は多分この光景が見たかったのだと思う。
町の人々が何十年ぶりかに見えた青空に笑顔で喜ぶ、この光景を。
目を細めて子どもたちが晴れた空に笑顔になった姿を眺める。
だがすぐにこの空の件、いや、大寒波を引き起こしていた厄災魔物たちを倒したことで、大寒波は終わるだろうというのをセッカ先生に伝えなければと思い出す。
「あ! そうだ! アリアおねえちゃん、昨日はなんで宴に来なかったの? 一昨日もん昨日の夜もねえちゃんにお礼をしたい人がたくさんねえちゃんを探してたんだよ」
「え……ええと……まあ、その……ちょっとな……。それよりも、セッカ先生はいるだろうか?」
「いるよー。今日はアマルさんが来てて、温室で薬草の話をしているみたい」
「アマルさんが」
そういえば本を借りてまだ読み切れていなかったな。
教わった薬草は採集してきて、冒険者協会に買い取ってもらったりメニューラさんに届けたりしたが……もしかしてなにか間違えてしまったか?
魔法まで使ってちゃんと判別したから、大丈夫だと思い込んでいたのに。
だとしたら謝らなければ。
温室に急足で向かい、扉を開けて二人のいるであろう研究机のところへ駆け寄る。
セッカ先生の後ろ姿を見た途端、初代聖女の言っていたことを思い出して顔が熱くなった。
いやいや。ねぇ? まさか? ねぇ?
「アリア嬢……? もう戻られたのですか……!?」
「おはようございます。ああ、今朝方。それよりも、空を見ましたか?」
「空?」
話の切り口として温室の天井を見上げる。
私に釣られてセッカ先生とアマルさんも温室の天井を見上げて、二人とも驚いた顔をした。
「おい、嘘だろう? 気づかんかった……」
「空が……雲が……なくなっている……!?」




