新生活に向けて(6)
なにも考えずに今朝……じゃない、昼間に肉串を購入して食べたけれど、財布を覗くと大して残ってはいない。
私のお給料はほぼすべて両親が管理していた。
正直衣食住は国が保障してくれていたのと、私自身自然魔力で心身の維持ができたのでお金を使う機会がほとんどない状態。
さすがに遠征などで買い物の仕方は知っていたけれど……。
「お金は……あまりないな」
「な、ないのですか」
「剣聖である私は紋章があらゆる耐性を与えてくれる。飢餓耐性で食べ物は食べずともよいし、睡眠耐性で眠る必要もない。もちろん、食べたり寝たりした方がスッキリはするのだが」
「紋章にそんな力が……!」
「セッカ先生でも知らないことがあるのだな?」
「それはもちろんです。紋章にはあらゆる耐性があり、聖武具の精製が可能――と文献で読んだことはありますが、具体的な内容は当人ではないのでわかりせんでした」
そうなのか。
セッカ先生でも知らないことがあるのだな。
……ん? 武具?
「聖武具、とは?」
「え? 紋章からは聖武具の精製が可能だと……」
「私はそれを知らない。教わっていないのだ」
「っ……本当に教会は五大英雄になにも伝えていないのですね」
「ああ。町の外でパルセたちに聞いて、私も初めて紋章から剣が取り出せると知ったぐらいなのだ。もしかして、紋章の力はそれだけではないのか?」
少しワクワクしながら質問すると、本当に驚いたような呆れたような、その中間のような表情でセッカ先生が背を伸ばす。
そして一度気を取り直したかのような咳払いを一つ。
「私も文献で読んだだけですよ」と前置きをする。うんうん。
「五大英雄の紋章には、勇者の紋章を解放する力があるとされています。また、聖武器と同様に聖防具……身を守るものですね。それらも精製できるとのことです。おそらく、聖武器と同じ要領で紋章から取り出せるものなのではないでしょうか? あとは先程も申し上げた通り、ありとあらゆる耐性がある……と」
「ふむふむ……。勇者の紋章を解放する、とは?」
「おそらく、国守が守る国に必ずある封印核とそれに纏わる文献の置いてある場所の封印を解く鍵となるのではないでしょうか。実はこの城の地下にその封印紋章があるのですが……そうだ、もしよければお仕事をしませんか?」
「お仕事?」
少し考えるそぶりをしてから顔を上げたセッカ先生は、とてもよいことを思いついたとばかりに微笑む。
伏せている目許にもどことなく嬉しそうな色が滲んでいて、目が合わずとも存外、人の感情は読み取れるものなのだな、と新たな発言に一人感心してしまう。
でもそれは、別にこの人の纏う雰囲気も関係しているのかも。
「はい。この城の地下には五大英雄と勇者が、厄災魔王を封じるべく施した封印核に関する文献が封じてあるのです。この封印は五大英雄の紋章でしか解くことはできないと言われています。いかがでしょう? その封印を解いていただけたら、お礼をお渡しします」
「その封印は解いても大丈夫なものなのか?」
五大英雄と勇者が封じたものということは、それなりにまずいものでもあるのでは?
一応騎士団で生活をしていたので、疑いたくはないが警戒はしてしまう。
セッカ先生からはまったくその……人を騙そうという感じはしないし、胸の紋章も悪意のようなものを感じ取ることはないが、一応。
「なくても問題はない――と、思います。が、永久凍国土を調べる上でどうしても必要になると思います」
「どういうことだろうか?」
「実は永久凍国土の探索が進まない理由の一つに、五大英雄と勇者の封印が各所に柱という形で建っていることがあるのです。それについて調べたいのですが、触れてよいものなのか悪いものなのかの判断がつきません」
そして、どうやらそのあたりのことが記載されている資料が、同じ封印により城の地下の資料室に封じられているらしい。
永久凍国土に厄災魔王の封印核があるのはほぼほぼ間違いはないものの、同時にこの寒波の原因も永久凍国土にあるのではないかと推察されている。
そもそも、この土地――元ヴォルティスキー王国のあったこの地が町一つにまで衰退してしまったことや、隣国マットレーアス国から口減らしに人が流れてくるようになった理由も強烈で終わりのない寒波のせい。
約五十年ほど前から始まった寒波により、人が住める状態ではなくなったという。
魔石道具があるのに? と思ったが、侵食する寒波は魔石道具の魔力はもちろん、人間の魔力すら吸い上げてしまうのだとか。
それはもう、ただの寒波ではない。
「間違いなく、厄災魔王の影響と思われます。影響が大きくなっているということは、封印自体が緩んでいるかあるいは弱まっている可能性があるということ。ならばそれを補修すれば、この大寒波は治るのではないか? この大寒波が治れば、マットレーアス国から口減らしに人が流れてくることもなくなるのでは? 生まれて一度も青空を見たことのない、アイストロフィの子どもたちに……澄み渡った青空を見せてあげることができるのでは? そう思うのです。と言っても、私自身、幼少期に数回見たことがある程度ですから、青空がどんなものなのか覚えていないのですが」
「空が……青空が見られないのか?」
思わず温室のガラス張りの天井を見上げてしまう。
雪の舞う分厚く灰色の雲。
そういえばずっと雪が降っていて、アイストロフィの近くに来てから空を見ていない気がする。




