新生活に向けて(3)
「古代魔法を付与した腕輪で腕と手を動かしています。足は――まあ、車椅子の方が効率がいいので自分で歩く必要はないかな、と」
「セッカ先生は、どうしてそんなに古代魔法に詳しいのだ? 教会では古代魔法の研究を遅々として進まぬものだと言っていたが」
「教会が……?」
また怪訝な顔をされる。
その顔を見て私も教会に対して不信感が沸々と湧き上がってきた。
必要な情報を出さず、古代魔法の研究は遅々として進まず、国守の役目を癒しと守りに特化して魔物を倒すことは不得手な聖女に据え替える。
もちろん、聖女も立派な五大英雄の一人だが……。
「どういうことなのでしょう? 世界全体の教会がそうなのでしょうか?」
「具体的に古代魔法の使い方は、そのー……私にも教えてもらえるのだろうか?」
「可能ですよ。というか、古代魔法は魔石に紋章を刻み、その周りに魔法陣を刻み込むものなのです」
「ほう……!」
思わず前のめりになって聞いてしまう。
本当に古代魔法を教えてもらえる!?
私でも使えるということか!
「魔石を使うのか」
「はい。ですがもっと効率のよい使い方があったそうですね。五大英雄の時代魔法は、体に直接刻み込んで無詠唱で使用ができたそうで」
「体に直接!?」
現在の魔法は、杖、または剣の先端に魔力を込めて魔法陣を描き、魔法陣の効果を詠唱という形で使用者の属性魔力を注ぎ込み完成させる。
時間はかかるが安定的で、威力も均一。
対して古代魔法は魔石または術士の体に紋章と魔法陣を刻み込み、直接魔力を使用して魔法を完成させるため非常に威力が高い。
しかし、紋章と魔法陣を刻んだ魔石は再利用ができないし、紋章と魔法陣を刻んだ体は新しい魔法を刻む場所がなくなるほど刺青まみれになる。
魔法術士の体は紋章と魔法陣まみれになり、普通に怖い。
婚期が遅れ、怯えられるようになる。
「教会が古代魔法の研究を急いでいないのは、もしかしたら貴族の婚期を案じてのことではないでしょうか。当時の文献には顔や耳、足の裏側まで紋章と魔法陣が刻まれて、子どもが泣き出すほど怖かったそうですよ」
「それは……怖いな……」
それは現代で衰退したのも頷ける。
魔石に刻むタイプも再利用が不可能という点が非常にネックだ。
現代の魔石は魔法を付与して、効果が切れたら別の魔法を付与して再利用するのが一般的。
魔石に紋章と魔法陣を刻んだものは、魔石の魔力を空にしてしまう。
魔石に魔力を注いでも、完全回復することはなく砕けてしまうらしい。
「そういった理由から、現代では推奨できない。だから古代魔法については、秘匿されているのかもしれませんね」
「この町ではその古代魔法が使われているのだよな? 確か、壁とか……」
「はい。ですが私が使っている腕輪と同じく、外壁に施している古代魔法は新しく開発した自然魔力を取り込み半永久的に稼働可能な術式。まだそれに伴う自然魔力への影響は計測中ではありますが、これが上手くいくようであれば私のような『持たぬ者』でも生きていける世の中になると思います」
「セッカ先生が開発したのか!? その魔法術式は」
「はい。古代では叶わなかった術式が現代にはあり、それを統合することで新しい術式に仕上げました。ただ、新しいからこそ世界に対する影響が未知数。安全性が確立してからでなければ、誰かに売ったり勧めることはできないでしょう?」
あんぐりとしてしまった。
便利なもの、すごいものを開発したら、すぐに売り出したり自慢したりするものだと思っていたから。
もしかして、私の周りの人間がそういう奴らばかりだった……?
ちゃんと検証して、安全性を確認するのが他の国の普通……?
「だが、その新しい古代魔法……いや、新型魔法の安全性が確立されたら世界はとても便利で安全になるのだな」
「そうですね」
「あなたのような『持たぬ者』も、普通の生活ができる」
「ええ」
そうか、この人は自分のような『持たぬ者』を救うために、生きる術を発明したのか。
すごい人だな。
心から尊敬できる。
「そもそも、『持たぬ者』は五体不満足であり魔力を持たぬ存在として生まれてくるように、厄災魔王が呪いをかけているから生まれてくるのだそうです」
「え!? 魔王の、呪い!?」
「五代目の賢者により解明されました。『持たぬ者』という呪いにかかった赤子は短命で、周囲の優しさにより殺される。魔王は殺された『持たぬ者』の命を啜り、厄災魔物を産み出すといいます」
「え!? ええ!?」
ちょ、なん……っ!?
情報量が、情報量が多い……!
「だから私は意地でも死なないことにしたのです。一日でも長く生きて、厄災魔王の思惑を阻みたい」
「だが五代目の賢者というと……二百年も前に解明されているということでは? それなのに現在でも『持たぬ者』は……その……慈悲によって勇者の導きの下、神の国へ向かわせられている。なぜ、そんなことに……?」
「それもわかりませんね。少なくともアイストロフィの教会に残された文献にはそう書かれていました。他国では……もしかしたら違うのかもしれません」
そんなことが……そんなことがあるのか?
意図的に隠されてあるようにしか聞こえない。
教会はなぜ、そんな大事なことを秘匿している?
魔王を強くすることになりかねないのであれば、『持たぬ者』をむやみやたらに神の御許に送る必要はないのでは?
「教会はなぜ『持たぬ者』を保護しないのだ?」
「単純に“手間”なのでしょう。介護が必要なので。生きているだけでお金もかかりますしね」
「手間と費用の問題、ということか……」
ぐうの音も出ない現実。
まったく動けない、生産性もない人間一人を世話して養うくらいなら……ということなのか。
確かに、子どもでさえ労働力として使う国々にとって労働力にならない『持たぬ者』は神の御許に送った方が良いと思われるのも無理のないこと。
そのあたりは厳しいからな。




