第8話:見えざる圧力
アレクシス達は、町の衛兵の庁舎へと向かう。年配の衛兵長は、アレクシスの顔を見るなり、あからさまに億劫そうな態度で応じた。
「例の件なら、神託の通り神罰で決着済みです。王都の騎士様がお調べになるようなことは、何も」
衛兵長が紋切り型の言葉を並べる中、アレクシスの視線は、彼の背後で記録簿をめくっていた若い衛兵の、不自然なほどこわばった指先を捉えていた。その指が、記録簿のある一点を、ほんの一瞬だけ、強く押さえたのを、彼は見逃さなかった。
「…そうですか。では、この記録簿の閲覧を許可願いたい」
「ですから、何も…」
「許可を」
アレクシスの有無を言わさぬ声に、衛兵長は渋々道を譲った。アレクシスは、先ほど若い衛兵が触れた箇所を開く。そこには、被害者の所持品リストの末尾に、他の項目とは違うインクで「――古い狩猟小屋の鍵、一つ」とだけ、走り書きのように記されていた。
アレクシスが顔を上げると、若い衛兵は怯えきった顔で、必死に彼から視線を逸らしていた。これ以上は望めない。だが、予想外の小さな収穫だった。
「隊長、今の…」
兵舎を出ると、ベンが興奮気味に囁いた。
「ああ。全員が思考停止しているわけではないらしい」
次に、アレクシスはベンに一つの指示を与えた。
「お前のやり方で、この『狩猟小屋』について探れ。所有者、場所、どんな噂があるか。私は別の方面を当たる」
「了解です!」
ベンは水を得た魚のように、人々の集まる酒場へと消えていった。だが、一時間後、彼はすっかり意気消沈して戻ってきた。
「駄目です、隊長。王都の訛りで話しかけた途端、蜘蛛の子を散らすように避けられちまう。スラムじゃ顔役だった俺も、ここではただの『余所者』でしかない。なんていうか、空気が違うんです。王都の危険は剥き出しで分かりやすい。でも、ここの静けさは、内側から腐っていくような…気味が悪い」
ベンがそう報告した時だった。彼の視線が、ふとアレクシスの背後に向けられ、険しくなる。
「…隊長。さっきから、妙な感じがするんです」
「どうした」
「あの角のパン屋。俺たちが兵舎を出た時から、ずっとあそこにいる。さっき俺が酒場に行った時も、向かいの通りにいやがった。偶然にしちゃ、重なりすぎだ」
ベンのストリートスマートが、見えないはずの脅威を可視化する。アレクシスがそちらに目を向けた、まさにその時、宿屋の前に一台の馬車が静かに停まった。降りてきたのは、ヴァルハイム公爵家の執事だった。
執事は、まるで彼らの会話が聞こえていたかのようなタイミングで、深々と頭を下げた。
「クライスト様。旦那様からの伝言でございます。『領内の民を、いたずらに不安がらせるような行為は慎んでいただきたい。調査は、くれぐれも穏便に』と」
丁寧な言葉。だが、その背後で、先ほどベンが指摘した男が、物陰にすっと姿を消した。もはや疑う余地はない。これは警告であり、監視の表明だ。公爵の圧力は、想像以上に具体的で、執拗だった。
公式ルートは閉ざされ、非公式な調査も壁にぶつかる。そして、一挙手一投足は監視されている。
アレクシスは、この土地全体が、巨大な蜘蛛の巣と化していることを悟った。限界は近い。
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