第25話:新たなる対峙
事件後、王宮の長い回廊を歩いていたアレクシスは、前方から静かに歩み寄ってくる人影に、思わず足を止めた。
磨き上げられた大理石の床に影を落とす、壮麗な祭服。その胸元で、純金の大司教十字が冷たい光を放っている。
マクシミリアン大司教。その慈愛に満ちた笑みとは裏腹に、瞳の奥には、全てを見透かすかのような、底知れない静謐さが広がっていた。彼は、まるで旧知の友人に会ったかのように、穏やかにアレクシスに語りかける。
「若き騎士よ。汝の正義は、美しい。一点の曇りもなく、ただひたすらに、目の前の真実を追い求める。その輝きは、何物にも代えがたい」
その言葉には、賞賛と共に、若さへの憐れみのような響きがあった。
「だが、知るべきだ。その正義が、時として、より大きな神の秩序を乱す毒となることを。我々は、一人一人の罪ではなく、全ての魂の救済を考えているのです。そのためには、時に、民が理解できぬ真実を、神の御業という名の物語で包み、導かねばならぬ時もある」
それは、彼の揺るぎない信念と、そして、冷徹なまでの「論理」の表明だった。
個別の真実よりも、全体の秩序。一人の命よりも、全ての魂の救済。
アレクシスは、その巨大な思想の壁を前に、言葉を失った。これは、善悪ではない。あまりにも違う、世界の捉え方の問題だった。
その時、アレクシスの隣に、リンネが音もなく立っていた。
彼女は、大司教を一瞥すると、何の感情も示さなかった。彼の語る壮大な秩序も、魂の救済も、彼女にとっては、検証不可能な仮説に過ぎない。
彼女は、ただ、隣に立つ騎士に向き直ると、静かに告げた。
「次なる研究の時間ですわ、騎士殿」
その声に、アレクシスは我に返った。そうだ。自分たちの武器は、大言壮語ではない。一つ一つの、地道な事実の積み重ねだ。
マクシミリアン大司教は、二人の間に流れる、自分とは異質な、しかし、確かな絆を一瞥すると、ただ、その慈愛に満ちた笑みを深くしただけだった。
アレクシスとリンネ。そして、マクシミリアン大司教。
二つの正義と、二つの論理。
その間には、決して埋まることのない思想の断絶が、深く、静かに横たわっていた。
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