第24話:告解
ガラス瓶の中の、小さな骸。
それが、院長の信仰を、彼の世界を、彼の全てを支えていた最後の柱を、完全に粉砕した。
その場に立っていることさえできなくなったかのように、彼の体から力が抜け、がくり、と膝が折れる。彼は、床に両手をつき、ゆっくりと崩れ落ちた。もはや、その瞳に、かつての狂信的な光も、憐れみの色も残ってはいない。ただ、子供のように、目の前の現実を理解できずに彷徨う、深い絶望だけがあった。
「…救い…たかった…」
床の冷たい石を見つめたまま、彼の唇から、嗚咽と共に言葉が漏れ始めた。それは、アレクシスへの弁明ではなかった。彼が信じた神と、そして、彼がその手で死に追いやった、声なき魂たちへ向けた、あまりにも遅い告解だった。
「彼らは…貧しさの中で、神を信じる心を、失いかけていた…。だから、神の罰が下ったのだと…。そう、思ったのだ…。ならばせめて、その魂だけでも、この祈りで…この奇跡の煙で、救わねばと…!」
彼の告解を、第三病棟に満ちるランプの煤の匂いだけが、静かに聞いていた。やがて、古参のシスターの一人が、堪えきれずにその場に泣き崩れる。その嗚咽が、伝染するかのように、あちこちからすすり泣く声が聞こえ始めた。それは、院長への同情か、亡くなった人々への哀悼か、あるいは、自らの信じていたものが崩れ去ったことへの、悲嘆だったのか。
事件は、院長の逮捕と、錬金術師の王宮による保護という形で、静かな収束を見た。抵抗することもなく、ただ虚空を見つめたまま連行される院長の姿は、聖職者ではなく、魂を失ったただの抜け殻のようだった。
施療院を後にするアレクシスの胸には、勝利感など微塵もなかった。
彼は、王都の空に聳え立つ、大聖堂の尖塔を、冷たい怒りを宿した目で見つめた。マクシミリアン大司教。彼がこの事件を画策したわけではないだろう。だが、彼はこの悲劇を知りながら、教会の権威という「秩序」を守るために、それを「神罰」として定義し、黙認した。
その時、アレクシスは、ある根本的な問いに突き当たっていた。
そもそも、この場所に、初めから「法の正義」が通用する余地などあったのだろうか。法の刃は、人の体を裁くことはできても、その心に根を張る狂信や、それを育む巨大な信仰そのものを、断罪することはできない。
アレクシスは、やり場のない無力感に、唇を固く噛み締めた。
その横顔を、リンネは静かに見つめていた。そして、ぽつりと、まるで観察記録を読み上げるかのように、静かに告げた。
「善意が、常に善い結果を生むとは限らない。それもまた、観察すべき、一つの現象ですわ」
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