第21話:第一の証明:原因
静まり返る、第三病棟。
アレクシスの命令によって集められた職員たちは、壁際に沿って立ち尽くしていた。ランプの光が揺れ、不安げな互いの顔を頼りなく照らし出す。誰もが、これから何が始まるのか分からぬまま、恐怖と猜疑に満ちた視線を、部屋の中央に立つ三人に注いでいた。
その輪の中心で、院長は、背筋を伸ばし、静かに腕を組んでいた。その顔に、罪人のような怯えはない。むしろ、自らの聖域を土足で踏み荒らす者たちに対する、冷たい怒りと、憐れみさえ浮かべている。やがて、彼は、静かに口を開いた。声は、穏やかでさえあった。
「クライスト卿、何のつもりです。このような冒涜的な行い…これは神罰なのですぞ。人の手で覆せるものではありません」
その言葉を待っていたかのように、アレクシスが静かに一歩前に出た。そして、彼の背後から、死人のように蒼白な顔をした老人が、震える足で歩み出る。錬金術師だった。
「…院長様」
老人の、か細い声が響く。その姿を認めた院長の眉が、初めて僅かにひそめられた。
「わ、私は…院長様のご依頼で…あの日々使う祈りのための香を、調合しておりました…」
錬金術師は、絞り出すような声で、自らの関与を告白した。
院長の表情に、変化はなかった。彼は、罪を告白する老人を、ただ静かに見つめている。やがて、その視線をアレクシスへと移すと、まるで出来の悪い子供に道理を説いて聞かせるかのように、落ち着き払った声で言った。
「そうだ。私が彼に頼んだ。それが何か?」
院長は、ゆっくりと続ける。その声には、一片の動揺もなかった。
「苦しむ魂を救うために、聖なる祈りを捧げること。それは、神に仕える者として当然の務めだ。その行いが、どうして罪になるというのか」
彼の常識の中では、信心から発した善行が、悪しき結果を生むことなど、ありえないのだ。
その揺るぎない態度に、壁際に固まっていたシスターや職員たちの間に、安堵にも似たどよめきが走った。恐怖に満ちていた彼らの瞳が、今や院長への絶対的な信頼と、アレクシスたちへの敵意に染まっていく。
「院長様は、我々のために…」
古参のシスターが、祈るように胸の前で手を組み、涙ながらに呟く。
「そうだ、院長様は、悪くない…!」
その声に呼応するように、何人もの職員が頷き、アレクシスたちを睨みつけた。
その敵意の視線は、告白した錬金術師にも突き刺さる。彼は、院長の揺るぎない横顔と、自分を罪人として睨みつける職員たちの顔を、茫然と見比べた。何かを言おうとして、その口が意味のない形にかすかに開閉するが、声にはならない。彼の視線は、もはや院長も職員たちも捉えておらず、ただ、自らが引き起こしてしまった惨劇の大きさと、決して届かぬ真実の重さだけを映すかのように、虚ろに宙を彷徨った。
告発されるべき男が、その揺るぎない信仰心によって、悲劇の聖者のように見え始めている。
異質な熱気が、第三病棟を支配していた。アレクシスの第一の証明は、彼の常識と、彼を信じる者たちの前では、意味をなさなかった。
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