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第19話:錬金術師の善意

実験によって、事件の「HOWいかにして」は完全に解明された。

残るは、真相を証明するための「証人」。その人物を求め、アレクシスは、帳簿に記された取引相手の元へと向かった。


王都の裏路地、鞣し革の匂いと得体の知れない薬品の匂いが混じり合う一角に、その工房はあった。扉を開けると、硝酸と硫黄の混じった独特の刺激臭が鼻をつく。薄暗い空間に、おびただしい数のガラス器具や鉱石、古文書の山が所狭しと並び、天井からは乾燥させた薬草の束がいくつも吊るされていた。初老の錬金術師は、アレクシスの姿を認めるなり、研究を邪魔されたことへの不快感をあからさまに顔に浮かべ、頑なな沈黙を貫いた。


アレクシスは、まず、貴族としての威圧感を静かに放った。

「クライスト家の者だ。施療院の院長とお前が取引した、特殊な薬草について、話を聞きに来た」

老人は肩を震わせたが、それでも口を開こうとはしない。


次に、アレクシスは、騎士としての鋭い尋問術に切り替えた。

「施療院で、原因不明の連続死が起きていることは知っているな? 我々の調査で、お前が納品した『静寂の月桂葉』、その煙が原因であることが判明した。これは、単なる取引ではない。大量殺人への加担だ」


その言葉に、老人の顔に侮蔑の色が浮かんだ。

「馬鹿な!儂の調合に間違いなどあるものか!儂は、あの方の、あの曇りのない瞳を信じただけだ!あんな風に、他人のために涙を流せる人間を、儂は見たことがなかった…!」


老人のプライドに満ちた叫びを、アレクシスは冷徹な事実で切り捨てる。

「お前の感想は聞いていない。事実を話している。お前が調合したその薬草の煙が、施療院の壁――この地方の特定の石灰岩を使った、アルカリ性の漆喰――に触れた時、人が死ぬ」


「…アルカリ性、だと…?」

錬金術師の顔から、血の気が引いていく。専門家としての彼の頭脳が、その恐るべき可能性を、彼の意志に反して勝手に探り始めてしまう。

「まさか…月桂葉の精油成分が、熱分解され、気化し、石灰のアルカリ性と結合して…?いや、だが、そのためには…」

ぶつぶつと呟く彼の額に、脂汗が浮かぶ。


そして、彼自身の知識が、その悍ましい化学反応式を「ありうる」と証明してしまった瞬間、彼の精神は、音を立てて崩壊した。

外部からの告発ではない。自らの知性によって、己の罪を自覚させられたのだ。


「ああ…あああ…」

錬金術師は、意味のない呻き声を漏らし、持っていた乳鉢を床に落とした。陶器が割れる甲高い音が、静かな工房に響き渡る。彼は、そのまま椅子から崩れ落ち、わなわなと震える手で顔を覆った。

自らの探求心と、人を信じる心が、おびただしい数の死を招いた。その残酷な事実が、彼の精神を完全に打ち砕いた。


「…協力を、お願いします」

アレクシスの静かな声に、老人は、もはや抵抗する力も残っていなかった。彼は、涙と鼻水に濡れた顔で、何度も、何度も、小さく頷いた。

事件の真相を証明するための、最後の証人が、確保された。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

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