第16話:騎士の決断
法か、個人か。
王への忠誠か、己の信義か。
拠点に戻ったアレクシスの葛藤は、頂点に達していた。
教会への強引な介入は、国王の立場を危うくする。それは、王国そのものを揺るがしかねない禁じ手だ。騎士として、王の剣として、決して踏み越えてはならない一線。理性が、そう強く警告する。
だが、脳裏に浮かぶのは、あの暗く冷たい地下牢の光景と、そこに囚われているであろうリンネの姿。彼女を危険に晒し続けることは、彼自身の理性と、そして、自覚しかけているこの個人的な感情が、断じて許さなかった。
どれほどの時間が経っただろうか。
窓の外が、インクを注いだような闇に沈んだ頃、アレクシスは、ふと動きを止めた。
その鋼色の瞳に、迷いはもうなかった。
彼は、音もなく立ち上がると、自らの体に馴染んだ、銀と青の騎士団の制服を脱ぎ捨てた。国王への忠誠の証である、その美しい制服を丁寧に畳むと、代わりに、闇に溶け込むような、黒衣をその身に纏った。
これは、王命ではない。
特務捜査課隊長、アレクシス・フォン・クライストとしての公務でもない。
ただ、一人の男としての、彼個人の決断だった。
施療院の周囲を囲む高い石壁も、闇に紛れた彼の前では、意味をなさなかった。軍で培った潜入技術が、彼を音もなく内部へと導く。
警備にあたる神官たちの配置は、昼間のうちに把握済みだ。
物陰から現れた最初の見張りを、背後から音もなく絞め落とす。二人目の喉元に、手刀を的確に叩き込み、意識を刈り取る。それは、騎士の戦い方ではなかった。ただ、目的を遂行するためだけの、冷徹な戦闘術。
彼の進路上に立ちはだかる者は、誰一人として、警鐘を鳴らすことさえできずに闇へと沈んでいく。
やがて、彼は目的の場所へと到達した。
地下牢へと続く、冷たい石の階段。その最下層にある、一つの重い鉄の扉。
その向こうに、彼女はいる。
アレクシスは、静かに錠前へと手を伸ばした。
夜の静寂だけが、彼の共犯者だった。
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