第15話:王の沈黙
私情を抑えつけ、騎士としての理性に全てを委ねる。アレクシスが下した決断は、法に則った、最も正当なものだった。
彼は、王宮に駆けつけると、国王アルフレッド三世への緊急の謁見を求めた。
玉座の間に通されたアレクシスは、王の前に跪き、事の次第を簡潔に、しかし、一言一句の重みを込めて報告した。
「――陛下。王命により、特務捜査課・特別顧問の任にあるリンネ・フォン・ヴァルハイムが、教会直営の施療院にて、不当に拘束されました。これは、王権に対する明確な挑戦と見なすべきです。彼女を救い出し、院長を法の下に裁くため、陛下の裁可を賜りたく…」
だが、玉座に座す国王の返答は、苦渋に満ちた、沈黙だった。
やがて、アルフレッド三世は、まるで己の無力さを噛み締めるかのように、重い口を開いた。
「…今は、動けぬ」
その一言は、アレクシスの希望を打ち砕くには、あまりにも十分すぎた。
国王は、苦々しく顔を歪め、言葉を続ける。
「マクシミリアン大司教が率いる、教会保守派の圧力は、もはや余の手ですら、容易に動かせぬほどに強大になっておる。今、下手に動けば、王権と教会の全面対決は避けられぬ。王国が、二つに割れかねんのだ…」
法の正義が、政治という巨大な壁に阻まれる現実。
国王の言葉は、冷徹な事実として、アレクシスの胸に突き刺さった。正義を貫こうとすれば、国が乱れる。だが、沈黙すれば、不当な暴力と、一人の臣下を見捨てることになる。
「…アレクシスよ。そなたの忠義も、焦りも、痛いほど分かる。だが、待て。今は、その時ではない…」
謁見を終え、壮麗な王宮の廊下を歩くアレクシスの足取りは、重かった。
彼は、己の無力さを痛感していた。 王の唯一の「切り札」であるはずの自分が、この状況を打開する、いかなる有効な一手も持っていない。
法も、王命も、この巨大な壁の前では、あまりに無力だった。
彼は、完全に孤立無援の状況に追い込まれた。
リンネは、今もあの暗い地下牢で、一人、救けを待っている。
その事実だけが、アレクシスの心に、鉛のように重くのしかかっていた。
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