第13話:異端者の監禁
「――やはりあなたでしたか、神の庭を荒らす毒蛇は」
ランプの光が、院長の顔を不気味に照らし出す。その目に浮かぶのは、リンネが初めて見る、剥き出しの憎悪と、自らを正義と信じて疑わない者の狂信的な光だった。
「神の御業に疑いを差し向け、我らの秩序を乱す異端者め」
院長は、床に押さえつけられたリンネを、まるで汚物でも見るかのように見下した。彼の目には、貧しい人々を救おうとする自分たちの「善意」を、土足で踏みにじる悪魔のようにリンネが映っていた。科学という名の冒涜で、この聖なる地を穢そうとする、許されざる存在だと。
「この者を、地下の懲罰房へ。神の裁きが下るまで、誰とも言葉を交わすことを許さん」
院長の冷たい命令一下、職員たちはリンネの腕を荒々しく掴み、闇の中を引きずっていく。彼女は、抵抗しなかった。ただ、その紫水晶の瞳で、院長の顔を、職員たちの顔を、そして、地下へと続く石の階段の、その一段一段の形状までを、冷静に記憶に刻みつけていた。
鉄格子が閉まる、重く、絶望的な音が響く。リンネは、完全な暗闇と静寂の中に、ただ一人取り残された。
その報せがアレクシスの元に届いたのは、彼が王宮での報告を終え、拠点に戻った直後のことだった。
部屋に入るなり、リンネの不在に気づき、胸に走った予感の悪さ。それを裏付けるように、情報屋のベンが、血相を変えて駆け込んできたのだ。
「隊長…! リンネ様が…施療院の連中に捕まりやした! 院長の差し金で、地下牢に監禁された、と…!」
その言葉を聞いた瞬間、アレクシスの全身の血が、一度凍りつき、そして、次の瞬間には沸騰するかのようだった。
彼の脳裏で、二つの思考が激しく衝突する。
騎士としての、公的な立場。教会が管轄する施設で、不法侵入を試みたリンネを、法の正義の下でどう救出するか。下手に動けば、王権と教会の全面対決になりかねない。国王の信頼を裏切るわけにはいかない。冷静であれ、と理性が叫ぶ。
だが、同時に、私的な感情が、その理性を焼き切ろうとしていた。
あの、異質で、危険で、そして、誰よりも目が離せない少女が、今、一人で冷たい地下牢にいる。あの狂信的な院長に、何をされるか分からない。
今すぐ、ただ一人でも乗り込み、力ずくで彼女を奪還したい。そう叫ぶ、胸の奥底からの衝動。
アレクシスは、固く握りしめた拳が、己の爪で血が滲むほどに白くなっていることに、気づいていなかった。
彼は、騎士としての使命と、リンネ個人を案じる感情の狭間で、身動きが取れず、激しく葛藤していた。
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