第12話:仕掛けられた罠
霧の中を歩むような焦燥感が、リンネの冷静さを少しずつ侵食していく。
このままでは埒が明かない。アレクシスは法の番人として、表立って非合法な手段は取れない。ならば、動けるのは自分だけだ。
その夜、アレクシスが王宮での報告と指示を仰ぐため、拠点を不在にしている僅かな時間。リンネは、ただ一人、行動を開始することを決意した。
目的は、院長が固く閉ざした薬草庫への単独潜入。危険は承知の上だった。だが、彼女の探求心と、これ以上犠牲者を出すわけにはいかないという静かな使命感が、その危険を上回っていた。
彼女は、昼間のうちに観察しておいた警備の交代の隙を突き、音もなく部屋を抜け出した。
施療院の廊下は、月の光も届かぬ、深い闇に沈んでいる。時折聞こえる患者の呻き声と、己の衣擦れの音だけが、やけに大きく響いた。
薬草庫のある裏手の倉庫にたどり着いたリンネは、息を潜めて周囲を窺う。人の気配はない。
彼女は懐から、髪飾りを一本引き抜いた。その先端は、彼女自身の手で、あらゆる錠に対応できるよう、ヤスリで微細な凹凸がつけられている。
冷たい鉄の感触。鍵穴の中で、金属の先端が神経を研ぎ澄ませて内部の構造を探っていく。やがて、カチリ、というごく小さな手応えと共に、錠が開いた。
(…かかった)
リンネは、慎重に扉を押し開ける。
その瞬間、彼女は自らの過ちに気づいた。
扉の向こうに広がっていたのは、薬草の匂いではなかった。待ち構えていた、屈強な職員たちの、獣のような呼気と体臭。
リンネが扉を開けると同時に、複数の腕が、まるで蜘蛛の巣のように彼女の体に絡みつき、有無を言わさず床に押さえつけた。
抵抗は、しなかった。
床に組み伏せられながらも、リンネの紫水晶の瞳は、冷静に状況を観察していた。
(…職員が、三人。いずれも、院長に忠実な者たち。罠…最初から、わたくしの動きは読まれていた、と)
闇の奥から、ゆっくりと一つの人影が現れる。
ランプの光に照らし出されたのは、静かな、しかし、勝利を確信した笑みを浮かべる、院長の顔だった。
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