第9話:剣と十字架
院長の報告が上がったのか、あるいは、アレクシスの存在そのものが、この聖域を統べる者の注意を引いたのか。
数日後、彼の元を、一人の青年神官が訪れた。
輝くような金髪に、澄んだ青い瞳。純白の祭服の上に、教会の紋章が刻まれた銀の胸当てを身に着けている。その立ち姿には、神に仕える者の静謐さと、鍛え上げられた騎士の隙のなさが、奇妙な均衡で同居していた。
神官騎士、テオドール。教会が設立した騎士修道会の若きエースであり、アレクシスにとっては、忘れえぬ好敵手だった。
「――クライスト卿、久しいな。君がこのような場所にいるとは」
穏やかな、しかし、探るようなテオドールの声に、アレクシスの脳裏に数年前の光景が蘇る。
王都の大聖堂で行われた、王国騎士団と騎士修道会の合同叙勲式。その年の首席騎士の座を、二人は最後まで競い合った。
実技――すなわち剣の腕では、アレクシスが首席となった。
だが、神学と教義――すなわち十字架への理解では、テオドールが首席となった。
互いの剣技を、そして互いの信念を、二人はあの時から認め合っていた。
「テオドール卿。君こそ、大聖堂にいるべき男かと思っていたが」
アレクシスは、警備員の詰め所の粗末な椅子に腰かけたまま、静かに応じた。
テオドールは、悲しむように僅かに眉を寄せると、ゆっくりと口を開いた。その声には、敵意や圧力ではなく、かつてのライバルに対する、心からの「憂慮」が滲んでいた。
「君の剣が王に仕えるように、私の剣は神に仕える。それは、国を支える二本の柱だと、今も信じている」
彼は、アレクシスの鋼色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だからこそ、問わせてほしい、クライスト卿。神が下された裁きを、人の手で覆そうとすることは、かえって民の心を惑わせ、より大きな混乱を招くのではないか。我らが救うべきは、一人の死の真相か、それとも、神罰に怯える、全ての民の魂の平穏か」
それは、尋問ではなかった。
同じ「国を思う者」として、純粋な信仰の論理で、アレクシスを説得しようとする、誠実な試みだった。
アレクシスは、目の前の男が、腐敗した教会の尖兵などではないことを、痛いほど理解した。彼は、自らが信じる正義のために、ここに立っている。
そして、その正義は、アレクシスの正義とは、決して交わることがない。
二人の間に、冷たく、重い沈黙が落ちた。
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