第17話:『告白』
秘密の庭園に、重い沈黙が落ちていた。
アレクシスは、ぬかるみに残された、あまりに鮮明な二つの足跡から、目を逸らすことができなかった。一つは被害者のもの。そして、もう一つは、この城の主、リンネの父、ヴァルハイム公爵その人のもの。
「…データは、揃いましたわね」
最初に沈黙を破ったのは、リンネだった。その声は、父が殺人犯であるという、およそ信じがたい事実を前にしても、なお、感情の揺らぎを感じさせなかった。
「帰城しますわ、騎士殿。最後の『検証』を、始めましょう」
公爵の書斎は、まるで罪人を裁くための法廷のような、冷たい空気に満ちていた。
アレクシスは、机の上に、秘密の庭園で採取した、月光草の調合痕が残る石を置いた。
「公爵閣下。言い逃れは、もはや通用しません」
アレクシスは、リンネの仮説と自らの捜査結果を組み合わせ、一分の隙もない論理で公爵を追い詰めていく。
「あなたは、この秘密の庭園で商人ガイガーと会い、月光草を調合し、彼を毒殺した。現場には、あなたのものと断定できる、明確な足跡が残されています。一体、何のために…」
公爵は、固く目を閉じていた。だが、やがて、諦めたように、重い重いため息をつくと、その唇を開いた。その告白は、アレクシスの予想を、遥かに絶するものだった。
「…いかにも。私が、ガイガーを殺した」
彼は、罪を認めた。だが、その瞳には、反省の色ではなく、深い絶望と苦悩が浮かんでいた。
「だが、騎士殿。君は、私がなぜ、家の名誉を汚してまで、あのような男を手にかけねばならなかったか、その理由を知らぬ」
公爵は、震える声で語り始めた。
「数日前、跡継ぎである息子、アルブレヒトが、原因不明の発作で倒れた。神官の診断は『過労』。だが、それは嘘だ。アルブレヒトは、何者かに毒を盛られたのだ。…そして、その毒を盛った犯人は…」
公爵は、一度言葉を切り、絞り出すように言った。
「…私の娘、アルブレヒトの実の姉、エレオノーラだったのだ」
書斎が、再び沈黙に支配された。リンネの肩が、微かに震えたのを、アレクシスは見逃さなかった。
「あの男、ガイガーは、教会の密偵として、我が家の内情を探っていた。そして、エレオノーラの凶行を、偶然、知ってしまったのだ。…彼は、その事実を盾に、私を脅迫した。娘が息子を殺そうとした、などという醜聞が表に出れば、ヴァルハイム家は終わりだ。私は…家の名誉を守るため、あの男を葬るしかなかった」
それは、殺人犯の告白であると同時に、崩壊する家族を前に、ただ一人、苦悩を背負った父親の、悲痛な叫びでもあった。
アレクシスとリンネは、そのあまりにも重い告白を、動かぬ真実として、受け止めるしかなかった。
商人ガイガー殺害事件は、今、一応の解決を見た。だが、リンネの心には、父が殺人犯であったという衝撃と共に、姉の凶行の動機という、新たな謎が深く刻まれたのだった。
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