第10話:城下の噂と符合
宿屋の一室。テーブルの上には、アレクシスたちが手に入れた二つの物証が、重い沈黙を放っていた。『古い狩猟小屋の鍵』と、『謎の虫』が収められたガラス瓶。これらが、現状を打開するための全てだった。
「隊長、どうやら俺たちの動き、完全に読まれてます」
斥候から戻ったベンの表情は、いつになく険しいものだった。
「昨日までおしゃべりだった厨房の下女も、今日は俺の顔を見るなり真っ青になって逃げ出しやがった。城館の者には、塔のことについて厳重な箝口令が敷かれたようです。警備の兵士も、数は変わらねえが、前よりピリピリしてる」
公爵が、ついに守りを固めてきたのだ。彼らの自由な捜査を、断固として阻止する意志の現れだった。
「だが、変な『収穫』はありましたぜ」ベンは、声を潜めて続けた。「例の『虫めづる姫君』…これに関してもなぜか誰も話さなくなったんですよ」「ただ一人だけ、昔から姫君の世話をしてるっていう老婆が、震えながら一言だけ…。『姫様のお部屋からは、いつも、お薬とお酒の混ざったような、変な匂いがいたします』と。」
薬と酒の匂い。それは、病弱な令嬢のイメージとはかけ離れた、異様な生活感を匂わせていた。そして、なぜか、封鎖された事件とは無関係な筈の『姫君』の情報、これも異様だった。
「…噂を探る道は、閉ざされたか」
アレクシスは、静かに結論を下した。
彼は、テーブルの上で鈍い光を放つ、物証へと視線を移した。錆びついた、古い鍵。ベンが、その機転で手に入れた、確かな物理的証拠。
「ベン。公爵は、我々が噂を追うと読んで、そちらの守りを固めた。それは、大きな間違いだ」
「間違い、ですかい?」
「ああ。奴は、我々がすでに『答え』の半分を手にしていることに気づいていない」
アレクシスの指が、その古い鍵をそっと示した。
「情報封鎖が何を意味するのかは、まだ分からない。しかし、我々が、第一の犯行現場がどこかをほぼ特定できている以上、やるべきことは一つ。」
公爵が『噂』の守りを固めている今こそ、手薄になっているはずの『現場』を叩く好機だった。そこで決定的な物証を見つけさえすれば、公爵も王家の介入を無視できなくなる。
「今夜、あの狩猟小屋へ行く」
アレクシスの声に、ベンは息を呑んだ。それは、公爵の監視の目をかいくぐって行われる、危険な潜入調査を意味していた。
「へっ、面白くなってきやがった」
だが、ベンの口元には、すぐに不敵な笑みが浮かんだ。
「まずは鬼の寝床を拝見と行きますか」
二人の視線が、夜の闇の向こうにあるであろう、古い狩猟小屋へと向けられた。そこから、すべての謎が始まっている。
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