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第2章

 草原を抜けてたどり着いた街は、想像を遥かに超える活気に満ち溢れていた。


「うおー……マジかよ、ファンタジーじゃん」


 俺の口から、月並みな感想が漏れる。

 石畳で舗装された大通りを、多種多様な人々が行き交っている。


 屈強な鎧を着込んだ戦士、怪しげなローブを纏った魔術師、そして――。


「お、おい見ろよあれ……猫耳! マジもんの猫耳だぞ!」


 思わず指をさしてしまった先には、しなやかな尻尾を揺らしながら歩く獣人の少女。

 その隣では、尖った耳を持つエルフの美青年が、ドワーフらしき髭面の親父さんと何やら商談をしている。

 ファンタジー世界のテンプレを煮詰めてぶちまけたような光景に、俺のテンションは否応なく上がっていく。


 スパイスの香ばしい匂いと、革製品の独特な匂い。

 遠くから聞こえてくる、カンカンというリズミカルな鍛冶の音。

 何もかもが新鮮で、俺の心を躍らせる。


 さて、感動するのはこのくらいにしておこう。

 まずは情報収集と、当面の生活費の確保だ。

 こういう世界でやることといったら、相場は一つに決まっている。


「よし、目指すは冒険者ギルドだな」


 俺は辺りを見回し、ひときわ大きく、そして見るからに屈強な男女が出入りしている建物を発見した。

 巨大な剣のレリーフが掲げられた看板には、「ファンタジック・シティ冒険者ギルド」と書かれている。


 うん、分かりやすくて大変よろしい。


 ギギィ、と重々しい音を立てて樫の木の扉を開けると、むわっとした熱気と喧騒が俺を包み込んだ。

 汗と酒、そして興奮の匂いが入り混じった、男臭い空間。

 壁には様々なモンスターの頭部が剥製として飾られ、カウンターの向こうには依頼書らしき羊皮紙がびっしりと貼り出されている。


 これだよこれ! 俺が求めていた異世界は!


 俺は意気揚々と、一番奥にある受付カウンターへと向かった。


「すいませーん、冒険者登録したいんですけど」

「はい、ただいま……」


 カウンターの向こうから顔を上げたのは、そばかすがチャーミングなギルドの受付嬢。

 彼女が手続きの書類を用意しようとした、その時だった。


「失礼します。討伐の報告に参りました。見習い騎士のアリシア・ヴァルキリーです」


 凛とした、鈴を振るような声。

 その声に引かれて視線を向けると、そこに一人の少女が立っていた。


 太陽の光を編み込んだかのような、腰まで届く美しい金色の髪。

 強い意志を秘めた、どこまでも澄んだ碧眼。

 

 体にフィットした軽銀の鎧は、見習いとはいえ彼女が騎士であることを示している。

 立ち姿は一本の芯が通ったように美しく、気高ささえ感じさせた。


 だが、俺の目は、そんな彼女の顔や佇まいを通り越して、ある一点に吸い寄せられていた。


 鎧の腰当てと、脚部を守る具足グリーヴの間。

 そこに覗く、しなやかで健康的な、白い太もも。


 ――ゴクリ。


 俺は無意識に喉を鳴らした。


(うおおおおお! なんだあの脚は! あの太ももは! 鍛えられているのに、女性らしい柔らかな丸みを失っていない! 完璧だ! まさに黄金比! この生足に……もし、もしも俺の創造した漆黒のニーハイソックスを履かせることができたなら……! 白と黒のコントラストが生み出す至高の絶対領域……! 想像しただけで、興奮で鼻血が出そうだ……!)


 俺の脳内は、瞬時にしてニーハイソックスと絶対領域への妄想で埋め尽くされた。

 視線は完全に彼女の太ももに釘付けだ。

 じっとりとした、爬虫類のような視線だったかもしれない。


「あの……?」


 少女――アリシアが、訝しげな声を上げる。

 彼女の碧眼が、不快感を隠そうともせずに俺を捉えた。


「なぜ、そのような目で見るのですか? 私の脚に、何か?」

「何か、じゃない!」


 俺は勢いよく立ち上がっていた。カウンターにバンッ!と手をつき、荒い鼻息と共にアリシアに詰め寄る。

 ギルド内の喧騒が、一瞬だけ静かになった気がした。


「君! 君の脚は最高だ! まさに神が創りたもうた芸術品だ! お願いだ、ぜひ俺のニーハイソックスを履いてくれ!」

「は……?」


 アリシアの整った顔が、ぽかんとした表情で固まる。

 美しい碧眼が、俺の発言の意味を理解できずに彷徨っていた。

 周囲の冒険者たちも、何事かとこちらに注目し始めている。


 だが、俺の情熱は止まらない。


「分かるか!? 君のその白く輝く太ももに、俺の創る漆黒のニーハイが吸い付くようにフィットする! そしてその生地が、君の柔らかな肌に優しく、それでいて官能的に食い込む様子を想像するだけで……ああ、たまらない! もはやエクスタシーの領域だ!」

「は、はひぃ……!?」


 アリシアが、聞いたこともないような悲鳴を上げた。

 顔を真っ赤にして、じりじりと後ずさる。

 彼女の瞳には、困惑と、そして明らかな警戒の色が浮かんでいた。


 ギルド内が、さっきよりもはっきりとざわめき始める。


「おい、なんだ今の……」

「新手のナンパか?」

「いや、あれはもうちょっとヤバい領域のやつだろ……」


 ひそひそと交わされる会話が、俺の耳にも届く。

 特に、近くのテーブルで酒を飲んでいた、いかつい鎧姿の男たちの視線が痛い。


「おい、そこのお前。さっきから聞いてりゃ、見習い騎士様にセクハラか?」


 男性冒険者の一人が、椅子を蹴立てて立ち上がった。

 その手は、腰に提げた剣の柄に置かれている。

 完全に警戒モードだ。


「セクハラとは心外な! 俺はただ、絶対領域という神聖なる空間の素晴らしさを、彼女と共に探求したいだけだ! 太ももとニーハイソックスの間に生まれる、あのわずか数センチの聖域! その神々しさを、この目で見たい! 拝ませてくれ!」


 タラリ、と鼻から生温かいものが流れるのを感じる。

 いかん、興奮しすぎてまた鼻血が。

 俺は慣れた手つきで手の甲でそれを拭うと、再びアリシアに向き直った。


「失礼! 少し興奮してしまったようだ。だが、このほとばしる情熱だけは、俺の真実なんだ!」

「あ、あの……そういうのは……その……」


 アリシアは完全に怯えてしまっている。

 助けを求めるように、ギルドの受付嬢や周りの冒険者たちに視線を送っていた。


「あ、あの、他のお客様のご迷惑になりますので、どうかお静かに……!」


 受付嬢が慌てて仲裁に入ろうとするが、もはや俺の耳には届かない。

 言葉で伝わらないのなら、見せるしかない。


 この俺の能力の、そしてニーハイソックスの素晴らしさを!


「問答無用! まずはこれを見てくれ!」


 俺はアリシアの目の前にすっと右手を突き出した。

 そして、天界で授かった能力を、今こそ解放する!


「――『絶対創造アブソリュート・クリエイション』!」


 俺の手のひらに、淡い金色の光が渦を巻くように集まり始める。

 ギルド内の誰もが、その神秘的な光景に息をのんだ。

 アリシアも、警戒しながらもその光から目が離せないでいる。


 光は次第に収束し、一つの形を成していく。

 そして、光が完全に消えた時、俺の手の上には、一対の美しい漆黒のニーハイソックスが乗っていた。


 それは、ただの布切れではなかった。滑らかなベルベットのような光沢を放ち、履き口には繊細なレースの飾りがついている。

 素人が見ても、最高級品であることが一目でわかる代物だ。


「さあ!」


 俺はそのニーハイソックスを、アリシアに恭しく差し出した。


「頼む! これを履いて、俺の前を一度でいいから歩いてみてくれ! 君のその素晴らしい脚が、このニーハイソックスと出会うことで、どれほどの奇跡を生み出すのか! この目で! 確かめさせてくれ!」


「え……」


 アリシアの顔から、完全に血の気が引いていた。

 彼女は俺の顔と、俺が差し出すニーハイソックスを交互に見ると、わなわなと唇を震わせた。


「え……えぇぇぇぇ!? そ、そんなの……できるわけないじゃないですかぁぁぁっ!」


 金髪をぶんぶんと振り乱し、彼女は絶叫した。

 その瞳には、恐怖と羞恥と、そしてほんの少しの哀れみが浮かんでいる。


 ギルドホールは、水を打ったように静まり返っていた。

 そこにいる全ての冒険者、職員たちが、開いた口が塞がらないといった表情で俺を見つめている。


 ある者は「マジかこいつ」と呟き、ある者は「筋金入りの変態だ」と顔を引きつらせ、またある者は「ある意味、勇者だな」と妙な感心をしていた。

 だが、そんな周囲の反応など、今の俺にはどうでもよかった。


 俺の視線の先にはただ一人。

 羞恥に顔を真っ赤に染め、完全にドン引きしている美しき見習い騎士、アリシア・ヴァルキリーの姿があるだけだったのだから。


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