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第7話:紅蓮の竜殺し、相談する

 リリアを「敵」と認識したあの日から、私の胸のざわめきは一層激しさを増した。


 ユーイに会うたび、あの娘の姿がちらつき、土産に渡した鉱石をユーイが大切そうにしているのを見ても、喜びと同時に、言いようのない苛立ちが募った。

 この感情の正体を知りたい。どうすればこの苦しさから解放されるのか。

 剣を振るっても、魔物を倒しても、この熱は消えない。


 そんな折、私の師匠である老賢者、ヴァルカンがたまたまキサラエレブの街に来訪していると耳にした。

 ヴァルカンは、私に剣の極意を教え込み、Sランク冒険者へと育て上げてくれた唯一の存在だ。

 世俗の出来事には疎い師匠だが、その知識は深淵であり、私の悩みを解決する糸口になるかもしれない。

 私は藁にもすがる思いで、彼が滞在している宿の酒場へと向かった。

 酒場に入ると、ヴァルカンは案の定、酒を片手に、冒険者たちが語り合う騒がしい空間の隅で、静かに耳を傾けていた。その白く長い髭と、どこか達観したような瞳は、相変わらずだ。


「師匠!」


 私が声をかけると、ヴァルカンはゆっくりと顔を上げた。その瞳が私を捉え、口元に穏やかな笑みを浮かべる。


「おお、ロレッタか。久しぶりだな。ずいぶん逞しくなったものだ。さすがは私の弟子。『紅蓮の竜殺し』の名は、今や大陸中に轟いていると聞く。よくぞここまでになった」


 師匠に褒められるのは、いつだって嬉しい。だが、今日の私には、この言葉が空虚に響いた。


「ありがとうございます、師匠。ですが、今日は相談があって参りました」


 私は、ヴァルカンの向かいの席に座り、酒を注文した。琥珀色の液体が注がれたグラスを前に、私はどう切り出せば良いのか、言葉を探した。


「ほう。お前が私に相談事とは、珍しい。いつもなら剣の錆の落とし方か、新たな魔物の弱点くらいしか聞いてこないではないか。一体どうした?」


 ヴァルカンは面白そうに私を見つめた。その眼差しに、私はさらに言葉に詰まる。こんな、女々しい悩みを師匠に打ち明けるなど、想像もしていなかった。だが、もう、どうしようもなかった。


「その……最近、この街の鍛冶屋に、若い男がいて……」


 私は、ユーイと出会ってからの出来事を、たどたどしく語り始めた。


 彼の臆病な態度、しかし鍛冶に対する真剣な眼差し。

 私が剣を預けた時の彼の反応。

 そして、胸の高鳴りを覚えたこと。

 リリアという女の存在。

 彼女がユーイに「幼馴染」と名乗り、親しげに接する姿を見て、覚えた「嫉妬」の感情。


 師匠は、私の話を一切遮らず、ただ静かに耳を傾けていた。グラスに注がれた酒を一口飲み、何も言わずに次の言葉を促す。


「……あの娘が、ユーイに、休みの日に湖に行こうと誘っていたんです。弁当を作ってやるとまで言って……」


 私は、その時の光景を思い出し、再び胸が締め付けられるような感覚に襲われた。拳をぎゅっと握り締め、続きを絞り出す。


「それを見て、私の胸が、妙に熱くなって……どろどろとした、嫌な感情が湧き上がってきたんです。そいつは、まるで、毒を飲んだかのように……。そして、あの娘を……敵だと、そう、みなしたのです」


 そこまで語り終えると、私の顔は真っ赤になっていた。

 こんな感情を吐露するなんて、情けない、と自己嫌悪が襲いかかる。

 師匠は、私の顔をじっと見つめていたが、やがて、その瞳を細め、穏やかな声で言った。


「ふむ……。ロレッタ、それはな……恋というものだぞ」

「なっ……!? こ、恋!? 師匠がそんな馬鹿なことをおっしゃるとは! 私が、そんな……!?」


 師匠の言葉に、私は飲んでいた酒を吹き出しそうになった。

 心臓が跳ね上がり、全身の血が逆流するような感覚。顔がさらに熱くなり、耳まで真っ赤になったのがわかる。


「私は『紅蓮の竜殺し』です! 恋など、そんな軟弱な感情とは無縁のはず! 私は剣を極める身なのです! 魔物を倒し、街を守るのが私の使命! 」


 私は必死に否定した。だが、師匠はただ静かに、微笑んでいるだけだ。


「お前がこれまで感じたことのない、胸の高鳴り。その男が他の女と親しげにしているのを見て、湧き上がった苦しい感情。そして、その女を排除したいという衝動。これら全てが、恋という感情の証だ、ロレッタ」


 ヴァルカンの言葉は、私の心の奥底に、ゆっくりと、しかし確実に染み渡っていく。

 認めたくない。そんなはずはない。だが、彼の言葉は、私が抱えていた全ての感情に、ぴたりと当てはまった。


「だが、しかし……師匠、私は、どうすれば良いのですか? 剣を振るうことしか知らない私に、こんな感情、どうすれば……」


 私の声は、もはや蚊の鳴くような、情けないものになっていた。

 ヴァルカンは私の頭を再び優しく撫でると、遠くを見つめるような目で言った。


「恋は、剣術とは違う。型にはめることはできない。だが、一つのことを突き詰めるお前ならば、きっとその感情とも、真っ直ぐ向き合えるはずだ。そして、本当にその男を大切に思うのなら……お前の心に従えばよい。不器用でも、真っ直ぐに。それが、お前らしいやり方だろう」


 師匠の言葉は、まるで魔法のようだった。私を縛り付けていた、「わけのわからない気持ち」の鎖が、少しだけ緩んだような気がした。


「私の心に……従う?」


 私はヴァルカンの言葉を反芻した。

 私の心は、どうしたいと叫んでいる?


 ユーイに会いたい。

 彼に触れたい。

 彼を、私だけのものにしたい——。


 そんな、今まで考えたこともなかったような願望が、胸の奥で渦巻く。


 だが、同時に、戸惑いも消えない。この感情が「恋」だとして、私はこれからどうすれば良いのか。

 これまで敵とみなしてきたリリアと、どう対峙すれば良いのか。そして、最も重要なのは、ユーイが私をどう思っているのか、ということだ。


 酒場の喧騒が、遠のいていく。


 私の視界には、ただ、師匠の穏やかな顔と、目の前の酒のグラスだけが映っていた。私は、グラスに残った酒を一気に飲み干した。喉が焼け付くようだ。


 「恋」か……。


 私こと「紅蓮の竜殺し」ロレッタは、今、人生最大の強敵と、真正面から向き合うことになった。


 そして、その敵は、私自身の心の中にいたのだ。


 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

 今後の励みになりますので、もしよろしければブックマークしていただけると幸いです。


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