第12話:紅蓮の竜殺しに心惹かれて(ユーイ視点)
鉱山都市からの帰り道、ロレッタさんと二人きりで歩く時間は、僕にとって、これまで経験したことのない、どこか温かく、不思議な心地よさに満ちていた。
鉱山都市へ向かう最初の日は、Sランク冒険者であるロレッタさんが隣にいることに、体が硬直するほどの恐怖を感じていた。彼女の放つ強者の気配は、魔物よりも恐ろしく、息をするのも苦しいくらいだった。けれど、旅を共にするうちに、その印象は少しずつ、しかし確実に変わっていった。
道中、魔獣に襲われた際、ロレッタさんは一瞬で魔獣の群れを蹴散らしてみせた。その圧倒的な強さ、炎を纏った剣の 閃光は、まるで神話の光景を見ているかのようだった。あの時から、僕は恐怖を通り越し、彼女に対して純粋な畏敬の念を抱くようになっていた。
彼女の強さは、誰かを傷つけるためではなく、僕のような弱者を守るためにあるのだと、本能的に理解できた気がする。僕を完璧に守ってくれる彼女の存在は、これまでに感じたことのない、絶対的な安心感を与えてくれた。
夜、野営をする中で、ロレッタさんは焚き火の番をしながら、僕の拙い星空の話に耳を傾けてくれた。
彼女は普段、無口で表情をあまり変えないけど、僕が夜空に輝く星々や、それらを剣に宿らせるという自身の夢を語る時、彼女の翡翠色の瞳は、真剣な光を宿していた。
その瞳には、僕の夢を嘲笑うような色も、見下すような色も一切なく、ただ純粋な興味と、どこか深い理解が宿っているのかもしれない。
リリアはいつも「すごいね、ユーイくん」と褒めてくれるけど、ロレッタさんの視線は、それとは全く違う、魂そのものを見透かすような、深い視線だった。
その深い視線を向けるロレッタさんは、僕をただの鍛冶師としてではなく、一人の人間として、そして僕の夢を理解する者として、まっすぐに見つめてくれているのだと、なぜだか強く実感できた。
それは、僕にとって、何よりも嬉しく、誇らしいことだった。
街での散策中も、ロレッタさんは僕の言葉に真剣に耳を傾けてくれた。彼女は普段、感情を表に出さないのに、僕が街の名物料理を勧めると、素直に「悪くない」と答えてくれた。
その言葉の裏には、はにかむような喜びが隠されているように見えた。
市場で珍しい布地の話をした時も、彼女がどんな服を着たら似合うかと想像していると、ロレッタさんが少しだけ照れたように視線を逸らしたのだ。
その瞬間、僕は、ロレッタさんがただの最強の冒険者ではなく、僕と同じように感情を持つ、一人の女性であることを強く意識した。
彼女の人間らしい一面に触れるたび、僕の心に、これまで抱いたことのない温かい感情が芽生えていった。
それは、幼馴染のリリアに対する親愛の情とは全く異なる、特別な感情だと思う。
◇◆◇◆
キサラエレブの街に戻り、鍛冶屋の扉を開けた途端、その心地よい空気は一瞬でかき消された。店に入ろうとした時、案の定、リリアが鍛冶屋の入り口に立っていた。彼女は炉の傍で僕の作業を眺めておりたというよりも、僕たちが扉を開けた音に気づくと、僕たちの方へ振り返った。
その顔に張り付いた笑顔は、明らかにロレッタさんを牽制するもので、彼女とロレッタさんの間から漂う、これまでとは違う空気に、リリアが敏感に気づいているのがすぐに分かった。
「あら、ユーイくん、おかえりなさい! 無事に戻ってきてくれて、安心したわ。ロレッタさんも、ご苦労様でした」
リリアは、いつものように愛想の良い声で僕たちを迎えてくれた。だけど、その瞳の奥には、ロレッタさんへの静かな対抗心が宿っているように見えた。
彼女の視線が、僕とロレッタさんの間の、わずかに縮まった距離を測るように動いたのだ。
「ただいま、リリア。心配かけてごめん。ロレッタさんのおかげで、最高の鉱石が手に入ったよ」
僕がそう言って、大切そうに背負子から取り出した鉱石をリリアに見せた。リリアは鉱石を一瞥すると、すぐに笑顔を貼り付け直した。
「それは良かったわね。でも、ユーイくんったら、本当に無茶ばっかりするんだから。私がいなくて、寂しかったでしょう?」
リリアはそう言いながら、僕の腕にそっと自分の身体を寄せるようにして、甘えた声を出すのだ。
その仕草は、ロレッタさんへの、あからさまな親密さのアピールだった。
リリアの行動に、僕は内心すごく困惑した。
彼女が僕のことを心配してくれているのは分かる。しかし、ロレッタさんの前で、ここまであからさまに親密さをアピールされると、居心地が悪かったのだ。
ロレッタさんは、ぐっと奥歯を噛み締めたように見えた。
無言でリリアを睨みつけ、その視線に、リリアの顔がわずかに引きつったように見えた。
二人の間に、冷たい火花が散っているのが僕にははっきりと見て取れた。
僕は、この二人の間で、一体どうすればいいのだろう、と。僕の心は、二人の女性の感情の挟間で、大きく揺れ動いていた。
◇◆◇◆
それから数日、リリアの僕へのアプローチは、より積極的になった。鍛冶屋に来る頻度を増やし、僕の作業を手伝うふりをしては、僕の傍を離れようとしないのだ。
手作りの料理や菓子を頻繁に差し入れ、「休んだら? 私がお茶を入れてあげる」と甲斐甲斐しく振る舞う。
その行動は、ロレッタさんへの牽制であることは明らかだった。
「ねぇ、ユーイくん。この前話していた新作の剣、素材は揃ったんでしょう? 私、絵を描くのが得意だから、デザインのアイデアとか、何か手伝えることないかな? ユーイくんの夢、私も応援したいの」
リリアは、僕の夢にまで踏み込もうとしていた。その言葉に、僕は複雑な表情を浮かべずにはいられなかった。
もちろん、リリアが僕のことを気にかけてくれているのは嬉しい。
だけど、あの夜、ロレッタさんと二人きりで語り合った、星の剣の夢は、僕にとって、あまりにも個人的で、特別なものだった。
たしかに、幼い頃に一度だけ、星空を見上げながら、漠然と「いつか星の光を宿す剣を作りたい」と話したことがあった気もする。でも、あの時の僕にとって、それはまだ幼い空想で、誰にでも話せるような軽いものだった。
しかし、今、僕の中でその夢は、もっと深く、僕の魂に刻み込まれるほど大切なものに「進化」していた。
だからこそ、その大切な夢を、ロレッタさんと分かち合ったばかりのこの時に、意図的ではないとはいえ、リリアに軽々しく触れられることに、僕は少しだけ抵抗を感じていた。
ロレッタさんは、そんなリリアの言動を見るたびに、明確な苛立ちを隠さなくなっていた。彼女の眉間の皺は深くなり、時折、リリアを睨みつける視線は、凍えるように冷たかったのだ。
僕は、二人の間で板挟みになり、どうすればいいのか分からず、ただ困惑するばかりだった。
ロレッタさんが、僕をこんなにも真剣に見てくれていることに、僕は気づいていた。
彼女の不器用な優しさ、強さの裏にある純粋な心。それらは、僕の心を強く惹きつけていた。
しかし、同時に、リリアとの長年の絆も、僕にとっては大切なものだった。
僕は、自身の進むべき道、そして、誰を選ぶべきか、真剣に考え始めている。
このままでは、二人の間で、いつか決定的な破綻が訪れてしまうだろう、と。
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