第5章:夜明けの誓い
ズキリ、と意識が覚醒する。
最初に感じたのは、全身を内側から焼き尽くすような激痛。
そして、首筋から胸、腕へと這い広がる、あの忌々しい黒い紋様の、まるで皮膚に直接刻まれたような異物感だ。
「……っ、は……はぁ……」
浅い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと目を開ける。
薄暗い視界に飛び込んできたのは、見慣れた体育館の天井……ではなく、誰かの心配そうな顔。
玲奈だ。
その後ろには、大河と詩織の姿も見える。
「成瀬君! 気がついたのね!」
玲奈が安堵の声を上げるが、その表情は硬い。
俺は、自分の身体に何が起きたのかを思い出し、愕然とする。
あの力。
ロスト体の大群とAI兵器を一掃した、圧倒的な力。
だが、その代償は――。
「これが……俺の力かよ……。こんな力、いらねえ……」
自嘲と絶望が、喉から絞り出すように漏れる。
こんな、自分の身体を食い潰して発動するような力、誰が欲しがるっていうんだ。
結局、俺は何も変わっちゃいない。
何かを守ろうとすれば、何かを犠牲にする。
それが、自分自身だとしても。
「あなたの力は危険すぎるわ。私の《オラクルアイ》で解析した限り、そのスキル……『禁断』と名付けられているだけあって、あなたの生命力そのものを削り取っている可能性が高い」
玲奈が、冷静だがどこか苦しげな声で告げる。
ああ、やっぱりそうか。
そんな気はしてたぜ。
「でも」と彼女は続ける。
「あなたが戦わなければ、私たちはみんな死んでいた。それもまた、事実よ」
その言葉に、俺は何も言い返せない。
「そうだぜ、成瀬! お前が戦ってくれたから、俺たちは生きてるんだ!」
大河が、いつもの快活さとは少し違う、真剣な眼差しで俺の肩を叩く。
その手は、まだ少し震えていた。
「成瀬くんの痛みが、少しでも和らぐように……」
詩織が、潤んだ瞳で俺の手を握り、必死に回復スキルをかけ続けてくれている。
淡い緑色の光が、じんわりと温かい。
だが、身体の奥底で蠢く紋様の疼きは、少しも和らがない。
仲間たちの言葉。
自分に向けられる、真っ直ぐな想い。
脳裏に、再びあの日の光景が蘇る。
雨、サイレン、そして、何もできずに立ち尽くしていた無力な俺。
あの時、もし俺に力があったなら。もし、今のこの、呪われた力があったなら――。
いや、違う。
力がなかったからじゃない。
俺が、臆病だったからだ。
踏み出す勇気が、なかったからだ。
そして今、俺の手には、望むと望まざるとに関わらず、強大な力が握られている。
その代償が、どれほど重いものだとしても。
「……もう、あんな思いは、誰にもさせねえ」
絞り出すような声で、俺は呟いた。
「俺自身も、もう二度と……!」
そうだ。もう、後悔するのはごめんだ。
見ているだけなのは、もうたくさんだ。
俺は、ゆっくりと身体を起こす。
激痛が全身を貫くが、歯を食いしばって耐える。
そして、目の前にいる三人の仲間たちの顔を、一人ずつ、しっかりと見つめた。
「分かったよ」
俺は、少し掠れた声で、だがハッキリと言った。
「この力が呪いだってんなら、その呪いで世界をぶん殴ってやる。ただ逃げ回って生き残るだけじゃなく、この狂ったゲームを、俺が終わらせる」
言葉にすると、不思議と身体の奥から、新たな力が湧き上がってくるような気がした。
それは、禁断スキルのような禍々しいものではなく、もっと温かくて、確かな何か。
「……手伝ってくれるか?」
俺の問いかけに、三人は、一瞬の間も置かずに、力強く頷いた。
夜が明けようとしていた。破壊された体育館の壁の隙間から、朝日の最初の光が差し込んでくる。
それはまるで、俺たちの新たな始まりを祝福しているかのようだった。
俺は、仲間たちの顔を見回し、そして、静かに立ち上がった。
身体の痛みはまだ残っている。
だが、心は不思議なほど軽かった。
さあ、行こう。俺たちの、本当の戦いが、今、ここから始まるんだ。