第4章:禁断の代償
俺たちは、玲奈がスマホで検索して見つけた、比較的大きな避難所――市民体育館に辿り着いた。
すでに大勢の人間が押し寄せ、体育館のアリーナはごった返している。
あちこちで怒号が飛び交い、食料や毛布の奪い合いが起きているかと思えば、隅の方では虚ろな目で壁を見つめる人や、堰を切ったように泣きじゃくる子供の声も聞こえる。
まさに、地獄の縮図ってやつだ。
「……思ったより、酷い状況ね」
玲奈が顔をしかめながら呟く。
俺も同感だ。
この極限状態じゃ、人間の本性なんてものが剥き出しになる。
「ま、仕方ねえだろ。いきなり世界がこんなクソゲー仕様になっちまったんだからな」
俺は肩を竦める。
大河は持ち前の人の良さで、泣いている子供に「大丈夫だ、兄ちゃんが守ってやるからな!」なんて声をかけて頭を撫でている。
詩織も、怪我人の手当てを手伝うために、率先して救護スペースへと向かっていった。
玲奈は、他の生存者から情報を集めるため、冷静に話を聞いて回っている。
みんな、それぞれのやり方で、この状況に立ち向かおうとしている。
俺だけが、どこか蚊帳の外で、この惨状を他人事のように眺めている。
いや、眺めているつもり、なのかもしれない。
本当は、目を逸らしたいだけなのかもな。
そんな、張り詰めた空気と、束の間の休息が奇妙に同居する時間が、数時間ほど続いた。
俺も、壁に寄りかかってウトウトしかけていた、その時だった。
ゴオオオオオンッ!
体育館の壁の一部が、轟音と共に内側へと吹き飛んだ。
粉塵が舞い上がり、悲鳴が連鎖する。
「な、なんだ!?」
「敵襲か!?」
吹き飛んだ壁の向こうから、濁った赤い目をしたロスト体の大群が、雪崩を打ってなだれ込んできた。
その数、ざっと見ても五十は下らない。
そして、その先頭には――。
「あれは……機械か?」
虫のような多脚歩行をし、頭部に赤い単眼カメラを光らせた、小型の機械兵器が一機。
そいつが、どうやらロスト体を統率しているらしい。
AI兵器……ってやつか。
冗談じゃねえぞ、そんなもんまで出てくるのかよ。
「みんな、逃げろー!」
「きゃあああああ!」
体育館は一瞬にしてパニックに陥る。
大河が「詩織! 玲奈! 無事か!?」と叫びながら、近くにいたロスト体に飛びかかっていく。
その拳がスキルで強化され、ロスト体を数メートルは吹き飛ばす。
だが、数が多すぎる。
「くそっ、キリがねえ!」
他のスキル持ちと思しき数人も応戦しているが、ロスト体の波に次々と飲み込まれていく。
詩織も、負傷者の手当てをしている最中にロスト体に囲まれ、悲鳴を上げた。
玲奈も、スマホを操作してAI兵器の情報を解析しようと集中しているが、その背後にロスト体が迫っている。
マズい。このままじゃ、全滅だ。
俺の脳裏に、またあの日の光景が蘇る。
何もできずに、ただ見ていることしかできなかった、あの時の無力な自分。
――もう、誰も死なせねえ……!
見捨てるのは、二度とごめんだ!
心の奥底から、何かが叫ぶ。
俺は、過去のトラウマを振り払うように、両の拳を固く握りしめた。
「《魂喰らい(ソウルイーター)》、起動!」
叫ぶと同時に、視界のウィンドウが赤く明滅し、周囲のロスト体から、青白い魂のようなエネルギーが俺の身体へと強制的に吸い込まれていくのが見えた。
ズキズキと、全身の血管が沸騰するような激痛が走る。
だが、それと引き換えに、身体の奥底から、途轍もない力が湧き上がってくるのを感じる。
「おおおおおおおおっ!」
俺は咆哮し、最も密集しているロスト体の一団と、その先にいるAI兵器に向けて、右手を突き出した。
「《因果応報・極》!!」
魂のエネルギーを、ありったけの憎悪と反抗心と共に解き放つ。
俺の手のひらから放たれた漆黒の衝撃波は、一直線にAI兵器へと突き進み――その装甲を紙切れのように貫き、大爆発を引き起こした。
ドゴオオオオオオオオオオオオンッ!!
爆風が体育館全体を揺るがし、周囲にいたロスト体もまとめて吹き飛ばしていく。
その威力は、俺自身が想像していたものを遥かに超えていた。
「……やった、のか……?」
数秒後、粉塵が晴れると、そこにはAI兵器の残骸と、動かなくなったおびただしい数のロスト体が転がっていた。
体育館は、一瞬にして静寂に包まれる。
だが、勝利の代償は、あまりにも大きかった。
「ぐ……っ、かはっ……!」
俺の喉から、熱いものが込み上げてくる。
口元を押さえた手は、真っ赤な血で染まっていた。
首筋から胸元、そして両腕にかけて、黒い紋様が、まるで呪いのように、一気にその範囲を広げているのが分かった。
視界が霞み、立っているのもやっとだ。
「……はは、マジかよ……これが、禁断の力、ね……」
皮肉な笑みが、自然と漏れる。
そして俺は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
薄れゆく意識の中で、玲奈や大河、詩織が俺の名前を叫びながら駆け寄ってくるのが、どこか遠くに聞こえた気がした。
「成瀬君……! しっかりして!」
玲奈の悲痛な声が、やけにクリアに、俺の鼓膜を震わせた。
俺の意識は、完全に暗闇へと沈んでいった。