第3章:即席チーム
「来るわ……数が多すぎる!」
玲奈の警告とほぼ同時に、路地の曲がり角から、のたりのたりと異形の影が三体、四体と姿を現す。
目が赤く濁り、焦点の合わない瞳で俺たちを捉えている。
まさしく「ロスト体」。
その手には、折れた看板やら鉄パイプやら、物騒な得物が握られていた。
「ちっ、面倒なことになったな!」
俺は舌打ちし、玲奈を背後に庇うように一歩前に出る。
高熱と頭痛は相変わらずだが、それ以上に、全身の細胞が危険を察知して沸騰しているような感覚だ。
「成瀬君、無茶はしないで。あなたのスキルはまだ未知数よ」
「分かってる。けど、座して死を待つ趣味はねえんでな」
言い合っている間にも、ロスト体はじりじりと距離を詰めてくる。
その腐臭にも似た異様な匂いが、鼻腔を刺す。
その時だった。
「うおおおっ! 来るなら来やがれ、化け物どもがァッ!」
路地の向こう側、俺たちが逃げてきた方向とは逆の商店街の方から、野太い叫び声が響いた。
見れば、がっしりとした体格の男子生徒が、小柄な女子生徒を庇いながら、鉄パイプを振り回すロスト体と対峙している。
あれは……確か、体育の授業で何度か一緒になった、空手部の武藤大河だったか。
「大河くん、無理しないで……!」
彼に庇われているのは、小鳥遊詩織。
確か、うちのクラスの保健委員だったはずだ。
彼女の手のひらからは、淡い緑色の光が放たれ、大河の腕にできたらしい擦り傷を癒している。
あれもスキルか。
だが、大河一人では明らかに分が悪い。
ロスト体は三体。じりじりと追い詰められている。
「……っ!」
一瞬、脳裏に過去の光景がフラッシュバックする。
見捨てた、あの日の記憶。
足が竦みそうになるのを、奥歯を噛み締めてこらえる。
「助けるわよ、成瀬君!」
隣で玲奈が叫び、スマホを操作して何かを解析し始める。
その声に、俺はハッと我に返った。
そうだ、もう、逃げるのはごめんだ。
「……ちっ、仕方ねえな!」
俺は悪態をつきながら、一番手前にいたロスト体に向けて、意識を集中する。
「成瀬君、あいつの左側面ががら空き! 大河君、そっちの敵は私が引き付ける!」
玲奈の冷静な声が飛ぶ。
彼女はそう言うなり、近くにあったゴミ箱をロスト体の一体に蹴りつけ、その注意を自分に向けさせた。
おいおい、お前も大概無茶するな!
「サンキュー、朝霧! 成瀬も、よく分かんねえが助かったぜ!」
大河が叫びながら、動きの鈍ったロスト体に渾身の蹴りを叩き込む。
彼の拳や足が、スキルの効果か、鈍い金属光を帯びているように見えた。
「詩織、下がってろ!」
「は、はいっ!」
詩織は頷き、後方支援に徹する。
俺も玲奈の指示通り、別のロスト体の側面に回り込み、落ちていた鉄パイプを拾ってその頭部らしき場所に叩きつける。
手応えは鈍いが、確実にダメージは与えているはずだ。
四人での即席チーム。
だが、その連携は意外なほどうまくいった。
玲奈が的確な指示と陽動で敵を攪乱し、大河がそのパワーで正面からぶつかり、俺がトリッキーな動きによる妨害で隙を作り、詩織が後方から回復と支援を行う。
数分間の激闘の末、俺たちはなんとか三体のロスト体を沈黙させることに成功した。
「はぁ……はぁ……なんとか、なったか……」
俺は鉄パイプを杖代わりに、荒い息をつく。
スキルを使ったせいか、身体の疼きがさっきよりも増している。
「見かけによらずやるじゃねえか!」
大河がニカッと笑いながら、俺に手を差し出してきた。
その手は少し震えていたが、力強い。
俺もその手を握り返す。
「だ、大丈夫ですか……? 成瀬くん、顔色が悪いですけど……」
詩織がおずおずといった様子で俺の顔を覗き込む。
彼女の瞳には、純粋な心配の色が浮かんでいた。
「ああ、問題ねえよ。ちょっと貧血気味なだけだ」
俺は適当に誤魔化す。
「ここも長居は無用ね。ひとまず、安全な場所に避難しましょう」
玲奈が周囲を警戒しながら言う。
俺たちは頷き合い、比較的被害の少なそうなシャッターの閉まった衣料品店の中に滑り込んだ。
シャッターを内側からしっかり下ろし、ようやく一息つく。
外からは、相変わらず遠吠えのようなロスト体の声や、何かが破壊される音が聞こえてくる。
「これから、どうすりゃいいんだ……?」
大河が床にへたり込みながら、不安そうに呟いた。
詩織も泣き出しそうな顔で俯いている。
玲奈はスマホで何かを検索しているが、その表情は厳しい。
俺も、どうしたものかと天井を見上げる。
このクソみたいな状況で、俺たちに何ができるっていうんだ?