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第2章:クールな相棒

 校舎から一歩外に出た途端、世界は地獄の様相を呈していた。

 悲鳴、怒号、何かが割れる音、そして……あの、獣じみた呻き声。


 頭はガンガンするし、熱もまだ引いてねえ。

 だけど、不思議と身体はさっきより僅かに軽い。

 

 これは、あのワケのわからんステータス画面とやらの影響か?


「とにかく、ここから離れねえと……」

 

 人混みは逆に危険だ。

 俺は無意識に一番安全そうなルート――裏門へ続く、薄暗い路地へと足を向けていた。


 こんな時ばかり、俺の危機回避能力も捨てたもんじゃないな、なんて場違いなことを考える。


 壁に手をつき、息を整えながら路地を進む。

 湿ったコンクリートの匂いと、どこからか漂ってくる焦げ臭い匂いが混じり合って、吐き気を催す。


 その時だった。

 

「――成瀬君?」


 聞き慣れた、だが今は妙に張り詰めた声が、路地の奥から響いた。

 そこに立っていたのは、制服のスカートを翻し、手にしたスマホの画面を鋭い目つきで睨みつけている女子生徒。


「朝霧……お前も、見えてるのか? この変な画面」

 

 俺がそう言うと、朝霧玲奈は、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

 そのサファイアブルーの瞳は、こんな状況だというのに、驚くほど冷静な光を宿している。


「成瀬君……ええ。これは何らかの広域現実改変現象、あるいは高度な集団幻覚……いいえ」

 

 玲奈は一度言葉を切り、自分のスマホの画面を俺に見えるように傾けた。

 そこには、俺の視界に浮かんでいるものと似たような、しかし遥かに情報量の多いウィンドウが表示されていた。

 グラフや文字列が目まぐるしく更新されている。

 

「私のスキル《オラクルアイ・プロトタイプ》がリアルタイムで情報を解析してる。これは“現実”よ。私たちは“プレイヤー”にされたの」

「プレイヤー……ね。そりゃまた、壮大な話だな」

 

 俺は乾いた笑いを漏らす。

 現実、ねえ。

 数時間前までの日常が、まるで遠い昔のことみたいだ。

 

「この現象は、おそらく『勇者ウイルス』と呼ばれるものによるもの。感染者は私たちのように、スキルに目覚めるみたい。そして……」


 玲奈はチラリと路地の入り口――学校の方角へ視線を向けた。

 

「校門で見た、あの目が赤かった人たち。あれは、ウイルスに適合できず理性を失った暴走個体……便宜上、『ロスト体』と呼称するわ」

「ロスト体、か。迷惑な名前つけてくれるじゃねえか」


 俺は自分のステータス画面――特に『禁断レベルMAX』と『《魂喰らい》』という物騒なスキル名を思い出し、顔を顰める。

 

「俺のスキルなんだが……『禁断レベルMAX』って表示されてる。なんかヤバそうなんだが、お前のその《オラクルアイ》とやらで何か分からねえか?」

 

 玲奈は少し眉を寄せ、俺の目のあたりを観察するように見つめた後、首を横に振った。

 

「あなたのスキル情報は……私の《オラクルアイ》でも詳細な解析ができないわ。ただ、『禁断』……その名の通り、極めて危険なスキルである可能性が高い。使用には最大限の注意が必要よ。最悪の場合、あなた自身の存在を脅かすかもしれない」

「……そりゃどうも。ご丁寧な忠告、痛み入るぜ」

 

 存在を脅かす、ね。

 もうすでに、頭痛と熱と、首筋の疼きで、俺の日常は脅かされまくってるんだが。


 俺たちはしばらく無言で互いの顔を見合わせた。

 周囲には、遠巻きに聞こえる喧騒と、不気味な静寂だけが漂っている。

 

「ここも安全じゃない。ひとまず、移動しながら情報を集める必要があるわ……あなたさえ良ければ、一時的に行動を共にしない?」


 玲奈からの提案。

 正直、ありがたい。

 この状況で一人よりは二人の方がマシだろうし、何よりこいつの頭脳は頼りになる。

 

「異論はねえよ。で、どっちに向かう?」

「まずは……そうね、比較的大きな避難場所として指定されそうな公共施設。それと……」


 玲奈は少し言い淀んだ後、意を決したように続けた。

 

「私の兄……朝霧湊が、以前『PROJECT HEROES』という研究に関わっていたの。この事態に、兄が何らかの形で関係しているかもしれない。だから、兄さんを探し出す。それが今の私の、最優先事項」

 

 PROJECT HEROES。

 また物騒な単語が出てきたな。


 彼女の兄貴が、このクソみたいな世界の元凶の一端を担ってるって可能性も、ゼロじゃないわけか。

 

「……了解だ。ま、俺には特に当てもねえしな。お前の兄貴探し、手伝ってやるよ」


 俺がそう言うと、玲奈は少しだけ驚いたような顔をして、それから小さく頷いた。

 

「ありがとう、成瀬君。助かるわ」


 その時だった。


「グルルルル……」

「ア゛ア゛ア゛……」


 路地の先、曲がり角の向こうから、複数の低い呻き声と、何かを引きずるような不気味な足音が近づいてくる。

 数は一つや二つじゃない。


 玲奈の表情が、初めて険しく歪んだ。

 

「来るわ……数が多すぎる!」


 サファイアブルーの瞳が、獲物を捉えた捕食者のように、鋭く細められる。


 おいおい、自己紹介もそこそこに、いきなりクライマックスかよ。


 この世界は、どうやら俺たちに、のんびりする時間なんて与えてくれないらしい。



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