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喫煙

「タバコ吸いて~」


曇り空に吸い込まれる俺の吐息。26歳の会社員。名前なんていらないよな。社会の歯車Aで十分だ。この年まで、女性とは縁がなくずっと一人で生きてきた。いつもは一日中パソコンの前に座り、よく知りもしない業務をただ単にこなしている。バタバタして楽しい日もあるが基本的には代わり映えのしない毎日が続いている。一応名門と言われる大学を出て、この業界に入って3年、仕事にも慣れて教育係も任されている。だが、ストレスはたまる一方だ。上からの期待と要求。更に、春日山は本当にポンコツで何やってもうまくいかない事ばかりだ。俺なら苦労しないのに、なぜそんなところで躓いているのだろうか。自分は苦労したことがないから全くわからない。金に困ったこともなければ、何かを得ようと必死に努力しなくても大体のことはできた。苦労している人の気持ちがわからないことが一番の苦労である。


そんなストレスがたまるが後輩の春日山光春は喫煙者である俺を煙草に誘うなど可愛いところもある。特にたばこ休憩の時に頭がさえるのか物凄くいい企画を考えて来ることもある。今日も誘われてたばこ休憩に行く。1日に何本吸っているかなんてカウントしていない。吸った本数を自動的にカウントするプログラムでもあれば売れるだろうか。誰のための、どこ向けのサービスであろうか。


「先輩って1日何本吸っているんですか?」

春日山が問いかけてきた。俺は「数えたことないな。まぁ、収入分よりは少ないだろうな。家賃も光熱費も払えているから」と煙草を吹かす。俺は下戸で酒に強くない。だから「コミュニケーションツールとして始めてみろよ」と大学の先輩に誘われて吸いだしたのが始まりだった。


大学時代の初めはバイトをしていなかったが、同期と話が合わなくなっていたのでスーパーのレジをしていた。金が入るのと比例して、吸う本数が増えていった。加速度的にシフトを増やす俺をみて店長が「103万の壁って知っているか?」と聞いて来たが、ンなもん知るか。タバコが吸えればそれでいいと考えるようになっていた。


某アニメキャラクターより戦闘力の高そうな壁だと思った。税金についてはその時調べ、年末年始クソほど暇になったのを覚えている。そして、思い切り煙草を吸いまくったことも覚えている。1回ベッドで喫煙してたら、布団が焦げて、やばいと思って水をかけて消したことを思い出した。


あれからいろいろな経験をして今があるのだが、人生の意味なんてものを考えるなら、何もなかった。たばこは俺の人生かもしれない。休日はほとんどタバコを吸うだけで終わる。春日山もそうなのだろうか。なんて考えながら7本目の煙草に火をつけた。1箱分なんて一瞬で終わってしまう。休日には2カートン、いや5カートンぐらい吸っている。


暇さえあれば喫煙所で煙草を吸う。たばこ休憩を廃止しようという動きはあるが、俺と春日山、それと会社の上層部の反対で実現できずにいる。だから、無駄な時間にしやがってなどと言われないように、会社の身になりそうな話をしようというルールが暗黙の了解、不文律として喫煙所にある。


喫煙所で煙草を楽しむのはいいが、ビジネスで敗北を喫するわけにはいかないのである。営業は今日も外回りをしたり、顧客情報の管理をしたり、せわしなく働いていることだろう。ただ、俺らバックアップがいるからこその営業でもあると思っている。営業がとってきた案件を管理し、顧客情報を登録し、経理に回すものと、自部署で持っておくものを分類し、その部署まで走る。


黙っていたら春日山に「今回の新商品説明会での資料まだできてないんですけど、去年の資料ないんでしょうか?」と聞かれた。そういえば、そんなものもあったかもしれない。俺は一切覚えていない。よし、後で部長に聞こうと思いながら、煙草を吸う。もはや煙草は俺にとっての酸素である。


俺は「知らん。あとで聞いとく」と言いながら、喫煙所を出る。最近は分煙の影響で喫煙所がめっきり少なくなった。やれ、持続可能な開発目標やら、環境問題がどうのやら、世の中暗いニュースばかりだ。何かほっこりするニュースが欲しい。最近親戚に子供が生まれたらしい。いいなと思うと同時に「なぜ俺に縁がないのにほかのやつだけ、いい思いをするんだ」と醜い闘争心と肥大化した自意識が殺意を呼び起こす。俺はそれを抑えるためにまた煙草に火をつけた。


だらだらと何も考えずただ煙をくゆらせていた。昼も当たり前のようにコンビニで買った弁当を食べる。特に何をするでもなくスマホで小説を読みながら。ああ、異世界に行ったら俺も本気出せるかもしれないのにな。なんて、絶対やらないことを俺は知っている。今まで何度となく環境の変化はあった。そのたびに「中学行ったら変わるから」とか「高校で本気出して彼女作るわ」とか言ってきたが、どちらも提出物を出し遅れたり、男とつるみすぎて女子との縁がなくなったり、そもそも人と話せなかったり、親と行違ったりした。


そんな環境の変化を活かせなかったヤツが異世界に行ったからといって本気を出せるとは限らない。やれる奴は自分から環境を変えているはずだ。環境が変えてくれるのを待つ俺と違って。いや、環境が変わってくれても自分は現状維持でとどまったままだった。


そんな俺は今日も同じように日々を過ごす。何をしているのだろう。こんな空虚な生き方があるだろうか。仕事して帰って、寝る。何もない。空虚なこの人生に意味なんてあったのだろうか。10代では人並みの反抗期はあったが、結局何もなかった。このまま煙草をふかして、いつまでもこんな惰性で生きるのだろうか。まるで、クリープ現象だ。クリープ現象とはAT車でブレーキを外すと低速で車が動き出す現象である。


俺は、気合ですべて乗り切ってきた。なんでも気合と運で何とでもなった。だから、俺はたばこなんかで体を壊すはずがない。だって気合が違うから。さて、寝るか。俺は知らなかった。この時少しずつ肺が悪くなっていることを。


知らぬ間に時は過ぎ、帰宅時間になった。ウチは一切残業が認められていない。プライベートを重視するからだ。無趣味な俺にとっては地獄のような所業である。残業なし終業による地獄の所業。結局聞き忘れた。明日にしよう。


また明日が来るだろう。さて、寝るか。俺にとって明日が来ることは当たり前だった。あの時までは。


なぜこんなに苦しいのだろう。呼吸が苦しくなってきた。死ぬかもしれない。そんな恐怖を感じて、病院に行くことになった。そんな時俺の頭にはこんな文章が浮かんでいた。


I took it for granted that tomorrow comes. I didn't realize the importance of daily life until I lost it. I was very good at English. I should have thanked my father and mother, and should have told it to them. It's too late to regret that. As long as your parents are alive, they will take care of you. Even if they are in trouble, they don't show it to you. (明日が来ることを当たり前だと思っていた。失って初めて日々の生活の重要性を知る。俺は英語が得意だった。父と母に感謝し、それを伝えておけばよかった。後悔してももう遅い。親は生きている限り、この世話をするだろう。たとえ困っていても、それを見せはしない。)


世話をしない人もいるし、世の中そんなに簡単ではない。世話できる資源がなかったり、頼れるものがなかったり、老いていたり、病気だったり。生老病死という言葉もあるように生きること自体が苦であることもある。もちろん、死ぬことも苦難の1つである。


だがそれでも希望に縋っていたかった。余命の宣告があった。末期の肺がんだと聞かされた。それはそうかもしれない。俺は煙草を吸いすぎたのか。


1週間。


それが俺に残された期間だった。急いで引継ぎの資料を作り始めた。間に合うかなんてわからない。でも、いつか明日が来なくなる恐怖が俺を突き動かす。公表する間もない。ただ全力で働いた。今までこんなに全力を出したことなんてなかった。


命の危機に瀕してやっとエンジンがかかった。燃費が悪すぎる。それでもたばこは止められず、むしろ本数が増えていた。どうせ使わない貯金なら一気に煙草に使おうと思い煙草をまとめて買った。ストレスもひどかった。


ついに終わりの時が来た。結局父母に感謝を生きて伝えることはできなかった。遺書にはこう書いた。


I can't exactly express the feelings I had when I heard I have a cancer. All I want to tell you two is thank you for everything. I can't meet you again in this life, but don't worry, I will do well in next life. If we meet again in next life, I will smile at you two. I can't find exact words in this situation, but all I can say is thank you.

I'm writing this letter with my face filled with tears. Tears prevents me from writing letters. I don't say goodbye. Instead of that, I'll say see you to meet you in next life. Thank you for everything. (俺がガンだと聞いた時の感情は適切には表現ができない。ただ、あなたたち2人に言えることは「全てにおいてありがとう」である。今世では会えないけど心配すんな、次の世でうまくやってるから。もし来世であったら、2人に笑いかけるよ。こんな時なんていえばいいのか適切な言葉は見つからないけど、ただ言えることは「ありがとう」だ。顔中涙まみれでこの手紙を書いている。涙で手紙が書けないよ。Goodbyeなんて言わない。その代わりにSee youと言うよ、来世で2人に会うために)


書き終わると、頑張って封筒に入れる。住所が書けそうにない。マンションの管理人に頼んで、両親の元へと届けてもらった。友達にも書こうと思ったけど、時間が足りそうにない。アイツらの悲しむ顔を見なくて済むからよかった。いや、泣かせちまうから友達に対して不孝だよな。友達の不幸なんて本当に「不幸」なんて言葉では表せる気がしない。昔友達に「お前の葬式なんて出てやるものか、俺より先に死ぬな、俺が悲しむから」と言ったことを思い出していた。本当に出れなかったな。すまん。あとは頼んだ。


俺の家族は優秀だ。手続きも難なく終わるだろう。俺の友達は優秀だ。きっといい葬式にしてくれるだろう。俺の部下は優秀だ。まだ1年目でまともに仕事教えられなかったけど俺より教えるのがうまい人がいる。ウチの社長も優秀だ。お金に困ることはないだろう。最後に聞きたい曲リクエストしたけどわかっているよな。火葬の時「ハイ!!」と盛り上がれるところで灰にするようにお願いしてくれよ。最後の最期くらいは「くすっ」と笑って終わらせてくれ。親父ギャグは俺のアイデンティティーだ。


俺は神に愛されている。こんなにダメな俺でも、才能に恵まれ、友達に恵まれ、親に恵まれ、この世のすべてを手に入れた。本当はもっとあるのだろう。俺より恵まれている人もいる。恵まれていない人もいる。でも、俺は本当に幸せだった。こんなところで終わってしまう、自分の行いを悔いた。完全な自業自得だから。俺が残した金は妹の学費にでも当ててほしい。遺産どうしよう。今考えてももう間に合わん。視界が霞む。


See you my life. I will see me in the next life.(我が人生よ、さようなら。来世でまた会おう)









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