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寒がりの短編集

来訪者と古代人

作者: 寒がり

「偉大なる来訪者様。どうぞ私達に天の星に住む人々について語って聞かせてくださいませ」


 彼の為に、彼が与えた知恵によって築かれた大神殿にて。

 神官と王、学者と書記官。そして来訪者。

 人々を電球の薄明かりが照らす中、一人の神官が彼に問うた。


「蒼き星の神官よ。私は、幾千、幾万もの星々を渡り歩いてきた。おまえ達が天と呼ぶ場所には数え切れない星々が有り、天そのものもまた数え切れぬほど存在する。そして無数の天を包摂する空もまた無数に有り、その空を無数に包摂するものも無数にあるのだ。私とおまえ達との間にはこの星の季節が八万回巡る程の文明の差があるが、そのような私にしてなお宇宙は果てしない。そのような果てしない宇宙からすれば、私もおまえ達と同じく宇宙について無知なのだ。それ故に私は星々についておまえ達に進んで語ろうとは思わない」


 来訪者が語りたがらないのはいつもの事だ。

 それは自らの言葉の重みを知ればこそである。

 来訪者は蒼き星の人々に文明の光を与えた。来訪者は偉大な師である。

 それ故に来訪者の言葉はこの地の人々にとって呪いにも毒にもなり得る。


「それでは来訪者様、私は天人全般について我らが師から知識を享けようとは望みません。ただ、来訪者様の見た中で、私どもと一番異なる天の人々についてお話しくださいませ」


 にわかに来訪者は薄紫の光を放った。

 これは来訪者が何かを語っても良いと思った時の兆候である。

 神官達はその紫が濃い方が来訪者の精神が安寧であるのだと信じている。


「蒼き星の神官よ。ここから一万と三つの生き物を育む星を渡ると、緑の海に覆われた星がある。その星の人々は珍しい殖え方をする。おまえ達は鍵となる性の者が一人と半身となる性の者が二人の計三人で子を為すであろう。このように複数人で子を為す者達は宇宙に多い。おまえ達のような鍵となる性を不要とし、半身ないし三分の一の体を創る性の者二人ないし三人あるいはそれ以上で事にあたる種族もある。ともかく、人と人とが引き寄せられて子を為すのだ。

 そのような発生を辿る種が知恵の光を宿すならば、必ずと言って良いほどおまえ達が『愛』と呼ぶのに類するものが生じる。そして、そのような概念は知恵ある者にとって重要な問題となり、彼らが社会を築くとなればその前提を為すことになる。

 しかし、その星にはおまえ達が『愛』と呼び、おまえ達や私が有する感覚に類するものが存在しないのだ。蒼き星の知を解する神官よ。なぜ彼らにはそのようなものが生じなかったのだとおまえは考える?」


 神官の一人で、最も来訪者の知を理解した者が第三肢で地面を這って進み出る。


「来訪者様。その答えは来訪者様が先程説かれた中にあります。彼の星の人々は、人と人とが結びついて殖えるわけではないからです。しからば、人と人とを結び付ける作用である我々が『愛』と呼ぶところのものは必要とされないのでございます」


 来訪者の放つ光がゆっくりと明滅したことで、知を解する神官は自らの述べるところを来訪者が肯定したことを知る。


「彼の星の人々は左右二つの部分から成っている。彼らは老いると《右》と《左》の二つに分かれ、それぞれを種として再び生まれる。そして生まれたそれぞれが成長して死期に近づくに至って再び二つの部分に分かれる。彼の星の人々は私やおまえ達のように結び付く事によって子を為すのではなく、自らを分つ事によって殖えるのだ。

 このような殖え方の故に、彼の星の人々には我々にない概念が存在する。それを敢えておまえ達の言葉にすれば、『絆』とか『郷愁』といったものだ。おまえ達が発音できる音で似せると『イーデル』と言う。

 彼らは、全き最初の一であった時の原初の感覚をその全員が覚えているという。彼らは、その全き原初の感覚を懐かしいと感じ、叶わないと知りつつもそこに回帰したいと願望する。その感覚、イーデルが彼の星の者達相互に作用する『愛』ではない引力である」


 知を解する神官が問う。

「来訪者様。そのイーデルによって、彼の星の人々の社会はどのように在るのでございましょう」

「ある者から分かれた二人は、半分ずつその者の記憶とそれ以外の全てを受け継ぐ。それ故にその二人はイーデルで結びついた特別の関係にあり、これを二者(コープル)と呼ぶ。また、二者(コープル)がそれぞれ死して次の世代になった場合、最初の者が四人に分かれる事になる。これを四者(テトルプル)と呼ぶ。このようなイーデルによる結び付きが社会の基本的な単位である。言うなればおまえ達の半身を為す性の者同士が形成する家族のようなものだ。

 ただし、彼の星の者は死ぬと知識を二等分して新たな生を生きるのであるから若い者は存在しても社会的に成熟していない『子供』というものは彼らの家族・社会に存在しない。

 そればかりか、記憶は連続性を保つから、先に述べた『死』という言葉は我々のいう意味での死ではないと知るべきである。

 これが彼らの社会とそれを基礎付ける彼らの一生に関する重大な特質である」


 そこで別の神官が進み出て問う。


「来訪者様。我々の言伝えに、老いると種子を飲み込んで土を被り、自らを苗床として大樹を育て、その大樹から再び生まれる巨人がおります。彼の星の人々はこの巨人でございましょうか」

「そのものではないにせよ、彼らにおける死はお前たちの言伝えの巨人における死と似たものであると考えるのがよい」


 来訪者の話に聞き入っていた王族の一人が第四肢と第一腕を掲げた優美な所作で発意を示す。

 王族に特有の儀礼である。


 来訪者はゆっくりとした明滅を返す。


「ありがとうございます、来訪者様。

 彼の星の人々は決して満たされないイーデルに苦しみながら永劫引き裂かれ続け、

 わたくし達は死という苦痛と引き換えに愛によって結びつき束の間満たされる事が許されているのだとわたくしは考えるに至りました。

 そしてまた、わたくし達も彼の星の者達も相互に結びつくことは同じといっても、わたくしたちは未来を求めて結びつき、彼らは過去を懐かしんで結びつくのだと知りました」


 来訪者の放つ紫はゆらゆらと陽炎のようであった。


「彼の星にもイーデルを満たすために半身同士を繋ぎ合わせる術を生み出した者があった。

 しかし、この術を一度行えば、二度と身を分つ事ができなくなる。すなわち、その者はイーデルを満たす反面、我々と同じ意味で死ぬべき者になる。

 実際にその術を自らに施した者の話が彼の星では語り継がれている。彼らはその物語を一時の快楽の為に久遠の昔から築いてきた全てを失う苦しみを選んだ愚か者の悲劇と考えているのだそうだ」


 そのように言い残し、来訪者は話を終えた。

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