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第98話 期待してるぞ

 無死一三塁。三塁走者の草薙はホームを見つめている。

 友樹は一塁からベンチの仲間たちに頷いてみせた。


 三番の新藤が打席に立つ。新藤のスイングは赤川の球威の力を利用するというより、新藤自身の力で球を打ち込もうとするものだ。

 新藤のバットが赤川の伸びのある直球を捉えられず、振り遅れてしまった。三振。一死一三塁。


 四番の桜井はいい選球眼を持っている。三球でスリーボールとなった。だけど赤川は暴投の後に好投をする。四球目はストライクゾーン低め、コーナーを突くカーブだった。

 桜井は迷わず振った。打ち上げてしまったが、飛距離が大きい。


 大阪南のライトが捕球すると、三塁から草薙が走り出す。余裕でホームインし、仲間たちとグータッチして笑顔を弾けさせた。草薙の笑顔はいつも、友樹の心に染み込んでくる。


 二死一塁で打席に五番岡野が立つ。


「おい葉月ー! 打て! 打つまで帰って来るな!」


 新藤の応援(?)に岡野が


「お前が言うんじゃねえ!」


 と返す。遠園の皆で笑った。新藤はキャプテンらしく振舞うが、仲のいい人に対しては尻を蹴ったりする人だ。

 岡野はもともとの顔立ちが綺麗なので、睨み顔になると迫力がある。

 友樹は一塁からリードを取りながら岡野を見て、あのときのことを思いだしていた。



 シニアの練習の休憩時間。道具の倉庫にいた友樹は、開いた窓からグラウンドにいる新藤と岡野を見た。窓から涼しい風が吹き込んできたとき、岡野の


『まーた後輩に負けたよ、俺』


 という大きな声が聞こえて、友樹はびくっとした。


『女の子に負けたと父さんと母さんに散々言われたってのに、今度はちっちゃいのに負けたかあ』


 岡野は怒っている様子ではないが、機嫌よさそうでもない。今は2人に出くわしたくない。友樹は2人がどこかへ行くまで倉庫にじっと隠れることにした。


『背番号まで、さ』


 岡野の顔が曇る。友樹が貰った背番号4は、東北大会までは岡野の番号だった。東北大会では先輩たちが一桁の番号を与えられていた。6番も、草薙ではなく新藤だった。


『俺も取られたさ』


 岡野に答える新藤は、清々しく言い切った。


『俺たち、女子に負けた』


『負けたな』


 はあ、と岡野がため息をついている。友樹としては、一生懸命頑張っている草薙に対して『女子に負けた』と言ってほしくない。新藤まで同意するなんて。友樹はもやっとした。


『才能ってさ、あるんだな』


 岡野の言葉が友樹の脚をすくませた。才能。好きな言葉ではない。


『性別も歳も、何もかも関係なかったんだ』


『そうだよ』


 新藤がきっぱりと言い切った。岡野は諦めたように苦笑した。諦めないでください、と友樹はどうしてか分からないのに思った。岡野が諦めたって友樹には関係ないはずなのに、そう言われると何故か悲しくなるのだ。新藤と違い、岡野は友樹と仲良くしてくれるわけでもないのに、そう思う。


『打つかあ』


 岡野が背伸びをして、言った。急に岡野の言っていることが変わり、友樹は倉庫内からじっと2人を見た。


『打撃なら、性別も歳も関係あるからな。男の先輩として、やってやるしかねえな』


 言葉とは違い、岡野の顔は真剣だった。そして、岡野は試合中のような研ぎ澄まされた顔で、


『守備ではあの2人に敵わない』


 と言葉を重ねた。


『そうだな』


 そう言うと、新藤は何故か岡野の尻を蹴った。


『何すんだよ』


『さあ、打とう!』


『俺のケツは打つなよ!』


 2人はティーバッティングを始めた。友樹はそっと、何も聞いていなかったような顔をして倉庫から出た。

 自分がチームに入ったことがチームメイトに何かしらの影響を与えていたのだと、強く実感した友樹は胸の高鳴りと落ち込みを同時に感じた。申し訳ない気がした。申し訳ないと思ってはいけない気もした。



 赤川の背中と左打席の岡野、そしてミットを構える矢島を見ている。岡野のバットは赤川に対応できていない。このままじゃ打ち取られてしまいそうだ。


 岡野に協力したい。岡野から見れば、ポジションと背番号を取った後輩なのだろうけど。俺にとって岡野さんはどんな人だろうと思っても分からないけれど、それでも、応援したい気持ちがあふれてくる。

 だってチームだから。


「岡野さあああん!」


 友樹の叫びに、岡野が目を丸くする。


「打つのはぁ! 性別と! 歳が! 関係ありますっ!」


 叫んでから、やばいと思った。あの日に盗み聞きしたことがばればれだ。うっかりしすぎだ。友樹は岡野から目を逸らすのをなんとか我慢した。

 岡野は怒っていない。驚きすぎて、ぽかんとしているようだ。友樹はベンチの新藤をちらりと見た。新藤は察したようで、友樹に対して、


「もっと言ってやれ!」


 と叫んだ。もっとと言われても。


「えーと……すみませんっ!」


 新藤はベンチから身を乗り出して爆笑しているが、岡野はどうだろうか。

 岡野がにこっとして友樹を見た。綺麗な顔立ちに満面の笑みだが、何故か物凄く怖い。俺、やってしまったな、と友樹は覚悟した。

 赤川の直球を岡野のバットがぶっ叩く。金属音が響くと同時に友樹はスタートした。


「回れー!」


 三塁コーチャー笹川に従い、二塁を回り、さらに三塁を回る。激しく呼吸をして、走る。ホームに還ってから振り返ると、岡野が打ったのはライト後方へのツーベースだった。激走で息を乱して座り込んだ友樹を、草薙が助け起こしてくれた。嬉しくて疲れが吹っ飛んだ。


「やったあ! やりました!」


 ベンチの皆とグータッチをして、友樹は新藤ともタッチした。


「岡野さんが打ちました!」


「お前のおかげだよ」


「それはないです!」


 新藤が楽しそうに笑うが、友樹は怖くて岡野を振り返れなかった。


 六番高見が三振し、遠園シニアの攻撃が終了した。初回で2得点できた。


 一回裏が始まる。友樹はセカンドの位置に向かう途中で、ライトの岡野に捕まった。


「あの、すみませ――」


「守備ではお前に敵わない」


 友樹が謝るのを遮った岡野は、友樹の左肩に触れた。


「だから、期待してるぞ」


 岡野は怒っていないどころか、にこりとした。


「はい!」


 ライトの定位置へと走る岡野の背を見送ると、友樹はセカンドの定位置に着いた。

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