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第95話 ピッチングマシンと背番号

 監督が皆にプリントを配った。

 大会の日程と要綱のプリントが3枚。今大会の遠園シニアの作戦のプリントが8枚だ。


 日本選手権は5日間。1日1試合戦う。


「投球制限を考えて、決勝で高見を登板させたいから、準々決勝と準決勝は三原と沢と稲葉で凌いでほしい」


「はい!」


「初戦は高見が先発だ」


「はい!」


 監督がいろいろと説明する。

 日本選手権は神宮球場で行う大会だが、一回戦と二回戦は組み合わせによっては他の球場で行う(一回戦や二回戦でも神宮球場で行う組み合わせもある)。

 遠園シニアは、一回戦と二回戦は府中市の球場で戦うことになった。


 友樹はトーナメント表をじっくり見た。

 一回戦を互いに勝てば、二回戦で青森山桜(さんおう)にあたる。きっとまた水上と戦える!


「一回戦の相手は関西の『大阪南シニア』さんだ。強力な打線が特徴のチームだが、守備走塁はこちらのほうが上だ。きっといい試合ができることだろう」


「はい!」


 皆で大阪南シニアの動画を見た。


 キャプテンは四番キャッチャーの矢島だ。坊主頭でサングラスをかけている。

 ほとんどが右打者で、引っ張る人が多い。

 確かに強いが、勝てない相手ではないと思う。


「勝つぞ!」


 新藤が叫び、


「うす!」


 全員で叫んだ。



 その日の昼に、大きなトラックが球場に入って来た。


「さあ、皆! ついに届いたぞ! 新しいピッチングマシンだぞ!」


「はい!」


 さっそく、マシンにボールを入れる。まずは140キロくらいで慣らし、次に150キロにした。

 四番の桜井と三番の新藤がまともに打ち返せなかった。これは難しそうだ。


「一軍二軍問わず、全員で使えよ!」


「はい!」



 皆でたくさん150キロを打つ練習をして、新藤のバットが球をライト前に弾き返した。


「おおー! すげえ!」


「やりましたねええっ!」


 皆で盛り上がり、新藤も微笑んだ。


「もっと強く振ればいいのかもな!」


 その後、四番の桜井や、キャッチャーでありながら当たれば飛ぶ坂崎たちが、ヒットを打てるようになっていった。彼らは強く振っていた。

 その中で友樹は、考えていた。強く振っても力負けしてしまう。


 帰宅した友樹はプロ野球選手の動画をたくさん見て、試してみたいことができた。


 翌日。一軍の中で150キロに対応できていないのは友樹と草薙だけになった。


「今日は2人がたくさん使っていいぞ」


「はい!」


 打席に入っている草薙が球に力負けして、打球はぼてぼてのゴロになってしまう。


 次は友樹の打席だ。

 友樹は昨日見た動画で元プロが言っていた通りにスイングしてみた。

 だけど初めからはうまくいかない。打球はぼてっと転がった。


 それでも諦めず、五回目でついに打球はうまく飛び、センター前ヒットになった。


「やりましたっ!」


 皆が、わあっ、と盛り上がる。


「あとは草薙だ!」


 最後の一人になった草薙だが、なかなか150キロを打てない。休憩時間になった。

 草薙のほうから友樹に近づいてきたので、友樹はびっくりした。


「井原、どうして打てるようになったの?」


「俺の力で打つというより、150キロの球の力を利用して打ってみたんです」


 動画で見たことを草薙に説明すると、彼女は納得して頷いた。


 午後になり、練習が再開する。

 草薙の打球がうまくセンター前に返り、皆でわいわい盛り上がった。

 たった1度のアドバイスで、すぐに打ってしまった草薙に友樹は驚いた。


「井原のおかげだよ」


 草薙に、友樹は複雑な気分になった。


「草薙さんは俺に教えてくれないのに……」


「あんたに教えたら、私なんてすぐに追い越されちゃうでしょ。だから教えない」


 草薙さんだって教わったらすぐにうまくなるのに、よく言うよ、と友樹は頬を膨らませた。草薙は150キロを何度も打ってとても嬉しそうだった。



 ついに、背番号が発表される日が来た。

 一軍が監督の前に一列に並び、さらにその後ろに二軍が並ぶ。

 友樹を、二軍の一年生全員が見守ってくれている。


「1番高見」


 高見が堂々と1番のゼッケンを受け取り、列に戻った。


「2番坂崎」


 坂崎も高見と同じで、堂々としている。


「3番福山」


 福山の返事に大きな喜びが混じっていた。福山は東北大会まで背番号13だった。


「4番井原」


 友樹は4番のゼッケンをぎゅっと握りしめた。東北大会まで25番だったのだから、大躍進だ。


「5番新藤」


 かつて6番だった新藤が5番に。誰が6番になるか、明らかになったも同然だ。


「6番草薙」


 草薙の返事は低い声でしっかり響いた。


「7番桜井」


 不動の四番打者の桜井は静かに喜んでいる。


「8番山口」


 ライバルの後輩たちに競り勝って、山口はほっとしているようだ。


「9番岡野」


 東北大会まで背番号4だったのは岡野だ。内野のポジションを取られたが、それでもスタメンに食い込む意地を見せた。


 その後も25番まで呼ばれた。

 二年生の沢は10番、稲葉は11番、松本は12番、檜は15番、西川は18番だった。他は全て三年生だ。


「ともっち、すごーい!」


 西川が友樹の背をぱしぱし叩く。


「おいおい、一桁じゃねえかー」


 檜が友樹の頭をごりごりと撫でる。頭皮には悪そうだ。


「ありがとうございます!」


 友樹は嬉しくて頬が熱くなった。



 一軍の連携を強化するために、一軍対二軍の紅白戦をした。


 紅白戦の二試合目で、一軍チームは二年生を中心に出した。

 キャッチャーを正捕手の坂崎ではなく、二年生の松本が務めた。稲葉松本バッテリーで二軍と戦ったが、負けてしまった。


 松本が渋い顔をして、ベンチに腰かけた。


「やっぱり、坂崎さんのようにはいかないかあ」


「たまたまだと思います。相手の流れがよかっただけです」


 偶然傍にいた友樹はできる限りの励ましをした。

 松本は笑ったが、苦味のある笑顔だった。


「井原はいいよな。大活躍だ」


 友樹に松本の気持ちを分かることはできない。


「俺、ベンチに入っているけど公式戦に出たことほとんどねえんだわ」


 松本の笑みは、苦々しいものだった。



 紅白戦の三試合目。


 友樹はセカンドを守りながら、考えていた。

 背番号4の重み。一年生でスタメンであるということ。


「セカンドー!」


 はっとして、打球を追うが、ボールは両脚の間を転がっていく。トンネルしてしまった。

 いったい、俺は何をしているんだ、と友樹はさっと血の気が引く思いがした。

 前に出てきていたライトの岡野がカバーしてくれたが、出塁を許してしまった。

 草薙が友樹に駆け寄ってくれた。


「珍しいね」


「俺は……一年生でスタメンなんだから、もっと頑張らなきゃいけないですよね」


 友樹の声は弱弱しかった。


「関係ないよ」


 草薙の言いかたはきっぱりしていた。


「スタメンに学年は関係ない。何もかも関係ない。余計なことは考えなくていい」


「そうですね」


「大丈夫だから。何もかも」


 そう言って、草薙がグラブで友樹のグラブに触れた。


「はい」


 友樹は自然と笑顔になれた。

 その後は、きちんと守ることができて、紅白戦は終了した。



 練習終わりに、大会直前だということで残って練習する人も多い。保護者同伴であることが条件だが、友樹の親代わりに浅見コーチがいてくれる。


「どうも」


 なんと、以前草薙の野球を反対していた草薙の母が来ていた。草薙よりだいぶ丸い印象の人だ。彼女は控えめに、グラウンドの端で娘を遠くから見ている。


 草薙の横顔が嬉しそうなのは、きっと気のせいではない。

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