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第94話「俺はやりたいです!」

 一試合目は花沢学園高校が勝利した。


 二試合目で凛悟りんごが試合に出て、友樹は驚いた。

 凛悟はショートだったのだ。草薙さんと凛悟さんは同じなのだと、友樹は悔しくなった。

 凛悟は一年生なので上級生より体の線が細いが、それでも三遊間に立つ姿は堂々としている。


 二試合目は引き分けとなった。


「さあ、三試合目行くぞ!」


「うす!」


「二番セカンド井原!」


「はい!」


 草薙と二遊間になれた。

 草薙は休憩の度に女子高生たちに呼ばれてお喋りしていたので、草薙さんの仲間は俺たちではないんですか、と思っていたところだ。二遊間になれて友樹は嬉しくなった。


「草薙さん! 俺たちが二遊間です!」


「そうだね」


 草薙さんは、俺たちの仲間でしょう? と友樹は伝えたかったが、多分伝わっていないだろう。


 整列の際に凛悟が草薙に声をかけた。


「頑張ろうね!」


「はい!」


「私たち、同じショートだからさ。負けないからね?」


 凛悟が笑顔になる。草薙も笑みを見せた。

 友樹の心の中に塊ができた。ちくちくする。なんでこんなに俺はいつも通りじゃないのかなと友樹はいらだってきた。


 ようやく一勝できそうだ。遠園シニアの3点リードで、七回裏を迎えている。遠園の守備だ。このまま守りきってしまいたい。


 二死走者なし。

 花沢学園高校の左打席に、一番の凛悟が入った。

 沢の投球を引っ張った打球は強いゴロとなり、一二塁間を抜けようとする。

 友樹は凛悟に負けたくない。そう思ってしまう。

 友樹は走りながら強いゴロを捕球すると、逆シングルで捕った。だけど、凛悟の足が速く、このまま投げる体勢に入って投げてもアウトにできるか怪しい。

 友樹は草薙のいる位置を確認し、これならいけると思った。

 2人でたくさん練習した。

 遠園シニアの2人として。


「草薙さん!」


 草薙は驚いた様子だが、反応してくれた。

 体勢を崩しているセカンドが、万全の体勢のショートにトスしてショートに投げてもらう、スイッチトス。


 草薙が走りながら友樹のグラブトスを受け取ろうとして――落球した。


 グラウンドの雰囲気が一変する。


「何やってんだ! お前たちは!」


 監督が大声を出すのは珍しいことだった。


「すみません!」


 草薙がすぐに謝った。友樹も慌てて、


「すみません!」


 謝った。


 違うんです、俺だけが悪いんです、草薙さんはチームに迷惑をかけたくないと言っていました、と本当は言いたいが、まだ試合中だ。


 一塁の凛悟が二塁に盗塁してきた。素早くタッチしたが、アウトにできなかった。

 凛悟が心配そうに友樹を見た。


「大丈夫だよ。練習試合なんだから、どんどん失敗しよ?」


 凛悟を勝手に敵視したというのに、凛悟に心配されている。友樹はたまらなく悔しくなって、歯を食いしばって感情をこらえた。


 その後、遠園シニアは逆転負けしてしまった。


「井原、後で話がある」


「はい」


 監督にそう言われてしまった。これには、新藤たちも何も言わなかった。


「監督。私も悪いんです」


 草薙が監督の前に立って、そう言った。

 草薙は優しいから、庇ってくれているのだ。草薙に迷惑をかけてしまった。友樹は自分の馬鹿さが情けなくなる。


「何を言っているんだ。草薙も後で話がある」


「はい」


「草薙は次の試合の準備をしろ」


 監督はそれ以上、何も言わなかった。


 四試合目――最後の試合で友樹は出されなかった。

 草薙はセンターとして出場している。


 さっきの失敗したプレーは友樹がやろうとしたことだと監督も分かっているから、草薙のことはスタメンから下げなかったのだろう。


 友樹は心の中も頭の中もぐちゃぐちゃで、女子高生と草薙が楽しそうに話しているのを睨んでいた。


 草薙に憧れて追いかけてきたのに、草薙は自分を置いて、他の場所へ行ってしまう。

 友樹と草薙が一緒にグラウンドに立てるのは、あと一年と半年ほど。

 女子である草薙は女子たちと一生一緒に野球ができる。



 帰りのバスで、選手たちは疲れていて、半数以上が眠っていた。

 友樹は疲れ果てているのに、眠れなかった。

 友樹の隣で、草薙が嬉しそうにスマホを見ている。凛悟たちと連絡先を交換したそうだ。


「草薙さんは遠園シニアの選手ですよね?」


 周りの誰にも聞かれたくなくて、小さく低い声で草薙に囁いた。


「当たり前でしょ」


 草薙が不思議そうに言った。

 友樹は安心できなかった。

 草薙さんは、本当は女子の皆と野球をしたいんだ、と友樹は思った。

 俺と一緒に野球をしたいわけじゃないんだ。


「そんなことより、あのスイッチトスは何なの?」


 草薙が怒っている。友樹は俯いてしまった。


「すみません」


 俺はただ、草薙さんとずっと一緒に野球がしたいだけなんです、とは言えない。



 夕日に照らされた遠園シニアのグラウンドに到着すると、皆が整列する中で草薙と友樹の2人が、監督の前に立たされた。


「監督、すみませんでした」


 きっと怒られるだろうと思って友樹は先に謝ったのに、監督は、


「何を謝っているんだ?」


 と、怒っている様子を見せなかった。友樹は戸惑った。


「お前たちは悪いことをしていないのに、どうして謝るんだ?」


 草薙も戸惑っていて、彼女と友樹は顔を見合わせた。2人の様子を見て、監督は大きなため息をついた。


「挑戦しようとしたのを、責めるわけがないだろう」


「ですが、チームに迷惑をかけました」


 草薙が辛そうに言った。


「私は以前、試合でやり過ぎてチームを負けさせたことがあります。もう皆に迷惑をかけられません」


「そう思っていたのか!」


 言ったのは監督ではなく、後ろにいた新藤だった。


「誰もそう思ってねえよ!」


 草薙が驚いて、じっと新藤を見ている。新藤はさらに続けた。


「攻めにいったせいで負けたんて、思うなよ!」


 新藤に続いて、遠園シニアの皆が草薙を見つめて頷いた。

 監督が草薙の帽子のつばを叩いた。


「俺があのとき草薙を二軍にしたのは、うるさい保護者たちから遠ざける目的もあったが、体力をつけさせたかったからなんだよ」


 草薙は驚いた顔のまま頷いている。


「お前たち、やるならとことんやるんだ。やらないなら、潔くやめちまえ。どうしたい?」


 友樹は凛悟相手にスイッチトスをしたときのことを考えた。まるで凛悟に草薙をとられたように感じて、だから凛悟に負けたくないあまりにスイッチトスをやった気がする。つまらない意地だ。


 でも、それでも誰にも負けたくない。つまらない意地だとしても、負けたくない。

 潔くやめられるだろうか。そんなこと、考えなくても分かっている。


「俺はやりたいです!」


 潔くやめるなんて、できない。


 監督が頷いた。あとは、草薙の意思だ。友樹はそっと草薙の横顔を見上げた。

 草薙の表情は柔らかかった。


「私もやりたいです」


 友樹はぱっと笑顔になった。


「もう戻っていいぞ」


 監督に言われて、皆の列に戻った。監督の話が終わると、友樹のもとに新藤が来た。


「俺は打撃の練習をするけど、お前たちを応援している」


「はい!」


 新藤が友樹の背をぽんっと叩いた。


「やっぱり、草薙は気にしてたんだな」


「新藤さんも気にしてたんですか?」


 草薙に「強気に行け」と言ったのは新藤で、優しい新藤は責任を感じていた。


「気にしてた。でも、俺ももう気にしないよ」


 いつもキャプテンらしく強くふるまう新藤だが、今の笑顔は自然体だった。


「俺たちも協力するよー!」


 西川を初め、二年生の皆もスイッチトスの練習を助けてくれることになった。「草薙の気持ちを考えろ」と、友樹のスイッチトスに反対気味だった松本も、草薙の意思を尊重して協力してくれることになった。


 こうして、友樹と草薙はスイッチトスの練習を本格的に始める。

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