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第93話 ライバルと女子高生

 練習前に、監督がミーティングルームに皆を集めた。


「まずは簡単に『日本選手権』について説明するぞ。リトルシニアの最高峰を決める、神宮球場で行う大会だ。5回勝てば優勝となる。東北からは4チーム出場する。俺達『遠園シニア』と『滝岡たきおかシニア』、『青森山桜(さんおう)シニア』、『東教とうきょう仙台シニア』だ。で、ここからが本題だ」


 監督の指示で浅見コーチがパソコンとプロジェクターを操作して、スクリーンに動画を映し出した。


「日本一になるために、超えなきゃならないライバルがいる。まずは、彼だ」


 動画の中の背が高い少年が、力のこもるフォームで投球した。スピードガンの数値は、149キロ。


「現在の中学生最速の、149キロ。東京の下北沢シニアさんの椎名浮雲(ふう)君だ」


 椎名だけで十分脅威なのに、動画はまだ終わらない。


 次に映し出された少年は、球速こそ138キロだが、二刀流だった。エースで四番だ。


「福岡の久留米シニアさんの松永夏生(なつき)君だ」


 松永は走塁もいい。


 次に映し出したのは、一切の躊躇がないフルスイングをして、ボールをスタンドの向こうまで運んだ少年だ。


「中学一の強打者、三重の志摩シニアさんの氷室(りん)君だ」


 最後に映したのは、ショートだった。友樹は、そのショートを『美しい』とまで思った。こんなことを思ったのは、草薙を見たとき以来だった。


「中学最高のショート、新潟の越後シニアさんの綾瀬郁也(いくや)君だ」


 浅見コーチがスクリーンを消した。監督が皆に向き直った。


「一人一人、対策をしよう。まずは、打撃からだ。皆、喜べ。東北大会で優勝したことで、地元の人たちが寄付をしてくれたし、OBの何人もがお金を出してくれてな。最速150キロのピッチングマシンを買えたぞ!」


 わあっ、と皆が盛り上がった。


「それと、もう1つ、お知らせがある。花沢学園女子硬式野球部との練習試合が決まったぞ」


 女子と? ということで皆がざわっとした。


「女子野球界注目の入江さんからランニングホームランを打った草薙に、目を付けたらしい」


 二年生の皆が草薙に拍手した。草薙は照れたように頷いた。



 翌日は、梅雨の蒸し暑い日だ。

 遠園シニアの一同はバスに乗っている。一軍で一台のバスに乗るので、一年生は友樹たった1人だ。草薙の隣が空いていたので座らせてもらった。


 遠園シニアの一同は、花沢市の花沢学園高校に到着した。部活動が盛んな高校なので、各部活ごとに一面のコートを使える。広大な敷地だ。


「移動、お疲れ様です。キャプテンの大塚です。よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。キャプテンの新藤です」


 キャプテン同士で握手する。いつも緊張しない新藤が少し緊張している。

 女子高生と握手しているのだから無理はない。


「それでは、案内します。こちらへどうぞ」


 大塚に続き、新藤を先頭にしてグラウンドへ向かう。

 友樹は草薙をちらりと見た。

 草薙は嬉しそうに、野球をする女子たちを見ている。

 女子と握手した新藤は少し落ち着かない様子だし、岡野と山口は女子高生たちをちらちら見ている。二、三年生の何人かは浮かれている。西川は緊張していて、福山と檜に小突かれている。


 その中で、友樹はびびっていた。

 こないだ戦った入江よりさらに大人の女性たちだ。中一男子からすれば、ちょっと怖い。グラウンドに到着すると、女子が群れている。女子は1人だけでいるよりも、群れるともっと怖い。


 青紫色の練習着を着た、40人の女子高生が並んだ。


「まずは一緒に練習をして、その後2チームに別れて試合をしましょう」


「はい!」


「草薙さんは女子野球部の更衣室に来て」


「はいっ」


 草薙は少し緊張しているようだが、嬉しそうだ。

 友樹は女子高生と一緒に去っていく草薙の背を見送った。

 草薙が嬉しそうなのが、友樹はひっかかった。さっきまで何もなかった胸の中に、さざ波ができてざわっとする。どうしてそうなったのだろうかと、友樹自身にも分からない。


 男子は男子ソフトボール部の更衣室を借りた。

 ネイビーの練習着に着替えるのだが、岡野と山口が、制汗剤を使っている。


「お前ら、普段使ってないくせに」


 新藤が2人を指さして笑う。


「女子の皆さんに気を遣ってるんだよ」


「そうだ、新藤もつけろよ」


「分かった」


 すると、他の皆も「俺にも貸して」と集まった。


「井原も使えよ」


「ありがとうございます!」


 友樹も含め、男子全員が普段使わない制汗剤を使ったのだった。

 着替えが終わって、草薙が遠園シニアの元に戻って来た。

 明らかに笑いをこらえているので、男子の皆が普段と違ういい匂いだと気づいたらしい。


「いつもこうだといいのに……」


 草薙がぼそっと呟いたのが聞こえて、友樹はショックを受けた。



 試合前の練習を終えると、友樹はグラウンドの隅の草むらに吐いた。といっても、吐いたのは友樹だけではない。

 隣には西川がいるし、檜と福山もいる。

 さらに、草薙もいる。

 これが女子高生の練習量か……と思っていると、女子高生も1人、吐いている人がいた。

 ショートボブの女子だ。


「皆、大丈夫?」


 吐いたばかりだというのに、彼女は友樹たちを気遣ってくれた。


「はい、大丈夫です……」


 あなたも吐いていたじゃないですか、とは言えない。彼女は友樹の背を摩り、草薙の背も摩った。


「いつもこうなんですか?」


 息も絶え絶えの草薙が聞くと、彼女は頷いた。


「うん。あ、私は一年の三倉凛悟(りんご)。よろしくね、草薙さん」


「はい。よろしくお願いします、三倉さん」


「凛悟さんでいいよ。あるいはリンゴスター」


 首を傾げた草薙に、凛悟が笑う。


「ベイスターズが好きなリンゴだから、リンゴスターなの」


 えへへ、と笑う凛悟に、草薙も笑った。


 その後、休憩時間になった。

 草薙は凛悟に話しかけられて、2人で喋っている。すると、2人の元にさらに3人が集まって、楽しそうに喋っている。

 いつも冷静で強気な顔の草薙が、女子たちを見上げて、可愛い顔をして笑っている。

 友樹は、もやっとした。どうしてもやもやするかも分からずに。


「どうしたの?」


 西川が友樹に声をかけた。


「いえ」


 友樹の不機嫌を感じ取ったらしく、西川が穏やかに笑いかけてきた。


「草薙っちだって、女子の先輩たちとお話しできて嬉しいんだよ」


 そう言われると、友樹はますますもやもやする。


「草薙さんらしくないなって、思っているだけです」


 友樹は低い声でそう言った。

 草薙さんらしくない草薙さんを見ているから、俺はもやもやしているのだと、言葉にしたことで友樹はようやく気がついた。俺の知っている草薙さんじゃないからだと。


 そこに、福山が来た。


「お前が香梨の何を知ってるんだよ」


 友樹の心に、ぐさっと刃が刺さった。


「あいつだって小さい頃は俺と人形遊びしてたんだぞ。香梨は女子だ」


「え? ふくっちも人形遊びしてたの?」


「姉貴と香梨に付き合わされていただけだぞ」


 福山の姉も遠園リトルにいて、姉が草薙と仲が良かったために弟である福山も草薙と仲がよくなったのだと、前に大志も言っていた。


「そうか。井原は今の香梨しか知らないもんな」


 檜もそう言った。

 俺は草薙さんのことを何も知らないんだ……、もやもやするのも、俺の自分勝手なんだ、と友樹は思った。

 友樹は、自分が今まで見てきたものが、ほんの一部だったと思い、気持ちがぐらりと揺れた。

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