表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/103

第91話 スイッチトスの練習

 東北大会で優勝したからこそ、遠園シニアは気を引き締めて練習していた。


 シニアの練習がない平日の放課後。

 河原の誰でも使えるグラウンドで、友樹は二年生たちと一緒にいた。


「草薙さん!」


 一二塁間の二塁よりで、友樹は叫ぶように彼女の名を呼ぶ。

 草薙が走りながら、グラブを差し出すように構える。


 友樹は右手にボールを持ちかえず、グラブから直接草薙にトス――グラブトス――した。綺麗な弧を描いたボールだが、僅かに距離が短く、草薙に届かない。ボールが地にぽとりと落ちた。


 はあ、と草薙が腕を組んでため息をつく。


「やっぱり、『スイッチトス』は必要ないんじゃないの?」


 友樹は返す言葉が浮かばずに、唇を結んだ。


「おお? 諦めるのかー?」


 マウンドの沢が2人に声をかける。


 友樹と草薙は、一軍の二年生たちの協力のもと、『スイッチトス』の練習をしていた。

 今まで2人はダブルプレーを取る際に近い位置からグラブトスをしていたが、今回は違う。


 今練習しているスイッチトスは、一二塁間で捕球したセカンドが一塁に投げにくい場合を想定して、セカンドがショートにトスしてショートが一塁に投げ、バッターランナーをアウトにするというものだ。

 ダブルプレーを取るのではなく、2人で協力してバッターランナーをアウトにするというわけだ。


「本当に必要なの?」


 草薙に疑われてしまっている。

 友樹としては、戦略の幅が広がると思っている。


 投げにくい体勢のセカンドが体勢を立て直してから投げるよりも、セカンドからスイッチトスを受け取ったショートがいい体勢から送球するほうが速いのではないかと思っている。


 だけど、そもそもグラブトスは難易度が高い。今まで2人は土壇場で2度成功させているが、それは距離が近かったためだ。


 スイッチトスの難易度はさらに高い。


 沢にピッチャー、松本にキャッチャー、ファーストに福山、サードに檜、バッターランナーを西川にやってもらい、それを稲葉に動画に録ってもらっている。


「井原は投げるのがうまいから、スイッチトスは必要ないだろう」


 稲葉が苦笑いする。


 ちなみに、この練習は監督とコーチ2人には内緒だ。絶対に、「必要ない」と言われると分かり切っているからだ。

 新藤には許可を取っているが、彼は参加しなかった。「俺は打撃の練習をするから」とのこと。


「ともっちは普通にやればいいんだよー」


 西川も稲葉に同意のようだ。


「まあ、相手の度肝を抜けるとは思うけどな!」


 沢が笑っている。

 草薙がじっと友樹を見た。


「挑戦するのはいいけど、それで失敗したらチームに迷惑がかかるから」


 草薙の言う通りだ。


「私はもう、チームに迷惑をかけたくない」


「かけたことがあるんですか?」


 草薙が、ふふ、と笑ったが、自虐的な笑みに見える。


「なんで私が前に二軍にいたか。あんたは知らないか」


 イーグルスカップ――当時一年生だった草薙が代走として出た、秋の大会――で、彼女は攻めすぎた走塁ミスを2度もしたと、新藤から聞いたことがあった。草薙から直接聞いたわけではないので、この場では黙っておくが。

 草薙が首を傾げたので、友樹も首を傾げた。


「いや、あんたのことだから、『何があったんですか』とか聞いてきそうなのになって」


「何があったんですか?」


 さっそく聞いた友樹に、草薙だけでなく二年生の皆が笑ったが、友樹は真剣だ。草薙のことならなんでも知りたい。


「盗塁を失敗したし、無茶な進塁をしようとしてアウトにされた。そのせいで、負けた」


「でも、チームのためにしたんでしょ? 気にする必要はないと思います」


「本当にチームのためだったか、怪しいと自分でも思う。……あのときは、野球を応援してくれない両親に実力を見せたいと思っていたし」


「そうだったんですね……」


「女子でもできるってことを証明したかった」


 友樹は草薙の思いに口を出せない。


「あと、新藤さんに言われたってのもあっただろ」


 檜が口を挟んだ。


「草薙は足が武器だから積極的に行けって」


 新藤は、その件に関して「俺の言葉が悪いほうに働いた」と後悔していた。


「そうだね……。新藤さんが気にしてなきゃいいんだけど」


「新藤さんは優しいからなあ。気にしてなきゃいいんだけどな、本当に」


 福山がそう言った。


 実際に新藤は気にしていたと友樹は知っている。

 新藤さんは、今はどう思っているのだろうか、と友樹は思った。春季大会と東北大会を経て、新藤の胸のつかえが取れているといいな、とも思う。


 新藤のことを思って、皆が少ししんみりしたところに、松本が、


「新藤さんを心配する暇があったら、自分のことを心配しな」


 と、フォローした。皆も頷く。


「井原もだぞ」


「え?」


 松本が友樹を真剣な眼差しで見た。


「一年生で唯一の一軍。頑張りたいのは分かるけど、周りとの歩調も合わせろ。スイッチトスをしたいのが真面目な気持ちだってのは分かるが、草薙に迷惑をかけんなや」


 友樹はいろいろ言いたいこともあるが、言わないことを選んだ。


「はい。すみませんでした」


「分かればいいんだ」


「まあ、井原は突っ走り気味だもんな」


 稲葉が笑って、


「新藤さんに突撃したあのときの先輩がたの目。怖かったなあ」


 と言うので、友樹は黙るしかない。


「やる気がないよりはいいじゃねえか」


 沢がフォローしてくれた。


「俺は一軍にともっちがいて、楽しいよ!」


 西川も優しい。


「じゃ、スイッチトスの練習は終わりだな」


 と檜が言い、この場は解散となってしまった。


 友樹はどうしてもスイッチトスの練習を続けたかったが、草薙の思いを無視できない。

 チームを思う草薙さんはやっぱりいい選手だと友樹は思った。




 スイッチトスの練習が後に繋がることを、このときの友樹は知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ