第86話 試合後
そろそろ球場を出る時間だ。友樹と水上はそれぞれのチームへと戻った。
友樹は草薙の隣を歩く。そっと彼女を見上げる。肩につく長さの髪を後ろでちょこんと結んでいるが、汗で少し乱れていた。
球場の外に出ると、草薙は両腕を思いきり上げて体を伸ばした。男子と比べれば線の細いしなやかな体が伸びる。
草薙に勝ってショートになると、水上に宣言したばかりのせいか、友樹はなんとなく草薙に近寄らずに遠くから見ていた。
「いいショートだったぞ、草薙」
監督が草薙を褒める。
「さすがだな」
新藤も草薙を褒める。新藤の他に、三年生たちも草薙をねぎらっている。二年生たちもわいわい盛り上がっている。
「井原は?」
草薙の口から、自分の名が出た友樹は、猫のようにびくっとした。
「はいっ!」
「そこにいたんだ」
「どうしましたか?」
草薙のほうから呼ばれて、友樹はドキドキした。
もしかして、いいセカンドだったよと褒められるのかな。だといいな。いい守備をできたつもりだ。打撃もよく打てた。
よかったよ、井原。そう言われたりしないだろうか。
「いや、なんでもない」
「えっ」
草薙はぷいっと、顔をそむけた。
友樹はがっかりした顔で草薙の横顔を見つめる。
すると、新藤が笑いだした。新藤さんは一体何がおかしくて笑っているんだと、友樹はぽかんとした。
新藤が草薙に向かって、楽しそうに言った。
「いつもは井原のほうから近寄って来るのに、珍しく来なかったから物足りなかったんだろう?」
友樹は新藤の言葉に、やっぱりぽかんとしたが、
「なに言ってるんですかっ! そんなんじゃないですっ!」
草薙はあたふたしている。頬が赤い。
草薙が友樹を見た。いつもと違う赤い頬と、恥ずかしそうな表情だ。そんな草薙を見ていると、友樹は落ち着かなくなって、じっとしていられなくなった。友樹は草薙の元へ駆けだした。
「草薙さん! 今来ましたよ!」
友樹は満面の笑みになった。夏の日差しみたいに眩しい笑顔だ。
「別に来なくてもよかったけど」
草薙は友樹から目を逸らした。
「……新藤さん、変なこと言わないでくださいよ」
「変か?」
「変です!」
あきらかに草薙は動揺していて、声がいつもより高い。
「別に、あんたに来てほしいわけじゃないよ! ただ、いつもくっついてくるから、それが普通なんだって思ってただけ!」
「分かりました。これからもくっつきます!」
「こなくていいよ!」
友樹は草薙を見上げた。
草薙選手は憧れのショートで、絶対に勝ちたい存在。
たくさんの技を盗みたい。
もっと強くなるためには、草薙の存在が大切だ。
なら、いつも草薙の元にいたほうがいい。
「いつもそばにいますね!」
「いなくていい!」
遠園シニアの皆が、2人のやりとりを温かく笑っている。