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第83話 ピッチャーたち

 5対8。遠園シニアの3点リードで五回表を迎える。


 遠園シニアのピッチャーは沢。一死満塁のピンチだ。


 そこに、七番の下位打線とは思えない痛烈な打撃音が響いた。フォロースルーも良く、青森山桜(さんおう)のベンチが盛り上がる。


 遠園のレフト桜井とセンター山口が必死で前に走って来るが、その必要はなかった。


 草薙がノーバウンドでダイビングキャッチした。

 そして両脚とも膝立ちのままで二塁の友樹に投げる。

 ダブルプレーを成立させた。


 草薙が立ち上がり、白いズボンの両膝に付いた土を払い落とす。

 草薙に駆け寄った友樹に、彼女は笑った。普通に笑えば綺麗な人だが、とても強気な笑みは美しく勇敢な少年のようだった。


「守れるのは井原だけじゃないからね」


「そんなの、知ってます」


 誰に憧れて遠園シニアに来たと思っている。

 友樹は草薙をそっと見上げる。

 俺がどれほど憧れているかを草薙さんは分かっていないのだろうか、と友樹は思った。


 ベンチに戻ると、沢が稲葉と、二年生のキャッチャー松本と話していた。


「俺は皆に守られてばかりのピッチャーだなあ」


 沢の声は少し沈んでいた。


「そんなもん、俺もだよ」


 稲葉が苦笑いする。


「持ちつ持たれつだよ」


 松本も沢を励ました。


 沢さんの元気がないのは珍しいな、と友樹は心配になった。


「別に守られてたっていいじゃない?」


 そこに、草薙が口を挟んだ。


「そのために7人も後ろにいるんだから」


「おおー。いいこと言うね!」


 稲葉と松本がにこにこする。だけど沢はまだ少し元気がない。


 五回裏。青森山桜のピッチャーは引き続き左の鳥海だ。


 二死。

 次は九番の沢だが、


「代打だ」


 監督はそう言った。つまり、沢の出番はもう終わりということだ。

 沢は悔しそうに唇を噛んでいる。


「藤井を呼んでくれ」


 友樹は一塁コーチャーボックスにいる藤井を呼びに行った。


「藤井さん!」


「おう!」


 友樹と藤井はこつんとグータッチすると、一緒にベンチまで走った。


 藤井が打席に立つと、ベンチもスタンドもドキドキした様子になる。

 期待半分、不安半分の空気だったが、藤井のバットはそれをものともしなかった。


 綺麗なスイングから放たれた気持ちのいい弾道は、レフト後方に落ちた。

 二塁にスライディングしてセーフを掴み取った藤井に、ベンチは総立ちになった。


 次は一番草薙だ。


 草薙が右打ちで初球をライト前にうまく運んだ。

 よし、これでランナーを進めたぞ、と思ったときだった。


「おい!」


 三塁コーチャーの笹川の叫びが響く。


 藤井が三塁を回る。

 暴走だ。


「藤井ー!」


 大丈夫かと、遠園ベンチの全員が不安で立ち上がる。

 すぐにライトから好返球が返ってくる。

 まずい、と誰もが思ったが、


「セーフ!」


 なんと運よくキャッチャーが取り損ねたのだった。


「全く、焦らせやがって」


 監督も苦笑いである。


「やったぜー!」


「藤井ー! この野郎!」


 元気よく戻ってきた藤井は、三年生の皆にぽこぽこ殴られるという手荒い歓迎を受けたのだった。


 二番の友樹の番だ。


 鳥海は完全に元気を取り戻していて、インコースにどんどん投げ込んでくる。

 何度ものけぞらされたが、友樹だって負けない。


 一歩も下がらない気持ちでカットし、ボールは見送り、時が流れる。

 何球目か、分からなくなった頃だった。

 インハイに、凄みのあるクロスファイヤーが来た。


「ストライク!」


 友樹の丸い頬に冷や汗が伝う。

 鳥海がマウンドで叫んでいる。

 ピッチャーの意地を見た。


 五回が終了した。


「次は高見だ」


「はい!」


 ついにエースが登板する。


「高見さん、頑張ってください!」


 沢が高見を見上げた。

 

「ああ、分かっている」


 高見は遠園のピッチャーたちの声援を背にマウンドへ向かう。


 六回表の青森山桜を、高見はセカンドゴロ、サードゴロ、ショートゴロに打ち取った。

 やっぱりエースは違う。

 それにしても、高見さんの投球がいつもと違うな、と友樹は思った。

 今までは三振狙いだったのに、今回は打たせて取っていたのだ。


「ツーシームだよ」


 草薙が教えてくれた。


 ツーシームは打者の手元でピッチャーの利き手側に小さく変化する球だ。空振りを誘うのではなく、打たせて取るために使う。

 すると高見が友樹と草薙に笑いかけた。


「こないだ仙台広瀬に対策されたからな。未完成だったツーシームを急いで完成させたんだ」


「凄いですね!」


 新しい球種を覚えるのがどれほど大変か、友樹には分からない。

 高見が自信ありそうに微笑んだ。


「お前たちがうまいからこっちとしては選択肢が広がるんだよ」


 褒められて、友樹は頬が熱くなった。野手が上手だから打たせて取る戦いかたができるのだという、最高の褒め言葉だ。


「なあ沢」


 高見が沢に声をかけた。


「守ってくれるようなやつらだから、守りたくなるんじゃないか」


 沢の顔が、ぱっと明るくなった。


「はい! 守られた分、皆を守れるようになります!」


 高見と沢がいろいろ話している横で、友樹は草薙にひそっと話した。


「沢さんが元気になりました。よかったです!」


「そうだね」


 草薙も安心しているみたいだ。


 ちなみに、球の出所を見辛くするという成長をした三原が「やれやれ。俺の成長が霞んじゃうね」と坂崎にぼやいていたのだった。


 六回裏で、青森山桜が出したピッチャーは、エースナンバーを背負った崎山だった。


「エースを引きずり出せたようだな」


 高見が面白そうに言った。

 前回の試合では、崎山は一切出てこなかったのだ。


 三番新藤、四番桜井、五番坂崎が三者連続で三振に切られてしまった。


「さあ、最後だ!」


「おう!」


 ベンチで円陣を組む。


 遠園シニアは5対9の4点リードで最終回を迎える。

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