第82話 青空
5対3。遠園シニアは2点ビハインドで四回裏を迎える。
相手ピッチャーは左腕の鳥海。
友樹ははっきりと覚えている。
前回の試合でデッドボールを出して新藤を怪我させた人だ。それがなければ友樹が出場することはなかったのだから、複雑だ。
あのときは当てた鳥海も辛そうな顔をしていた。
打順は八番福山からだ。
福山が四球で出塁だ。
「お前ー。さては今日打ってないなー?」
「いいじゃねえかー。塁には出てるんだからー」
三塁側ベンチの檜と、一塁に立つ福山が馬鹿でかい声でそんな会話をしている。
九番の沢が「打たれた分は取り返してやるよ!」とライト前ヒットを打つ。無死一二塁。
打順は一番の草薙に還った。
草薙も四球を選んだ。というか、余裕だった。ストライクゾーンを大きく外れた投球ばかりだったのだ。
二番友樹の番だ。
一球目、二球目と外側のコースに投げられた。
じゃあ次は内側に来るか。
鳥海がキャッチャーのサインに3度首を振り、ようやく投げる。
また、外のコースに来た。
四球目の外角低めをレフト前に打った。
なんだか、鳥海さんが弱くなっている気がする、と友樹は思った。
何か、言葉にできない違和感がある。
三塁ランナーの福山が還って、遠園シニアは4点となった。
無死満塁で、三番の新藤が出てくる。
左打席に入った新藤の横顔を見ながら、友樹は嫌なのにあの瞬間を思いだしていた。
三塁側のベンチから見た、新藤がかなりの量の鼻血を出しながら倒れる姿。
友樹は鳥海のフォームを横から観察するために、マウンドを見た。
鳥海がきょろきょろしていて、目線もさまよっている。
何度もキャッチャーが『落ち着け』と手を振っている。
あの瞬間を思いだしているのは、鳥海も同じなのか?
鳥海が新藤に投げる。
三球連続で、外側へのボール球だ。
やっぱり鳥海も覚えているのだ。キャッチャーのサインに何度も首を振っているのも、内側への要求を断っているのだろう。
打席で感じた違和感は、鳥海の恐怖心だったのだ。
また四球になるかな、と思ったときだった。
新藤が打席を外し、バットで空を指した。いつの間にか、曇り空は青空になっていた。
いきなりのホームラン予告に鳥海が驚いた顔をする。
新藤は笑顔で、大きく叫んだ。
「俺は大丈夫だ! さあ! こーい!」
鳥海は、少しほっとしたような顔をした。
そしてついに、投球がストライクゾーンの中、外角低めに入った。
新藤はこれを待っていたのだ。
新藤はコースもタイミングも完全に読み切ったスイングをした。
腰の回転も、それが生じさせるバットの回転も素晴らしい。
打球が高く上がる。
青空の下を、白球が線を描くように飛んでいく。
打球はフェンスに直撃か――と思ったが、風が味方する。
スタンドの向こうに落ちた。
ホームラン。
球場に拍手が響き、たくさんの歓声が上がる。
遠園シニアのスタンドの皆が飛び跳ねて、揺れが起こる。
ベンチの皆が柵から出てきて、笑顔で打球が落ちた先を指さす。
「井原! ベースは踏め!」
「はいっ!」
監督が笑いながら注意する。友樹は浮かれてベースを踏み損ねるところだった。
新藤は晴れやかな笑顔で拳を上げ、そしてダイヤモンドを一周する。
ベンチに戻った友樹は、ふとマウンドを見た。
鳥海は笑顔だった。
四番桜井が打席に立つと、鳥海は真剣な顔に戻った。
驚いた。
初球は桜井がのけ反る程に厳しいコースの内角高めだった。
外と内を投げ分け、桜井は三振した。
五番坂崎が内角高めに振り遅れて三振。
六番岡野は内角高めに見逃し三振。
「鳥海さんの投球が変わりました!」
ホームランの余韻で頬がほてっている新藤が、笑顔で鳥海を見た。
「吹っ切れたんだよ、あいつも」
三者連続で三振を取った鳥海と、青森山桜のキャッチャーが遠園ベンチを見て、新藤に向けて帽子のつばを触った。
新藤も青森山桜のバッテリーに向けて帽子のつばを触った。