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第77話 水上敦との出会い

「明日の詳しい話は遠園に帰ってからにしよう。ひとまず帰るぞ」


 監督が皆にそう言うと、全員の「はい」という返事が揃った。


 皆で球場の駐車場に移動した。潮コーチが運転するマイクロバスに三年生が乗る。監督が運転するハイエースに二年生が乗る。保護者たちの車に散り散りになって残りの二年生と、一年生が乗り込んでいく。

 そこに、1人の男性が来た。


「すみません、遠園シニアの皆さんにお話とお願いがあります」


 よく通る聞き取りやすい声。友樹はその声に覚えがあった。


「北條と申します」


 北條と名乗った男は監督に名刺を渡す。

 友樹は驚いた。ベースボーイチャンネルの北條が、目の前にいる。生で見ても動画の印象と変わらない。20代後半の引き締まった体で、上下の黒いジャージ。顔は優しそう。


「30分ほどでいいので、遠園シニアさんを取材させてもらえませんか」


「しかし……」


 監督が眉間に皺を寄せる。


「いいじゃないですか、監督!」


 そこに浅見コーチが割り込む。


「知名度が上がれば入団する子が増えるかもしれませんよ!」


「確かにそうだな……よし。北條さん。引き受けましょう」


「ありがとうございます!」


 大人たちの間でとんとん拍子に話がまとまった。


 遠園シニアの全員が車から出て、球場の傍の広場に集まった。北條のアシスタントらしい2人の男性がてきぱきと撮影の支度をする。

 監督とコーチのインタビューの後、キャプテンである新藤のインタビューが行われた。それぞれ5分ほどだ。その後、遠園シニア全員集合のカットを撮った。


「ありがとうございました」


 北條は感じのいい人で、監督もすっかり打ち解けている。


「今日の撮影はこれで終了です。それで、もう1つお願いがあるのですが……」


「はい、何でしょうか?」


「こないだの春季大会の、青森山桜シニアさんとの試合のシーンも動画にしてよろしいでしょうか?」


「どのようなシーンですか?」


 北條が大きなタブレットを掲げて、全員に見えるようにした。

 友樹と草薙のグラブトスのシーンだった。

 友樹は驚いて言葉を失う。草薙も驚いており、手を口元に当てて目を見開いている。


「グラブトスは珍しく、難易度の高いプレーです。是非、遠園シニアさんの動画内に入れたいのですが……」


「草薙と井原さえよければ」


 友樹はびくっとした。


「俺は大丈夫ですけどっ」


 自分が野球の動画にアップされるのが信じられないが、断る理由は無い。


「両親の許可が貰えてから改めてお返事します!」


 草薙も驚いているようで、いつもより高い声だった。

 北條は草薙を覚えていないようである。


「ありがとう!」


 北條はにっこりと笑顔を浮かべる。


「それでは、ありがとうございました!」


 深く頭を下げる北條に、遠園シニア一同も頭を下げ、これで終わりだと思ったときだった。


「北條さーん!」


 辺り一面に響く大きな声。1人の少年が北條に大きく手を振りながら走って来る。


(あつし)くん? ここまで来たのか?」


 北條が「敦」と呼んだことに友樹は驚いて息をのむ。

 まさか、水上敦?

 友樹は少年の顔を見た。小麦色の肌。三白眼の鋭いまなざし。ちらりと覗く八重歯。

 水上敦だ。

 勝ちたい相手が傍にいる。友樹は落ち着かず、水上をじっと見つめた。


「北條さん! お仕事終わりましたか?」


「終わったよ」


「じゃあ、一緒に帰りましょうよ!」


 試合中は鋭い瞳だった水上の瞳は、北條に対してにこにこしている。懐いた子犬のようだ。


「待って。こないだのグラブトスの子たちがここにいるよ。お話してみたら?」


 北條はにこにこして水上の背を押した。遠園シニアの皆がさっと避けて、友樹と草薙だけがその場に残った。


 水上と真正面から向き合うと、友樹は不思議な物を感じた。

 うまい選手、強い選手には『雰囲気』があると聞いたことがある。友樹は遠園シニアに来る前までは、本当かなと疑っていた。

 だけど、草薙のうまさや新藤の力強さは、確かに黙っていても滲み出ていた。

 2人以外の遠園シニアの皆も、小学生の頃のチームメイトとは全く違う空気感を持っている。


 目の前の水上から感じるのは、また違う雰囲気だ。

 一年生でまだ未発達の体だから新藤みたいに力を感じさせない。草薙のような鋭さもない。

 だけど、水上は2人よりも、不思議と目を惹くものがある。

 華やかさだ。


 友樹は水上に言うことをやっと思いついた。


「動画見ました」


 別に一年生同士だからため口でもよさそうなものだが、何故か敬語になってしまった。

 水上が微笑んだ。


「北條さんと一緒の動画?」


「はい。うまかったし、たくさんのコメントがありました」


「うん。皆応援してくれるよ」


 水上の華やかさの正体が分かった。

 大勢に応援されているのをまっすぐに受け取っている度胸と器だ。

 俺には無いものだ、と友樹は素直に思った。途端に、友樹は心臓が冷えるような気持ちになった。

 本当にこいつに勝てるのか?

 同じ土俵に立てるのか?

 だけど弱気になるな、と自分に言い聞かせる。

 何か言わなきゃ、水上に勝ちたいと思っていると伝えなきゃ、と友樹が葛藤しているときだった。


「グラブトスについて何か聞いてみたら?」


 北條が水上に提案した。

 そうだ、それなら水上と話せそうだ、と友樹は嬉しくなった。

 水上みたいに華のある小学生時代ではなかった。だけど俺も野球が好きだと、この思いを伝えればきっと同じ所に立てるだろう、と思ったときだった。


 水上の顔に怒りが浮かんだ。

 怒りの強さに、友樹は驚いて硬直した。


「あんな奇をてらったことをして、注目を集めようとしたんだろう?」


「え?」


 水上が友樹をまっすぐに睨んできた。


「北條さんから聞いたよ。小学生の頃はまともな野球をできていなかったって。それなのに頑張ったねと北條さんが言ってたけど、俺はそうは思わない」


 強く否定されて、友樹は驚いて固まってしまった。


「誰にも何も言われないで期待もされないで、弱いチームで王様になれて、楽な道を歩いて来たんだろう? お前みたいな奴の目立ちたがったプレーに、俺は負けないよ?」


 あまりに酷過ぎる言葉の数々に、友樹の心が変わってくる。水上を凄いやつだと思って、水上に勝ちたいとまっすぐに伝えようと思っていたが、その思いが怒りに変わっていく。

 水上の声がきつくなっていく。


「俺は今まで皆の期待に応えるために、必死に頑張ってきたんだ。頑張ってこなかった奴に負ける気はない」


「俺だって、頑張ってた!」


 友樹はまっすぐに水上を睨み返した。


「俺だって練習してた! 王様なんかじゃなかった! 俺と同じくらい練習してくれるやつなんていなかったんだ。それでも俺は一人でもやり続けたんだよ! 俺は野球をやってきたんだよ!」


 小学生の頃の友樹のチームメイトで、友樹の努力についてきてくれる人はいなかった。指導者だっていい加減な人しかいなかった。

 1人の努力だったけど、できることをやり続けた。俺の野球は確かにあの頃から始まっていたのだと、胸を張って言える。

 遠園シニアに来て、心からそう思った。

 だが水上に友樹の思いは届かない。


「お前みたいな奴、強いチームに行けば潰れていたかもしれないのに?」


 友樹は黙りたくないけど、黙ってしまった。悔しいが、その可能性も十分すぎるほどあり得るのだ。浅見コーチだってそう言っていた。強いチームにいれば、動きかたを直されたかもしれないと。

 遠園シニアの指導した動きかたではなく、プロ野球選手の動画で覚えた動きかたが許されているのは、野手を教える浅見コーチと潮コーチが許してくれているからだ。

 悔しい。言い返したい。だけど、強いチームにいけばどうなっていたか、想像ができない。


「好き勝手な動きをしていれば、周りと同じように直されていたはずだよ」


 水上の言う通りで、嫌だけど友樹は黙り込んだ。水上はさらに続ける。


「俺は皆の中で揉まれて、それでも勝ち続けてきたんだよ。期待にも応えてさ。北條さんにも見つけてもらえるくらいにね」


「ちょっと敦くん」


 北條が止めに入ろうとしたが、


「俺はお前には負けないからな!」


 水上は友樹に鋭く言い切った。

 友樹は水上を睨み返すだけで、精いっぱいだった。

 そこに、今まで友樹と水上を黙って見守っていた草薙が割って入った。


「黙って聞いていれば、まあ、言ってくれるじゃない」


「草薙さんは女子なのに凄く努力をしています。草薙さんには何も言うことはありません」


「実力さえあれば、実力をどうやって身に着けたかは関係ないよ」


 草薙の言葉に、友樹の胸に温かさが戻った。水上も、草薙の言いたいことが分かったみたいだった。


「なら、明日決めましょう」


 水上は友樹と草薙に背を向けた。


「行きましょう、北條さん」


「ごめんね。敦くんは本当はいい子なんだよ」


「北條さん、余計なこと言わないでください!」


 北條も去った。

 水上がいなくなってから、友樹は俯いてしまった。

 だけど、負けたくない。

 勝つしかない。



 帰宅した友樹は野球ノートを書こうとしたが、水上の眼差しを思い出すばかりで、捗らない。


 急にスマホに電話がかかってきてびっくりした。相手は哲浩アキヒロだった。


『トモキ、滝岡も勝ち進んでるよ! 明日どっちも準決勝で勝とうぜ。そしたら俺たち決勝で戦える!』


「そうだね。決勝で会おうか」


 その後いろいろと会話をして、電話を切った。

 水上に勝たないと。

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