表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/103

第76話 草薙の好守

 プレーが再開する。

 内野は極端といえる程の前進守備をする。

 草薙は一二塁間の二塁寄りの位置で、かなり前にいる。そんなに前にいれば、反応が遅ければ逸らしかねない。草薙の一歩目の速さを監督は信頼しているのだ。


 稲葉が深呼吸し、坂崎に頷いて、投げた。


 バットを短く持つ一番は、ありったけの力でボールを地に叩きつけるかのように打った。

 ゴロ狙いか! と思いながら、友樹はもしもに備えてファーストのカバーに入るため、走る。


 稲葉が反応できない。二塁ベースの前方へ跳ぶ。強烈な勢いの打球は土を跳ね上げた。


 見事といえる反応の良さで、草薙は走りながら半身で打球を掴んだ。


 よし、このタイミングならバックホームできれば間に合いそうだ、と友樹は思った。

 

 しかし、草薙は半身の体勢で捕ったため打球の勢いを殺せない。草薙は踏ん張れず、立ち止まれない。

 草薙の様子を見て、ホームへ投げる体勢になるのは難しいと思い、友樹の心臓が跳ねた。


 ミットを構えて坂崎がバックホームを待つが、三塁走者がホームへ突っ込む。


 草薙はどうしても踏ん張れず、バックホームできる体勢になれなかった。

 だけど、それで終わらない。


 草薙は打球を走りながら捕った勢いを利用して、そのまま二塁ベースまで走る。一塁走者が突っ込んでくる二塁ベースを踏み、蹴って身を反転させ、一塁へ投げた。そして右側へ大きく跳んで走者をぎりぎりのところで避けた。


 俊足の一番はゲッツー崩れを狙う。ヘッドスライディングではなく、トップスピードのままで駆け抜けようとする。

 ファーストの福山が体を最大限に前に伸ばして、しっかりと送球を受け取った。


 審判は一瞬、迷った。グラウンドに緊張が張り詰めた。

 ダブルプレーは成立したか?


「アウト!」


 二塁の塁審も、一塁の塁審もアウトを告げる。

 喜多方の一番が力を失い、地に座り込んだ。


 試合終了。


 ギリギリのタイミングだった。

 4-4-3のダブルプレーだ!


「やったああー!」


 友樹はライトの位置からセカンドの草薙の元へ猛ダッシュした。

 こんなの、まるで大好きなあの選手みたいだ!

 なんというプレーなのだろう!


「草薙さん!」


 草薙が友樹に振り返って微笑む。


 どうしてこんな勇気があるんですかとか、どうしてうまくいくと思ったんですかとか、友樹はうまく言葉にできない。

 そこに、ボールを手に持った福山も来た。


「まったく。無茶しやがって!」


 草薙にそう言いつつも、福山は興奮冷めやらぬ、といった感じだ。


「危なかったな」


 新藤が草薙の背をグラブで叩く。


「はい」


 草薙は淡々と頷いた。

 勝利の余韻で選手たち皆が盛り上がる


 しかし、監督とコーチ2人は渋い顔だった。


「草薙」


 監督の声色からただならない様子を感じ取り、遠園シニアがしんとした。


「はい」


 草薙は覚悟したように返事をした。


「この場面では例え失点したとしてもバックホームだろう」


 いつも笑顔の浅見コーチでさえ、眉をひそめた険しい表情だ。


「確かに今回はうまくいったかもしれない。だけどもう二度とやるな」


 勝利したのはあくまで結果論だ。

 無謀なプレーだったのは確かなことだ。


 バックホームならおそらく間に合わなかった。同点にされて、延長になった。


 一塁への送球がぶれていたら、喜多方の二塁走者もホームインした。そうなればサヨナラ負けだったのだ。


「すみませんでした」


 草薙は一切の言い訳をせずに謝った。

 結果的には勝てたのに、それを持ち出して言い訳することをしない。


 監督の言う通りだ。

 友樹だってそう思う。

 だけどそれでも友樹は、草薙選手に惚れ直した。

 それに、監督が怒るのはおかしいと思う。

 いくら無謀とはいえ、草薙はその場できちんと考えてプレーしたのだから。


「ランナーと衝突したら、吹っ飛ばされるのは草薙なんだぞ!」


 友樹はようやく分かった。

 監督はプレーを怒っているのではない。草薙を心配して怒っていたのだ。


「草薙、罰として……」


 監督の言葉に、遠園シニアの全員がぎょっとする。


「監督!」


 新藤が監督の前に出て言いかけたが、浅見コーチが首を振って新藤を止めた。

 草薙の顔色が白くなる。

 監督は数秒考えてから、言った。


「罰として明日はショートだ」


 草薙の頬に瞬く間に血が通ったように、彼女は頬を紅潮させた。

 遠園シニアの皆の緊張が解けて、草薙を祝福する。


 今までの友樹なら、一緒になって喜んでいただろう。

 だけどもう、友樹はショートを狙う強い意志を持っている。

 遠園シニアの盛り上がる空気の中で、友樹は椅子に座り込んだ。椅子の硬さをいつも以上に感じる。


 水上との試合で、ショートになれない……。


 後片付けが終わり、皆で球場を出た。


 友樹の元気がないことに草薙は気づいているが、そっとしておいてくれている。

 草薙の動画を見ていなかったら友樹はここにいない。

 草薙は、友樹の野球人生の大きく分厚い扉を開いたショートだ。友樹にとって絶対的なショートだ。

 それなのに素直に喜べなくなってしまった。


「井原」


 監督が友樹の肩に手を置いた。


「悔しいか?」


「はい」


 すると、監督は嬉しそうに笑った。


「どうして、そんなに今すぐショートになりたいんだ?」


 監督の聞きかたに温かみがある。だから友樹は正直にありのままを答えた。


「青森山桜のショートも一年生だからです」


「そうだな。確かにそうだ」


 少しの無言の後、監督はまた友樹の肩に手を置いた。


「本当は目の前の一戦だけを考えるべきだが、今回は特別だ。青森山桜さんとは、日本選手権でもあたるぞ。互いに勝ち進めば、な」


 友樹はそのことを今、思いだした。

 そもそも今戦っているのは、日本選手権の出場権を賭けているからだ。


「ショートになりたいなら、力を見せ続けるんだ」


「はい!」


「だけど、草薙みたいな危ないプレーはするなよ。井原はそのままでも十分にうまいんだからな」


「はい!」


 友樹に笑顔が戻った。

 少し離れた所から、草薙が友樹を安心したように見ているのを、友樹は知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ