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第71話 諦めない

 七回表が始まる。


 沢がマウンドに、坂崎がホームに。

 福山、草薙、岡野、新藤の内野はどんな打球にも対応できるように中間守備だ。

 桜井、山口、友樹の外野も中間守備。隙は無い。


 広瀬の左の六番打者は小柄だが、思い切り引っ張ってきた。友樹は捕球後すぐに福山に投げたが、打者の足が速く、ライトゴロにできなかった。


 無死一塁。内野は走者を警戒した陣形になる。外野も多少前に出る。


 こういう、状況ごとに陣形が変わるのが守備の楽しさだよな、と友樹は思う。遠園シニアにも、友樹にも、負けるビジョンは浮かばない。


 七番も左打者だ。打席に入る前にバットをぶんぶん振っていたが、打席に入った後に土をならす様は丁寧だ。


 気持ちのいい弾道が山口の前に落ちた。


 無死一二塁。

 坂崎が監督を振り返る。監督が指示したのは、ダブルプレー狙いのシフトだった。

 1点を入れられても裏で取り返せると監督は思っているようだ。

 友樹も監督と同じ思いだ。

 2点目が怖いので長打を打たれたら困るが、沢もそれを承知の上だ。


 ストライクゾーンの低めに集めた投球で、沢が八番打者を三振に切って取った。

 一死一二塁で九番打者の伊藤が出てくる。


「いとうぉー!」


 東野が大きな声で応援する。


「東野さあん!」


 伊藤もにこにこする。


「沢ー!」


 新藤たち内野が叫ぶ。

 

「さわあああ!」


 外野も叫ぶ。


 沢がセットポジションに入った。


 伊藤が初球を大きく打ち上げた。福山が打球を見上げる。一二塁間の頭上を軽々と超えていく。


 友樹は必死に後ろへ走る。

 ここできっちりと抑えられたら、勝ちに近づける。絶対に捕る。絶対に勝つ。


 ボールがどこに落ちてくるかあたりを付けて、友樹は体を伸ばして跳んだ。

 グラブに白球が入る。決して落とさない。絶対に。

 ユニフォームに芝を付けた友樹は捕球し、すぐに二塁走者がタッチアップできないように三塁にいる岡野に送球した。


「やったあああああ!」


 ベンチが盛り上がる。


「ツーアウトー!」


 皆で手をあげる。

 あと1つアウトを取れば、最後の攻撃に持ち込める!


 二死一二塁。


 一番打者が沢のボールを懸命にカットする。フルカウント。


 だが、広瀬シニアが追い込まれた様子を見せない。何故、そこまで明るくいられるのか。それほどまでにベンチもスタンドも賑やかだった。


 一番打者が笑顔で叫ぶ。

 バットが快音を響かせ、打球が飛ぶ。


 友樹は目を見開いた。

 ライト後方にボールが来る!


 友樹は走る。走る。これを落とせば一塁走者にまで還られるぞ、と焦る。

 打球は友樹のグラブの先に、落ちた。

 広瀬シニアのスタンドが歓声をあげる。


 だけど友樹は諦めない。

 すぐにボールを拾うと、素早く持ちかえて草薙に中継した。


 山なりの軌道を描かないほど鋭い友樹の中継を、草薙はキャッチすると即座にバックホームした。ホームを狙って三塁を回った一塁走者が大慌てで三塁に戻る。


 ライトへの二塁打となった。二塁走者がホームインし、9対8になった。


「よくやったぞ!」


 新藤が叫ぶ。


 二死二三塁。 

 二番打者がレフト前ヒットを打ったが、本来守備が得意でない桜井が懸命に送球し、2人目の走者を還さなかった。10対8となる。


 三番が、もう1点行くぞと、強気で打席に立つ。


 打球が鋭く放たれた。


 前進守備の内野を越えるか、と思ったが新藤が横っ飛びをして捕った。

 よくあれを捕れたな、と友樹は驚いた。

 新藤がセカンド草薙にトスして表が終了、と思った。


 無理な体勢から放たれた新藤のトスが逸れる。


 広瀬の三塁走者の足がホームを踏もうとしている。


 しかし、草薙がベースに右足だけを付け、体を伸ばして逸れたトスを捕まえた。

 新藤の高すぎた送球をジャンプしてファーストミットに入れ込んだ。

 

 これで交代だ。


「ありがとう」


 新藤がグラブで草薙の背を叩いた。


「いえ」


 草薙は淡々と頷いた。


 七回表が終わって10対8だ。


 七回裏が始まる。2点取れば延長、3点取ればサヨナラだ。


「ここでやり切るぞ!」


「おう!」


 遠園シニアのベンチに1つも不安はない。


「沢、代打だ。笹川を呼んでくれ」


 三塁コーチャーの笹川は何も言わなかったが、拳を握っている。笹川がネクストバッターサークルに入った。


「頑張ってください」


 草薙が打席に向かう山口に声をかけた。


「ああ。行ってくる」


 草薙と山口は外野手としてはライバルだし、俊足好打の選手としてもライバルだ。

 だからこそ、応援したいのだ。


 東野に笑顔で応援され、伊藤が元気にマウンドに立つ。山口は自信を持って打席に立つ。

 打球は三遊間の奥に跳ぶ。山口の足が速い。広瀬のショートがワンバウンドでファーストに投げる。

 山口が渾身のヘッドスライディングで一塁に到達した。


「セーフ!」


「よし!」


 笹川が打席に立つ。皆が応援する中、藤井の声が特に響いた。


 山口のリードが大きい。牽制球を2度も躱した。

 山口は盗塁する気だ。二回裏で刺されてしまったが、決して弱気にならない。


 笹川が空振りしたときに、山口が二塁にスライディングした。


「セーフ!」


 間一髪のタイミングでセーフとなった。広瀬のキャッチャーが悔しそうにする。

 草薙が嬉しそうにした。


「いけるぞ!」


 笹川はスライダーを振って空振り三振となってしまった。


「後は頼んだ……!」


 笹川は悔しさを隠して応援に回る。目に涙を溜めているが、決して落とさない。


 八番福山が立ち上がる。友樹はネクストバッターサークルに入る。


「打てよ!」


「福っち!」

 

 福山の勝負を見たいが、友樹は素振りに専念する。


 また、最終回に打順が回って来た。これを不運ではなく幸運にするために。


「ストライク!」


 審判の声がするが、友樹は気にしない。

 もう負けたくない。


 カーン、とバットの音がした。

 しかし、センターの定位置だった。


「あとひとつ!」


 広瀬ナインが勝利を誓い、手を上げる。


「あとひとつ!」


 広瀬シニアのスタンドが勝利を確信している。


「くそお!」


 福山がしゃがみ込む。檜が福山の傍にしゃがんで、福山の背に手を沿える。


「井原! 打ってくれ!」

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