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第70話 俺は焦っちゃいないんだ

 草薙は打席に入ると、普段は澄ましている切れ長の目を見開く。


 草薙は表情によって可愛いのか怖いのか変わるが、打席の草薙には威圧感があるほどだ。

 さすがの東野の笑顔も一瞬引っ込んだ。

 だけど一瞬だ。東野はやっぱり笑顔で立ち向かう。


 友樹は二塁の福山を見て、監督を見た。盗塁のサインはない。福山はおそらく三盗をしない。友樹は足で掻き乱すことをせず、草薙を信じる。


 第一球、草薙は東野のスライダーに手を出してファールになった。


 第二球は似たようなコースにストレートで、振り遅れた。


「しっかりしろやあーっ!」


 二塁から福山が叫んだ。草薙が小さく頷く。


 三球目に1球外しされた後の、四球目。


 草薙がスライダーを打ち、うまくレフト前に運んだ。もうスライダーに対応したのか、と友樹は草薙のうまさに驚いた。


 これで無死満塁だ。


 打席には二番岡野。

 岡野はさっきの打席と違い、いい意味でリラックスしている。当たりそうな予感がするぞ、と友樹は思った。


 初球だった。カーブを下から叩いてセンターの頭上を越えるヒットを放った。


 俺がやっと食らいついた東野さんに、草薙さんも岡野さんもあっさり当てるな、と友樹は先輩たちの凄さを改めて感じた。


 三塁ランナー福山がホームイン。友樹は足を土まみれにしながらホームにスライディングした。これで2点返した。


 広瀬のセンターの送球がいい。三塁を回りたそうにしていた草薙を笹川が必死に止める。草薙は三塁でストップだ。


「岡野さーん!」


「いいぞいいぞー!」


 ベンチの人だけでなく、スタンドにいる遠園シニアの皆も岡野に数々の言葉を送った。

 友樹と福山は三塁の草薙に手を振った。


 スタンドから大志が三塁にいる草薙に声をかけているのが聞こえる。

 俺にも何か言ってくれればいいのに、と友樹はこっそりむくれた。

 友樹は大志と仲違いしたいなんて思っていない。思っていないのに。


 三番新藤が打席に入ると、友樹は気を取り直した。応援しなくては。


「新藤さーん!」


 新藤が鋭い素振りをしてから打席に入る。三塁の草薙はホームに還りたくてしかたないという顔だ。


「ストライク!」


 しかし、新藤はスライダーに空振り三振してしまった。

 今試合三打席目だが、未だヒットがない。珍しいことだ。新藤さんは今日調子悪いのかな、と心配になる。


 四番桜井がセンターに大きな犠牲フライを飛ばし、草薙が楽々とホームインした。


 五番坂崎は惜しくもカーブで空振り三振となった。


 四回終わって8対6。2点ビハインドにまで縮めた。


 五回は互いに三者凡退となった。


 六回表。

 広瀬シニアは一死一二塁で四番だ。


 四番の痛烈な打球が一二塁間を襲ったが、草薙がしっかりと待ち構えていた。強い打球をノーバウンドでうまく捉えた。


 五番を新藤がショートゴロにした。


「やったあー!」


「新藤さーんっ!」


 遠園シニアの調子が良くなってきている。本来の守備力が発揮されてきた。

 楽しそうな広瀬シニアに押されていたが、野球が楽しいのは遠園シニアも同じなのだ。


 六回裏。広瀬のピッチャーは変わらず東野だ。


 打順は九番友樹から。

 打席の土に広瀬の打者の足の跡が残っている。友樹は足で打席の土をならした。打席を自分のものにするのだ。2点のビハインドは決して逆転不可能ではない。


 東野に疲れが見える。友樹は疲れを吹き飛ばすように深呼吸をした。そして構える。


 すとんと大きく落ちてくるカーブを、友樹の目が捉えた。一球目だがコースが絶好で、友樹は体の直感に任せてバットを出した。

 バットから手に伝わる感触が、いい当たりだと教えてくれる。打球は一二塁間を破ってライト前ヒットとなった。


 いくら楽しんでいても東野だって本気だ。草薙はサードゴロに打ち取られてしまった。


 岡野はバントの構えをして広瀬の内野陣を揺さぶった。バントの構えで広瀬のサードが前に出る。サードが前に出た分、三遊間に隙間が空く。


 そこで岡野はいきなり打った。空いていた三遊間をすっと抜けるレフト前ヒットだ。こういう小技が野球の面白いところだな、と友樹はわくわくした。


 これで一死一二塁。チャンスだ。

 

 三番新藤が打席に立つ。


「新藤さーん!」


「晴馬!」


 走者の友樹と岡野の声援。


「新藤ー!」


 ベンチからの声援。


「新藤さあああん!」


 スタンドからの声援。

 新藤はキャプテンとして全方位から仲間の声援を受け取った。


 新藤の目が細められる。新藤は果敢に攻めていく。

 斜めに滑り落ちるスライダーをカットし、すとんと落ちてくるカーブもカットする。ボール球はしっかり見送る。フルカウントとなる。


 そして第七球目。新藤がついにストレートを打つ。

 打球が前へ飛ぶ。二遊間の頭上を高く越える。


 だが、高すぎた。


 広瀬のセンターがあっさりと打球を掴み取ってしまった。


 新藤は何もかも表情に出さずにベンチに帰っていく。

 こんな新藤さんをあまり見たことがない、と友樹は少し焦った。


 四番の桜井がベンチに何か声をかけてから打席に入った。

 ボール球を見送り、スリーボールとする。桜井は選球眼がいいから四球になるかもしれないなと思ったら、途端に桜井はバットを振った。


 レフトの頭上を高々と越えて転がり、フェンス付近までボールがいった。


 二塁走者の友樹だけでなく一塁走者の岡野も悠々とホームに還って来られた。桜井は余裕を持ち、二塁でストップだ。遠園シニア8点。


「同点だっ!」


 声の大きい西川の叫びを皮切りに、遠園シニアはわあーっと騒いだ。

 今まで広瀬シニアの流れに流されっぱなしだった遠園シニアが、しっかりと地に足を付けたのだ。ベンチに安心感が満ちた。


 次は五番坂崎だ。今までベンチの奥で肩を冷やしていた高見がベンチの前に来て、坂崎を必死に応援し始める。バッテリーの仲だ。


 その時、広瀬の投手が交代する。

 広瀬シニアの監督は遠園に流れが傾くのを阻止しようとしたのだろう。


 マウンドに東野より小柄な二番手、伊藤が駆けてきた。東野と伊藤は軽く抱き合って背を叩き合う。そして東野は走ってベンチに戻った。


 伊藤の投球練習。伊藤は右ピッチャーで、東野より球が速い。


 投球練習が終わり、伊藤と坂崎の勝負が始まった。


 坂崎を応援する高見すら唸らせる、いい球だった。ストレートに力があるのだ。

 坂崎、三球三振。


「やあったあー!」


 広瀬のベンチで東野が大喜びで手を叩く。


「いいぞ! いいぞ! いとうぉー!」


 広瀬シニアのスタンドが一気に元気になった。流れは再び、広瀬シニアにいってしまうのか。


「皆」


 これから守備位置に向かう直前に、新藤が全員に声をかけた。


「分かってると思うけど、今日の俺は打てていない」


 遠園シニアの皆が黙った。緊張感が生じる。やっぱり、キャプテンに当たりが出ていないことを皆も気にしていたのだ。


「だけど、皆は打ててる。そうだろ? だから俺は焦っちゃいないんだ。……皆を信じているからな」


 緊張感が、信頼されているという高揚に変わっていく。


「なあ、皆」


 そこに、高見が立ち上がった。


「お前たち全員と一緒にまたマウンドに立つからな」


 皆で頷く。レガースを身につけた坂崎が一際大きく頷いた。


 遠園シニアに不安がなくなる。


「さあ! 勝とう!」


「おう!」

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