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第68話 チームは不思議なものだ

「草薙さーん!」


 一塁から草薙に叫ぶ。

 草薙は大きく伸びをして体勢を整え、打席に入った。


 友樹は横から東野の投球モーションを見る。クイックで投げても、カーブの落差は変わらない。


 東野が楽しそうに、一球一球、草薙を追い込んでいく。だけど草薙も冷静に東野の投球を見ている。


 フルカウントとなった。次はストライクゾーンに投げるしかないはずだ。


 ここで、広瀬のキャッチャーが東野に歩み寄る。バッテリーはマウンドで手を叩き合った。


「やあーっ!!」


 マウンドで、バッテリーが一緒に叫んだ。笑顔が弾ける。

 こんなに野球を楽しんでいるんだ。普段の友樹なら共感した。でも今は、脅威に感じる。


 そうか、楽しむことって、最大の攻撃だったんだ。


 笑顔で投じた東野の第六球を、草薙のバットが空振りした。


 草薙はいつものように怖い顔ではなく、穏やかな顔で打席を出ていった。東野たちの雰囲気が伝染したのだろうか。凄いことだ。


 だったら俺も楽しむしかないと思うが、そう思ってみても、緊張はある。

 

 打席に入る岡野の顔は戦地に赴く少年のようだ。エラーをなんとしても取り戻そうとしている。


 楽しむことが最大の攻撃だと思ったのは、正解だったらしい。岡野は追い込まれ、ツーストライクだ。


 三球目で東野は外角に、見せ球を放った。


 四球目は内角低めに来ると考えるか、そう思わせる罠だと考えるか……。


 岡野の顔に笑みがない。岡野は打席を外すなどの間を取ることもしない。必死になり過ぎていて、余裕が無くなっている。


 何か俺にできることはあるか、と友樹は考える。

 そうだ、東野をかき乱そうと思いついた。


 友樹はリードを大きくした。まだ盗塁できるような手掛かりは掴めていないが、それでも盗塁を狙う姿勢を示す。じりじりとリードを大きくしていく。今までずっと岡野を向いていた東野が友樹にちらちらと視線をやるようになる。


 そう、もっとこっちを見るんだ。友樹は強気でリードする。


 東野から牽制球が投じられ、友樹は脚にべったりと土を付けて帰塁した。


「いいぞいいぞ!」


 新藤のよく通る声がグラウンドに響いた。

 遠園ベンチがセーフになった安堵と、攻める姿勢への高揚でにぎやかになる。


「行けー!」


 先程、盗塁しようとしてアウトにされた山口も応援してくれる。


 そうしている間、岡野は少し休めたみたいだ。思えば、東野の投球のテンポは速く、打者に考える時間を与えなかった。時間を取ることができて、岡野の調子が良くなればいい。

 東野の集中が乱れたのが分かりやすかった。


 第五球は内角に落ちるカーブだったが、キレを欠いていた。岡野のバットが綺麗に音を響かせて、ライト前ヒットを打った。


 これで一死一二塁。得点圏に来ることができた。


「辛気臭い顔しやがってよおー!」


「そんな顔してたか?」

 

 一塁に到達した岡野と藤井が話している。藤井がいろいろ言って岡野を笑わせている。笑顔が戻った岡野はもう大丈夫だ。


 直接試合に出なくても等しく仲間なんだな、と友樹は改めて思った。小学生の頃の遠園東チームはもれなく全員がスタメンだった。全員がスタメンになれないチームに来る前は、メンバー間に隔たりがあるんじゃないか……と少し怖かったのだ。


 三番新藤の番が来た。

 新藤が拳を掲げると、遠園ベンチはわっと盛り上がった。新藤は真剣だが、微笑みを忘れない。左打席に入り、強気に笑った。二塁走者である友樹はその顔を正面から見た。


「かっこいい……」


 思わず呟いた。


 東野のカーブに手を出さずに、ストレートを叩くというのが新藤の狙いなのだろう。カーブを3球連続カットして、ストレートを待っている。


 友樹の位置から東野の顔は見えないから、東野が笑顔かどうかは分からない。


 新藤を信じることしかできない。


 新藤が第八球目のストレートを打った。友樹と岡野は走り出そうとして、やめた。

 打ち上げてしまったのだ。ライトフライ。

 さすがの新藤さんもこんなときはあるか……と友樹は思った。


「次に期待っ!」


 藤井がそう言い、笑いが起こった。


 二死一二塁。

 二死だが、未だチャンスだ。広瀬シニアだって二死から得点してきたのだから、やり返したい!


 四番桜井が出てくる。桜井は守備でのことを完全に切り替えたようで、黙々と、落ち着いて素振りをしている。桜井さんには打撃への集中力がある、と友樹は信じている。


 四番相手に東野が間を取るが、桜井は静かに集中している。


 東野の初球カーブを、勢いよく下からぶっ叩いた。カーン、と音が鳴り、打球が友樹たちの頭上を越える。友樹は二塁から走りだす。


「回れ!」


 三塁コーチャーの三年生、笹川が友樹に『走れ』と腕を回す。友樹は三塁を回る。草薙さんだったらもっとベースランニングがうまいけど、と思いつつも友樹だって決して悪くない。


「回れ!」


 笹川は一塁走者の岡野にも『走れ』と言っている。

 友樹の右足がホームベースを踏む。悠々とホームインできた。遠園シニア、待望の得点だ。


「やったぞおー!」


 真っ先に声をあげたのは福山だった。草薙がいつもより元気な様子で友樹を出迎えた。草薙に続き、他の先輩たちも活気がよくなる。福山さんと草薙さんもムードを作るために頑張っている、と友樹は分かった。


「セーフ!」


 岡野も無事にホームインできた。岡野は息を切らし、すぐに立てないでいる。遠園シニアは2点目を得た。

 土塗れになってベンチに帰った岡野の尻を、パーン、と新藤が叩いた。


「さっき福山にも叩かれたんだけど!」


「俺が本家だからな!」 


 三年生たちが笑い、元気になっていく。


「きっと大丈夫だ」


 福山が友樹と草薙に向けて呟いた。


「井原も、よくやった。岡野さんのためにリードしたんでしょ」


「はい。そうなんです」


「私ならあそこで盗塁できたけどね」


 草薙は厳しいが、今は微笑んでいる。


 二死二塁で、五番坂崎の番だ。


 まっすぐ飛んだ打球が、センター前で落ちる。


「回れ!」


「桜井を走らせるのか」


 ベンチで新藤が楽しそうにした。桜井は足が速いわけではない。遠園ベンチは桜井を必死で応援する。

 桜井が必死で走る。余裕ではないが、センターの送球がぶれてキャッチャーが前に出て捕球したためにホームインできた。


 遠園シニア3点目。

 笹川さんは相手の送球がぶれるのが分かったんだな、凄いな、と友樹は思った。笹川も藤井と同様でたまに代打に起用されるくらいの出番の人だが、試合の熱は同じなのだ。


 六番山口は明るい様子で打席に入り、軽快にレフト前ヒットを打った。これで二死一二塁。

 次は七番ピッチャーの高見だが。


「七番、代打だ」


 監督が冷静に言った。高見が椅子から立ち上がる。


「監督! 俺はまだ投げられます!」


 きっと高見はたくさん打たれたから交代させられると考えたのだろう。声に悲痛さがあった。


「仙台広瀬さんはおそらく高見対策をしてきたんだろうな」


 高見がはっとした顔をしている。


「後は頼んだぞ」


 悔しそうな高見に野手の皆で頷いた。


「藤井を呼んでくれ」


「はい」


 友樹は一塁コーチャーの位置にいる藤井の元まで走った。


「藤井さん、代打です!」


 途端に、藤井はいままでの明るくおどけた笑顔ではなく、欲しい物を得たという熱い笑みに変わった。


 そうか、と友樹は目の当たりにした。


 試合に出なくても等しく仲間だけど、それでも試合に出たいのだ。その気持ちは身に染みてよく分かるけど、友樹以上に藤井の気持ちが強いように見えた。学年の差なのだろう。


「高見をこんな試合で終わらせたくないよな!」


 チームは不思議なものだ、と友樹が思った。仲間なのに場所を奪い合うライバル。それなのにやっぱり仲間なのだから。


「はい!」


 藤井さんにこのまま終わってほしくないと皆も思っているはずです、と友樹は心の中で言った。

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